本の虫生活

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いまさら彩雲国語りー‟骸骨を乞う”から見える王ー

巣ごもり、もとい外出自粛生活で積読がすこしずつ目減りするなか(しかし無くなりそうにはない)、更新をすぐにサボるこのブログを書こうとするもやる気が出ず挫折。

テレワークでなぜか増える仕事量のせいか、無味乾燥な毎日になっていたので、昔好きだった本を片っ端から読む、またはずっと読もうと思っていた作品を手を出す等でリフレッシュを図りました。

しかし、それがまた悪魔の罠で‟好きだった本の再読”は想定以上に再燃し、本当に困っています。最近では再読のせいか興奮して寝付きが悪く、しょうがないので記事でも書いて発散しようと思います。

 

 

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
 
彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 文庫
 

 といいつつ、この記事で書きたいのは本編ではなく、後日談或いは真の完結巻、本編で語られなかった主要人物のサイドストーリー、謎に満ちた過去と未来の後日談を含む『骸骨を乞う』です。上下巻で盛沢山の内容で、しかも本編よりグッと抑えた密やかな文体、じっくりと沁み込ませるようなきめ細やかな仕掛けと伏線に何度も頁を戻してしまう、彩雲国物語へのこれまでの認識を180度変えかねない、危険で魅力たっぷりの2冊です。

 

まず、彩雲国物語を読んだことがない人向けに簡単に本編の内容を紹介します。

<あらすじ>

16歳の貴族の娘、紅秀麗は彩雲国きっての名門のお嬢様なのに、穏やかで世渡り下手な父のせいで貧乏暮らしに明け暮れていた。深窓の姫君という境遇にそぐわないしっかり者の秀麗のもとへ、ある日大変高額な仕事の話が舞い込んだ。高額の仕事にすっかりその気になった秀麗だが、その内容はといえば、即位間もない若き王、紫劉輝の教育係として後宮に貴妃の身分で入内するという常識外れの仕事だった。

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2011/10/25
  • メディア: 文庫
 

 いまは角川文庫で1巻ずつ刊行されつつありますが、もともと角川ビーンズ文庫というライトノベルレーベルで、挿絵や文体もポップで如何にも「ライトノベル」「少女漫画」的な雰囲気を感じます。

古代中華風のファンタジー世界(ちょっと妖しい魔術のようなものや妖怪的な存在も跋扈する)で、主人公の少女が夢に向かって様々な苦難を乗り越えていく(少女漫画的というか、恋愛要素も搦めてくる)という王道ファンタジーでありながら、彩雲国物語が特徴的なのはある種‟硬派”というか‟辛辣な”苦難が待ち構えているところです。

彩雲国は女性は官僚になったり、政治家になることができない世界で、そんな世界で秀麗は国試という試験を受け、官吏(国の役人)になることを夢見ている。怪しい高額バイトで出会ったやる気のない王は、そんな秀麗に触発され、彩雲国史上前代未聞の「女人国試」制度をつくり、女性も官吏になれる道を開いたが、秀麗が辿る道は茨というより断崖絶壁のようなひどい差別と悪意と罠にまみれた悪路。家名を笠に着ていると妬まれ蔑まれたり、嫌がらせを受けるなど序の口で、しょっちゅう官位を剥奪されかけたり殺されかけたりして貧乏くじもひきまくり、「もうやめたら…」と周囲が見かねるレベルの悲惨な日常。でもその分、何度でも最悪の状況から勝機をつかみ取り、鮮やかに逆転するカタルシスは一級品です。少女小説として胸をときめかせ一緒に冒険を楽しむには些かハードモードな世界で、そういうところは十二国記に陽子をちょっと思い出しますが、読後感は爽やかで温かな優しい世界を感じます。

ともかく少ない仲間や友人に支えられ、ハードモードな人生にもめげず少しずつ成長し、多くの人に認められ必要とされるようになる秀麗の成長物語がメインの本編ですが、その本編では語りきれない多くの魅力的な登場人物がいます。外伝が多くサイドストーリーは豊富ですが、それでも語り切れない数多のキャラクター(特に、主人公達の敵サイドの陣営)について詳細に語られないな、とは思っていましたが、そこを不意打ちしてきたのがこの『骸骨を乞う』。1回読み、2回読み、…何度も読み返して描かれなかった舞台裏の精緻な世界に惹きつけられました。

そして最終巻を読んで気が付いた衝撃。この2巻で描かれたメインの一人は「王、紫劉輝」なんです。主人公と対をなすともいえるメイン中のメインの人物であるのに、これほどまで「王」は語られていなかった、恐らく意図的に伏せられていたことに気が付きました。紅秀麗が‟表の世界”の主人公なら、紫劉輝は‟もう半分の裏側の世界”の主人公、だったのでしょうか…。

 

 

 前置きが長くなりました。以下本題に入ります。

本作の構成をまず整理します。

〇上巻

三本肢の鴉

第一話 雪の骨 ー悠舜ー 

第二話 霜の躯 -旺季ー

 

〇下巻

第三話 北風の仮面 -晏樹ー

第四話 氷の心臓 -劉輝ー

終話  風花 ー仙ー

運命が出会う夜 -悪夢の国試組ー

秘話  冬の華

 

ついでに主要登場人物も

・鄭悠舜…劉輝の宰相。際立った成果を残すが病により夭折する。王の寵愛が篤かったが、元々は敵方の旺季側と目されていた。

・旺季…劉輝の最大の政敵。王家の血を濃く引き、前王とも対立していた。古参の官吏や貴族派からの信頼が厚く、実績も大きい。

・凌晏樹…旺季派、貴族派の筆頭と目されるが謎の多い人物。

・重華…劉輝と秀麗の一人娘。秘話冬の華の主人公。本編では一切登場していないが、長い治世を築いたと書かれている。

 

※劉輝、秀麗、静蘭、李絳攸、藍楸瑛、…あたりメインの登場人物は紹介しているときりがないので割愛します。

 

本編で敵サイドだったり、結局立ち位置や背景があまり描かれなかった人をひとり一人丁寧に綴っていく外伝で、しかもその中の『一人』が劉輝という、メインキャラクターであるのが凄いです。

だってこの外伝(というか完結巻)を読むまで、劉輝がここまで意図的に伏せられていたこと、『王』について幾度も仄めかされていながら同時に隠されていたことに気が付きませんでした。

本編は官吏、民が主役の物語で、だから秀麗は‟少女”という何にも持たない存在から浮沈を繰り返し、仲間を得て成長していきます。それに対して、王の物語はどことなく陰鬱で孤独です。劉輝は親と兄弟を失くし、朝廷に味方は少なく、立場上恋をした少女(秀麗)の邪魔をしなければならないこともあり、望まずして手にした玉座に振り回される(本編終盤では旺季らに追い落とされ、退位寸前まで追い込まれる)ばかりで。

本編のポップな文体と秀麗メインの展開、サブキャラ達の重めのエピソードに気を取られがちで、王の苦悩が巧みに隠されていたことがうかがえます。

 

つまり、この外伝は満を持して明かされた『王の物語』なんじゃないかと思います。

 

王の最も寵愛深かった宰相、王位を争った政敵、最大の敵を支えた賢臣、王と妃、次代への継承。すべての話を『王』の物語として読み解いていくと、なぜこの人物の話が収録されたのか、なぜこの順番なのかがわかるような気がします。妄想ですが。

悠瞬の話で王の孤独という宿命を、旺季の話で王者の条件を、晏樹の話で王を支える者のことを、劉輝と秀麗の話で王と妃という特別な関係性を、劉輝と重華の話で親子と継承を(悪夢の国試組は閑話休題?前王の孤独を)、丹念に描いたのではないでしょうか。

その上で、劉輝が昏君から‟代えのきかない王”になっていく軌跡を、そうなるまでに本編でも語り切れなかった数多の犠牲と献身と時代があったことを、そして次の世代へ渡していくことを描き、ようやく『彩雲国物語』が完結したのだと思います。

孤独を抱えつづけながら前王とも、旺季とも違う『あたたかな白南風』を選んだ劉輝の‟王の道”。何度読んでも、胸がつまります。

 

 

 

※※あとがき※※

だらだらとした長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

もうちょっと一話ごとに丹念に読み解いてみようと思うので、近々第二弾の記事を書く予定です。

よければお付き合いください。