本の虫生活

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コロナ禍の予言?『夏の災厄』読了

コロナ禍の予言ともいわれて、SNS等でにわかに話題になっていた篠田節子の『夏の災厄』 、手に入れることができたので読んでみました。

読書会に選書にもしましたが、もっと書きたくなったのでこちらにも載せます。

 

夏の災厄 (角川文庫)

夏の災厄 (角川文庫)

  • 作者:篠田 節子
  • 発売日: 2015/02/25
  • メディア: 文庫
 

 日本脳炎に似た、正体不明の感染症が東京近郊の小さな街で突如発生し、人々を恐慌に陥れる…。コロナ禍の私たちの状況を予言しているようだとして、SNSで密かに話題になった篠田節子の作品。

そういう触れ込みを見て読んでみて、想定以上の恐さに凍りつき、読まなければよかったかもと思うくらい戦慄しました。

「病院が一杯になって、みんな家で息を引き取る。感染を嫌う家族から追い出された年寄りたちは、 路上で死ぬ。知っておるか、ウィルスを叩く薬なんかありゃせんのだ。対症療法か、さもなければあらかじめ免疫をつけておくしかない。たまたまここ七十年ほど、疫病らしい疫病がなかっただけだ。愚か者の頭上に、まもなく災いが降りかかる……。半年か、一年か、あるいは三年先か。そう遠くない未来だ。そのときになって慌てたって遅い」

(「夏の災厄」角川文庫 篠田節子著 p29より引用)

 

撲滅されたはずの日本脳炎によく似た症状、しかも従来のものより遥かに感染力が高く、劇症を引き起こす恐ろしい感染症が流行するという未曽有の事態に、郊外の小さな街は、なすすべもなく地獄のような状況に追い込まれてしまう。病院は初期の患者の存在を握りつぶし、発生源や治療法は見つからず、感染源となる蚊は薬剤に耐性をつけて駆除しきれない。それに加え、唯一の策と考えられるワクチンは足りず、ようやく手にしたワクチンは、効果がない可能性が示唆されて…。打つ手打つ手が決定打になりえず、非常事態下でも行政の協力は鈍く、住民は次第に判断力を欠き、デマや犯罪が横行する。感染症に有効な策を打ち出せず、世界規模のパンデミックを引き起こしてしまったいまの現実と似通う描写に、ちょっと具合が悪くなりかけました。

 本書では、行政や病院の対策を座して待つのではなく、自らの手で地域を救うため、一市役所の職員や地域の医者、看護師達が感染症、そして社会に対して立ち向かい、次第に謎の感染症の真相へと近づいていきます。そんなミステリのような要素がありますが、恐ろしいのはそれが‟謎”ではなかったという真実です。一部の関係者はずっと知っていて、新たな感染症の原因も、その対策も、考えることができたのに利権や保身のために黙っていた。すでに感染症による犠牲者が出て、収束も見込めない状況でも、会社の利益や自らの権威のため、情報を公開せず手をこまねいている。深刻な被害が起きても、しょせん‟東京に近い”郊外でのこと、自分には関わりないこととして無関心な人々の描写が、ぞっとするほどリアルで、非常事態でも自分達の政治闘争や、利権を守るための法案の採決を行おうとする日本社会に重なります。

小説では地方の小都市のパンデミックでしたが、現実は日本どころか世界中を巻き込んだ大災厄と言って過言ではない事態になってしまいました。けれどその一方で、恐れと慣れが混在し、脅威は去っていないまま、ずるずると日常へと戻りつつある現実がこわい。本当にこれでいいのかと二の足を踏む恐怖心と、体制に従わざるをえない諦念が混ざり合って、何ともいえない厭世観が沸き起こりつつあります。

だから、本当にこの言葉が突き刺さります。

人々は決して病気などのために、昭川市を捨てない。脳炎発生から二カ月が過ぎてみれば、サラリーマンは普段通りに通勤し、農業従事者は畑に出て、主婦は最低限の買物をするようになった。人間の緊張感や注意力などというものはいつまでも続かないし、自分だけはだいじょうぶ、そんなにひどいことにはならないだろう、と楽観視して普段の生活に戻ろうとする。しかしその裏側で、どうせ人間、いつかは死ぬのだ、という無力感が、毒を含んだ淡い煙のようにゆっくりと町に広がり、人の心に浸透し、内面からむしばんでいく。

 (「夏の災厄」角川文庫 篠田節子著 p481より引用)

 

 

いまさら彩雲国語り②「宰相」(鄭悠舜・李絳攸)

前回の記事で、細かい読み解きをという話をしたので、ちょっと書いてみます。

彩雲国物語の最後の外伝、『骸骨を乞う』の読み解きに挑戦です。

 

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
 

※※本記事では、彩雲国物語及び『骸骨を乞う』のネタバレが含まれます。最近出た本ではないので大丈夫と思いますが、未読で楽しみたい方はご注意ください※※

 

 

 以下で、本作を「宰相」「王佐」「王」の3つのテーマで分解してみます。

(「宰相」と「王佐」を分けてるのはちょっとしたこだわりです!)

長くなってきたので、本記事は最初のテーマ「宰相」について語ります。

 

 

まず一つ目のテーマ「宰相」から。

 

①鄭悠舜

 旺季派といわれていた(事実、五丞原の戦い以前は旺季派だった)名宰相について。

秀麗のいる紅家に仕える異能の一族、傑出した才を誇る一族のなかでも最も優秀な頭脳を持って生まれた悠舜。しかし、彼は生まれてからずっと欠落感を抱えていて、何も手に入れることがなくても、それでいいと達観している人間として描かれます。

古今東西のすべての書物を頭にいれても。何をさがしてるのかだけが、わからない。自分の胸に生まれながらあいてる穴を埋めるもの。

 (角川文庫『骸骨を乞う 上』p61~62より一部抜粋)

 

劉輝が異常なほどに朝廷に留めおこうとしたのは、悠舜が劉輝の抱える‟王の孤独”に一番最初に気が付いたから(そしてまた、劉輝も悠舜の持つ‟欠落感”に感づいたから)。

悠舜自身が生まれたときから周囲とかけ離れた才能を持ち、しかもその才を恐れたため最も慕っていた旺季のために才能を生かすことができなかった。悠舜の恐れを知っていたから、旺季は悠舜に‟力を貸してほしい”と求めることはせず、ぬるま湯のような生活のなかである種の幸福を感じながらも、悠舜はずっと孤独を抱えてきたのだと思います。自分自身がずっと孤独を、欠落感を、誰かから求められたいという強い望みを隠しながら生きていたから、側近や親しい者達でも気づけなかった‟王の孤独”にいち早く気が付いてしまった。

側近3人や秀麗は過酷な運命を経験しているけれど、王の抱える‟孤独”とは実は縁遠いので、悠瞬に先を越されたのでしょう。藍家は兄弟愛が強いし、絳攸は傍目にはわかりづらいけど、黎深に実はとても深く愛されていて、静蘭は弟である劉輝に心から求めらて人間性を取り戻し紅家で迎え入れられ、秀麗は家族だけでなく逆境の朝廷でもどんどん仲間を増やしていきます。幼少時に一族すべてを失くし、その後望みを抑えて生きてきた悠瞬は、その頭脳より境遇が、王の心を細やかに感じ取ることができた最大の要因だったように感じます。

また、悠舜の章で側近3人をこき下ろすシーンは結構ファンの間で衝撃的だったようです。私も初読時は驚き、なかには拒否感を示す人も居たというのは確かにわかります。本編で出番の少ない謎の多い人物より、序盤から活躍し、成長してきた3人を贔屓にしてしまうのは当然です。ただ、何度も読み返してみると、あのシーンは後の「王佐」について語る上でかなり重要なのでは?と思いました。自らヒールを勝手出て、未熟さの残る3人の欠点を指摘する悠舜は、確かに‟理解されにくい男”だなあと思います。

さて、悠舜を語る上で外せないのが、「何故旺季でなく劉輝を選んだのか」です。旺季のことを「裏切りでしか愛する人を守れない姫家」のことを回想しながら思うくだりや、挟まれる旺季との穏やかで幸せな日々を見ると、悠瞬は劉輝より旺季の方がずっと大事で、旺季を守る(死なせない)ために劉輝に付いたのでは、と勘繰りたくなります。でも、最後まで読んでいくと、彼はちゃんと‟劉輝”を主君として選んだのだとわかります。旺季は悠舜を大事には思ってくれても、臣下として求めてはくれない。悠瞬も自ら主君と仰ぐことはなかった。それは、悠舜が自らの才は認めていても『百万の骸を並べて』才を生かすことを厭っていたから。前王が故郷を攻めるとわかった際、戦うのではなく逃げることをすすめ、実際に攻められた際も、敵を倒すのではなく自死を選ぼうとし、戦いを厭う彼の気質がどうしても旺季と相容れないから旺季を選べなかったのだと思います。旺季の道は民を、弱者を救う道であっても流血を避けることはできない。「誰も殺さなくていい」選択肢をくれたから、その劉輝が自分を「心から求めて」くれたから、悠舜はやっと主君を得る決断を下したのでしょう。

劉輝を選ぶために大切な旺季も、妻子と過ごす時間も、故郷へ帰る夢もすべてを諦め、王のために残りの生涯を捧げた悠舜は、確かにかけがえのない‟王の宰相”でした。

 

 

②李絳攸

 本編でもお馴染みの主役級キャラクター、絳攸のその後がしっかり描かれたこと、あまり予想してなかったので嬉しかったです。

国試制度があるとはいえ、その試験を受けるための勉強や受験料、諸々を考え、朝廷はほぼすべてと言っていいほど、貴族出身の人物が占めています。その中で絳攸は貴族である紅家の養子であるとはいえ、完全に平民出身、しかも捨て子であったというのが彼を語る上では必要なポイントになります。貴族の子弟が多いなか、ぶっちぎりの成績で朝廷に入り、辣腕を振るい王の側近になるという派手な経歴で、でも本人は驕らず面倒見が良く素直で、個性の強いキャラクター達の緩衝材にもなっています。ただ絳攸は悠瞬のように天才と描かれることはなく、あくまで努力によってつくられた秀才なのだと思います。本編中盤のエピソードで、絳攸が養親である紅黎深を弾劾しなければならない、というお話しがありますが、あの話がとてもいいんですね。黎深に拾って貰えなければ、冬山に捨てられ死んでいたという境遇の絳攸は、黎深にとても強く恩と感謝を感りじており、そのため自分が牢に入れられるという状況まで追い込まれてもなかなか黎深を弾劾できません。ですが最後には情ではなく官吏としてやるべき事を為すために責務を果たし、ようやく一人前の官吏として独り立ちしていきます。心憎いのは、黎深はすべて承知した上で、自分に恩を感じすぎている絳攸を自由にするため、あえて弾劾されたのだろうとしか思えないこと。あの親子愛はかなりグッときました…。

と、ここまで絳攸の宰相としての話は全く書いていませんでしたが、この背景こそ絳攸が悠舜とは違う‟王の宰相”としての道を歩むことになった理由だと思います。

悠舜が王を支える「王の杖」となったのと対称的に、絳攸は下記のように描かれます。

 いつのまに昔と逆転し、王が絳攸の支えとなっていたのだろう。

 (角川文庫『骸骨を乞う 下』p445より抜粋)

『いつかお前は亡き后妃と、願い通りこの室で再び会う日がくるのかもしれない。それでも行くな。玉座の隣で待つ。もう俺一人しか残っていなくてもだ』 

 (角川文庫『骸骨を乞う 下』p463より抜粋)

 

悠舜は王を見出し、王に欲されたのに対し、絳攸は劉輝が王で在り続けることを欲した。心の支えであった悠舜を、そして目標に追いかけていた旺季を、最愛の秀麗を亡くした世界で、強く強く‟王としての劉輝”を望み続けた絳攸の存在は、かなり大きかったのだと思います。

災害や戦、若い王への反発等問題の噴出した揺籃期には異能の宰相、悠舜が確かに必要で、誰も気づいてくれなかった劉輝の孤独、欠落に気が付き、支えられたのは他にいないでしょう。宰相となった絳攸は、悠舜とは違うやり方で、‟誰よりも劉輝を王として求める”という方法で、王を支えていったのが何とも愛しく、彼らしくて。それはかつて秀麗が行ったことでもあって、旺季を相手に「私を認めてくれるのは、劉輝を認めることと同じだ」「劉輝でなければ女人国試は実現しなかった。だから私が仕えたいのは、旺季ではなく劉輝だ」と、秀麗が言ったのと同じ、「王としてあなたを選んで仕えたいのだ」という願いです。昏君と呼ばれ、前王や旺季と比べられて、かつては捨て駒と嘲笑された劉輝が、他ならぬ国の要の宰相から「ずっと玉座に居てくれ」と欲されるのは、不自由で孤独な玉座に座り続ける、大きな理由になったはずです。

私心なく宰相として王を隣で支え続け、古くからの友人として愛する人を失い続けた王を一人になっても支え続ける絳攸は、悠舜と対をなす、尚書令に全然負けていない最高の宰相だったろうなと思います。

個人的には、‟天才ではない”‟貴族でもない”持たざる者である絳攸が、宰相として一番長く朝廷に残り続け、王の治世を支えたのが彩雲国らしい気がします。秀麗がかつて朝廷を‟民を守るための場所だ”と言った通り、捨て子で持たざる者の絳攸が、民の苦しさを肌身で知っている彼が、戦を厭い民を思う王であった劉輝の治世の大部分を支えたことは、必然であったのかもしれません。

 

 

長くなりましたが、これで『骸骨を乞う』の読み解き「宰相」パートは終了です。

続けて「王佐」パートを投稿予定なので、もし興味があればお付き合いください。

お読みいただきありがとうございました。

 

いまさら彩雲国語りー‟骸骨を乞う”から見える王ー

巣ごもり、もとい外出自粛生活で積読がすこしずつ目減りするなか(しかし無くなりそうにはない)、更新をすぐにサボるこのブログを書こうとするもやる気が出ず挫折。

テレワークでなぜか増える仕事量のせいか、無味乾燥な毎日になっていたので、昔好きだった本を片っ端から読む、またはずっと読もうと思っていた作品を手を出す等でリフレッシュを図りました。

しかし、それがまた悪魔の罠で‟好きだった本の再読”は想定以上に再燃し、本当に困っています。最近では再読のせいか興奮して寝付きが悪く、しょうがないので記事でも書いて発散しようと思います。

 

 

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
 
彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 文庫
 

 といいつつ、この記事で書きたいのは本編ではなく、後日談或いは真の完結巻、本編で語られなかった主要人物のサイドストーリー、謎に満ちた過去と未来の後日談を含む『骸骨を乞う』です。上下巻で盛沢山の内容で、しかも本編よりグッと抑えた密やかな文体、じっくりと沁み込ませるようなきめ細やかな仕掛けと伏線に何度も頁を戻してしまう、彩雲国物語へのこれまでの認識を180度変えかねない、危険で魅力たっぷりの2冊です。

 

まず、彩雲国物語を読んだことがない人向けに簡単に本編の内容を紹介します。

<あらすじ>

16歳の貴族の娘、紅秀麗は彩雲国きっての名門のお嬢様なのに、穏やかで世渡り下手な父のせいで貧乏暮らしに明け暮れていた。深窓の姫君という境遇にそぐわないしっかり者の秀麗のもとへ、ある日大変高額な仕事の話が舞い込んだ。高額の仕事にすっかりその気になった秀麗だが、その内容はといえば、即位間もない若き王、紫劉輝の教育係として後宮に貴妃の身分で入内するという常識外れの仕事だった。

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2011/10/25
  • メディア: 文庫
 

 いまは角川文庫で1巻ずつ刊行されつつありますが、もともと角川ビーンズ文庫というライトノベルレーベルで、挿絵や文体もポップで如何にも「ライトノベル」「少女漫画」的な雰囲気を感じます。

古代中華風のファンタジー世界(ちょっと妖しい魔術のようなものや妖怪的な存在も跋扈する)で、主人公の少女が夢に向かって様々な苦難を乗り越えていく(少女漫画的というか、恋愛要素も搦めてくる)という王道ファンタジーでありながら、彩雲国物語が特徴的なのはある種‟硬派”というか‟辛辣な”苦難が待ち構えているところです。

彩雲国は女性は官僚になったり、政治家になることができない世界で、そんな世界で秀麗は国試という試験を受け、官吏(国の役人)になることを夢見ている。怪しい高額バイトで出会ったやる気のない王は、そんな秀麗に触発され、彩雲国史上前代未聞の「女人国試」制度をつくり、女性も官吏になれる道を開いたが、秀麗が辿る道は茨というより断崖絶壁のようなひどい差別と悪意と罠にまみれた悪路。家名を笠に着ていると妬まれ蔑まれたり、嫌がらせを受けるなど序の口で、しょっちゅう官位を剥奪されかけたり殺されかけたりして貧乏くじもひきまくり、「もうやめたら…」と周囲が見かねるレベルの悲惨な日常。でもその分、何度でも最悪の状況から勝機をつかみ取り、鮮やかに逆転するカタルシスは一級品です。少女小説として胸をときめかせ一緒に冒険を楽しむには些かハードモードな世界で、そういうところは十二国記に陽子をちょっと思い出しますが、読後感は爽やかで温かな優しい世界を感じます。

ともかく少ない仲間や友人に支えられ、ハードモードな人生にもめげず少しずつ成長し、多くの人に認められ必要とされるようになる秀麗の成長物語がメインの本編ですが、その本編では語りきれない多くの魅力的な登場人物がいます。外伝が多くサイドストーリーは豊富ですが、それでも語り切れない数多のキャラクター(特に、主人公達の敵サイドの陣営)について詳細に語られないな、とは思っていましたが、そこを不意打ちしてきたのがこの『骸骨を乞う』。1回読み、2回読み、…何度も読み返して描かれなかった舞台裏の精緻な世界に惹きつけられました。

そして最終巻を読んで気が付いた衝撃。この2巻で描かれたメインの一人は「王、紫劉輝」なんです。主人公と対をなすともいえるメイン中のメインの人物であるのに、これほどまで「王」は語られていなかった、恐らく意図的に伏せられていたことに気が付きました。紅秀麗が‟表の世界”の主人公なら、紫劉輝は‟もう半分の裏側の世界”の主人公、だったのでしょうか…。

 

 

 前置きが長くなりました。以下本題に入ります。

本作の構成をまず整理します。

〇上巻

三本肢の鴉

第一話 雪の骨 ー悠舜ー 

第二話 霜の躯 -旺季ー

 

〇下巻

第三話 北風の仮面 -晏樹ー

第四話 氷の心臓 -劉輝ー

終話  風花 ー仙ー

運命が出会う夜 -悪夢の国試組ー

秘話  冬の華

 

ついでに主要登場人物も

・鄭悠舜…劉輝の宰相。際立った成果を残すが病により夭折する。王の寵愛が篤かったが、元々は敵方の旺季側と目されていた。

・旺季…劉輝の最大の政敵。王家の血を濃く引き、前王とも対立していた。古参の官吏や貴族派からの信頼が厚く、実績も大きい。

・凌晏樹…旺季派、貴族派の筆頭と目されるが謎の多い人物。

・重華…劉輝と秀麗の一人娘。秘話冬の華の主人公。本編では一切登場していないが、長い治世を築いたと書かれている。

 

※劉輝、秀麗、静蘭、李絳攸、藍楸瑛、…あたりメインの登場人物は紹介しているときりがないので割愛します。

 

本編で敵サイドだったり、結局立ち位置や背景があまり描かれなかった人をひとり一人丁寧に綴っていく外伝で、しかもその中の『一人』が劉輝という、メインキャラクターであるのが凄いです。

だってこの外伝(というか完結巻)を読むまで、劉輝がここまで意図的に伏せられていたこと、『王』について幾度も仄めかされていながら同時に隠されていたことに気が付きませんでした。

本編は官吏、民が主役の物語で、だから秀麗は‟少女”という何にも持たない存在から浮沈を繰り返し、仲間を得て成長していきます。それに対して、王の物語はどことなく陰鬱で孤独です。劉輝は親と兄弟を失くし、朝廷に味方は少なく、立場上恋をした少女(秀麗)の邪魔をしなければならないこともあり、望まずして手にした玉座に振り回される(本編終盤では旺季らに追い落とされ、退位寸前まで追い込まれる)ばかりで。

本編のポップな文体と秀麗メインの展開、サブキャラ達の重めのエピソードに気を取られがちで、王の苦悩が巧みに隠されていたことがうかがえます。

 

つまり、この外伝は満を持して明かされた『王の物語』なんじゃないかと思います。

 

王の最も寵愛深かった宰相、王位を争った政敵、最大の敵を支えた賢臣、王と妃、次代への継承。すべての話を『王』の物語として読み解いていくと、なぜこの人物の話が収録されたのか、なぜこの順番なのかがわかるような気がします。妄想ですが。

悠瞬の話で王の孤独という宿命を、旺季の話で王者の条件を、晏樹の話で王を支える者のことを、劉輝と秀麗の話で王と妃という特別な関係性を、劉輝と重華の話で親子と継承を(悪夢の国試組は閑話休題?前王の孤独を)、丹念に描いたのではないでしょうか。

その上で、劉輝が昏君から‟代えのきかない王”になっていく軌跡を、そうなるまでに本編でも語り切れなかった数多の犠牲と献身と時代があったことを、そして次の世代へ渡していくことを描き、ようやく『彩雲国物語』が完結したのだと思います。

孤独を抱えつづけながら前王とも、旺季とも違う『あたたかな白南風』を選んだ劉輝の‟王の道”。何度読んでも、胸がつまります。

 

 

 

※※あとがき※※

だらだらとした長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

もうちょっと一話ごとに丹念に読み解いてみようと思うので、近々第二弾の記事を書く予定です。

よければお付き合いください。

 

 

 

 

【実家モラトリアム】ひとり暮らしへの憧れ

コロナ禍という言葉が浸透し、「外出自粛」にも慣れてきた今日この頃。

家にこもる中、ひとりの時間が逆に減ったことに今更気づきました。

5月を目途にひとり暮らしをはじめる予定だったのに、予想外の展開に肩透かしを食らったかたちで、実家暮らし継続の日々を送っています。

 

もともと就職と同時にひとり暮らしをして、田舎で友達も親戚もいない土地での『孤独』という感じのひとり暮らしを始めたときは、早く地元に戻りたい、或いは友達のいる東京に住みたい、と強く思いました。

でも意外に、一年やそのくらい過ぎてみると、田舎に住んでいるからこそ誰にも気を遣わなくてよい自由があることに気が付き、結構楽しかったと記憶しています。家族や友達が近くにいる状況だと、自分ひとりで気ままに過ごしたいと思ってもすぐ予定が埋まるだろうし、それはそれでちょっと面倒なときもあります。でも田舎暮らしなら、1か月くらい仕事以外の用事がないこともあるし、そういう時、自分が行きたい場所やお店にフラッと入ったり適当に映画を観たりできるのが利点です。

 

なにが言いたいかというと、そういうひとり暮らしの『自由』をまた謳歌するつもりだったので、実家暮らし延長戦にはちょっと辟易しているところもあります。

そういうとき、この本を読み返して気持ちが少し変わったので、せっかくなので紹介します。

ひとり暮らし (新潮文庫)

ひとり暮らし (新潮文庫)

 

 

ペンギンの表紙がかわいい、詩人谷川俊太郎のエッセイ集。

前にも紹介したような、してないような気がしますが、兎に角いまの気分にすとんと嵌まった本なので、わたし以外の人にも合う人はいる気がします。

 

谷川俊太郎の詩には全然詳しくないですが、さすが詩人というべきか、短いエッセイなのにゆっくりと味わいたくなる情緒とユーモアが散りばめられています。

タイトルの通り、谷川俊太郎自身のひとり暮らしの話だけでなく、家族、若い頃の話、死生観などなど…、外に出られない、出かけられない今こそ立ち止まって考えたい、人生の色々なことを書き連ねている本です。

 

ひとり暮らしの出鼻をくじかれ、実家暮らしのストレスというか、ひとり時間を作りにくいちょっとした苛立ちが、この本を読むと小さくなっていきます。考えてみれば、次のひとり暮らしの後は、年齢的にもう実家に戻ることはないのだなと思うと、「これが最後の実家暮らし」と郷愁とか寂しさがないこともありません。あまり結婚とか家族への憧れがないし、この先他人とともに暮らすイメージがないので、複数人がひとつ屋根の下で暮らすというこの感覚をいつか懐かしく、戻りたいと思うときがきっと来るのだと、そう感じました。

この本はひとりの孤独、ひとりの豊かさと寂しさ、家族(複数)の孤独と嬉しさ、それぞれを語っています。ひとり暮らしをしたから自由になる訳ではないし、家族と暮らしたから孤独でなくなる訳でもない、暮らし方は変われど自分は自分。当たり前の毎日、暮らし、人生について書いてある短いエッセイですが、読むとすこし気持ちが落ち着き、この先の人生について気を緩めて考えることができる、そういう常備薬のような本です。

以上、本紹介でした。

 

 

※追記

ひとり暮らしはいつ始められるかいまはわからないですが、いまはゆっくり複数人の暮らしをただ過ごせばいいかと、思考を投げることにしています。

ただ、オンラインのやり取り中、友達との電話中に家族の声が入らないかはかなり気になるので、どうしたら改善できるか目下検討中です。家族がいてテレワークしている人も共通の悩みと思います。友達と家族と職場、この3つは別のものなので、あんまり相互に見せたくない、というのが困りものです。読書はどこでもできるのがいいですね。

そういえば、外出を極力減らしてもう3週間くらいは経ちますが、積読が減らないのは何故でしょう…。3月末に焦って本を大人買いしたからでしょうか。あのときはマスクや消毒液よりも本を買いに走った気がします。でも買っておいてよかった。積読がなくなると心の余裕が減るので。

春のプチ散策

一気に春へと進んだような陽気の週末。

久しぶりの連休、ちょっとほっと息が吐けるような暖かい日差しに誘われて、ちょっと散歩に行ってきました。

 

まだ世間はコロナで騒がしく、遠出するにも仕事の疲れが抜けないので、普段は全然寄り付かない、近所の大きい公園に散策に行くと、知らないうちに春めいていて驚きました。パソコンの画面や自分の部屋、会社、電車や駅ビルしか目にしない間に、季節はどんどん進んでいるのだと感じて、新鮮な気分になれたのでせっかくだから記録に残しておこうと思います。

有名な景勝地もいいですが、今みたいに人ごみが気になるときや、遠出する気力、体力がないときは、全然近所の散歩でも心休まるので、ひと月に一回くらいは散歩に行こうかと思います。

 

 

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桜が咲き始め。

ソメイヨシノはまだでしたが、オオシマザクラとか、ヤマザクラは満開に近いものもありました。

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次はクリスマスローズ。名前と季節が合って合っないて感じがしますが、大ぶりでベルみたいな華やかさがあります。白と淡いピンクの2種類咲いていました。うちで育ててるのは白ですが、2色あるのちょっと羨ましいです。

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緑と水の音ってシンプルに癒されます…。写真じゃ伝わりにくいのですが、岩に水面の

光が反射して、きらきら揺れているのが綺麗でした。

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あとパンジーとか。

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もうちょっと仕事が落ち着いて、余裕ができたら、有名すぎない景勝地とかに平日に休みを取って行きたい。

本を持っていって一日過ごしたい。

でも今日は、これはこれで満足でした。