本の虫生活

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いまさら彩雲国語り②「宰相」(鄭悠舜・李絳攸)

前回の記事で、細かい読み解きをという話をしたので、ちょっと書いてみます。

彩雲国物語の最後の外伝、『骸骨を乞う』の読み解きに挑戦です。

 

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う 上 (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 文庫
 

※※本記事では、彩雲国物語及び『骸骨を乞う』のネタバレが含まれます。最近出た本ではないので大丈夫と思いますが、未読で楽しみたい方はご注意ください※※

 

 

 以下で、本作を「宰相」「王佐」「王」の3つのテーマで分解してみます。

(「宰相」と「王佐」を分けてるのはちょっとしたこだわりです!)

長くなってきたので、本記事は最初のテーマ「宰相」について語ります。

 

 

まず一つ目のテーマ「宰相」から。

 

①鄭悠舜

 旺季派といわれていた(事実、五丞原の戦い以前は旺季派だった)名宰相について。

秀麗のいる紅家に仕える異能の一族、傑出した才を誇る一族のなかでも最も優秀な頭脳を持って生まれた悠舜。しかし、彼は生まれてからずっと欠落感を抱えていて、何も手に入れることがなくても、それでいいと達観している人間として描かれます。

古今東西のすべての書物を頭にいれても。何をさがしてるのかだけが、わからない。自分の胸に生まれながらあいてる穴を埋めるもの。

 (角川文庫『骸骨を乞う 上』p61~62より一部抜粋)

 

劉輝が異常なほどに朝廷に留めおこうとしたのは、悠舜が劉輝の抱える‟王の孤独”に一番最初に気が付いたから(そしてまた、劉輝も悠舜の持つ‟欠落感”に感づいたから)。

悠舜自身が生まれたときから周囲とかけ離れた才能を持ち、しかもその才を恐れたため最も慕っていた旺季のために才能を生かすことができなかった。悠舜の恐れを知っていたから、旺季は悠舜に‟力を貸してほしい”と求めることはせず、ぬるま湯のような生活のなかである種の幸福を感じながらも、悠舜はずっと孤独を抱えてきたのだと思います。自分自身がずっと孤独を、欠落感を、誰かから求められたいという強い望みを隠しながら生きていたから、側近や親しい者達でも気づけなかった‟王の孤独”にいち早く気が付いてしまった。

側近3人や秀麗は過酷な運命を経験しているけれど、王の抱える‟孤独”とは実は縁遠いので、悠瞬に先を越されたのでしょう。藍家は兄弟愛が強いし、絳攸は傍目にはわかりづらいけど、黎深に実はとても深く愛されていて、静蘭は弟である劉輝に心から求めらて人間性を取り戻し紅家で迎え入れられ、秀麗は家族だけでなく逆境の朝廷でもどんどん仲間を増やしていきます。幼少時に一族すべてを失くし、その後望みを抑えて生きてきた悠瞬は、その頭脳より境遇が、王の心を細やかに感じ取ることができた最大の要因だったように感じます。

また、悠舜の章で側近3人をこき下ろすシーンは結構ファンの間で衝撃的だったようです。私も初読時は驚き、なかには拒否感を示す人も居たというのは確かにわかります。本編で出番の少ない謎の多い人物より、序盤から活躍し、成長してきた3人を贔屓にしてしまうのは当然です。ただ、何度も読み返してみると、あのシーンは後の「王佐」について語る上でかなり重要なのでは?と思いました。自らヒールを勝手出て、未熟さの残る3人の欠点を指摘する悠舜は、確かに‟理解されにくい男”だなあと思います。

さて、悠舜を語る上で外せないのが、「何故旺季でなく劉輝を選んだのか」です。旺季のことを「裏切りでしか愛する人を守れない姫家」のことを回想しながら思うくだりや、挟まれる旺季との穏やかで幸せな日々を見ると、悠瞬は劉輝より旺季の方がずっと大事で、旺季を守る(死なせない)ために劉輝に付いたのでは、と勘繰りたくなります。でも、最後まで読んでいくと、彼はちゃんと‟劉輝”を主君として選んだのだとわかります。旺季は悠舜を大事には思ってくれても、臣下として求めてはくれない。悠瞬も自ら主君と仰ぐことはなかった。それは、悠舜が自らの才は認めていても『百万の骸を並べて』才を生かすことを厭っていたから。前王が故郷を攻めるとわかった際、戦うのではなく逃げることをすすめ、実際に攻められた際も、敵を倒すのではなく自死を選ぼうとし、戦いを厭う彼の気質がどうしても旺季と相容れないから旺季を選べなかったのだと思います。旺季の道は民を、弱者を救う道であっても流血を避けることはできない。「誰も殺さなくていい」選択肢をくれたから、その劉輝が自分を「心から求めて」くれたから、悠舜はやっと主君を得る決断を下したのでしょう。

劉輝を選ぶために大切な旺季も、妻子と過ごす時間も、故郷へ帰る夢もすべてを諦め、王のために残りの生涯を捧げた悠舜は、確かにかけがえのない‟王の宰相”でした。

 

 

②李絳攸

 本編でもお馴染みの主役級キャラクター、絳攸のその後がしっかり描かれたこと、あまり予想してなかったので嬉しかったです。

国試制度があるとはいえ、その試験を受けるための勉強や受験料、諸々を考え、朝廷はほぼすべてと言っていいほど、貴族出身の人物が占めています。その中で絳攸は貴族である紅家の養子であるとはいえ、完全に平民出身、しかも捨て子であったというのが彼を語る上では必要なポイントになります。貴族の子弟が多いなか、ぶっちぎりの成績で朝廷に入り、辣腕を振るい王の側近になるという派手な経歴で、でも本人は驕らず面倒見が良く素直で、個性の強いキャラクター達の緩衝材にもなっています。ただ絳攸は悠瞬のように天才と描かれることはなく、あくまで努力によってつくられた秀才なのだと思います。本編中盤のエピソードで、絳攸が養親である紅黎深を弾劾しなければならない、というお話しがありますが、あの話がとてもいいんですね。黎深に拾って貰えなければ、冬山に捨てられ死んでいたという境遇の絳攸は、黎深にとても強く恩と感謝を感りじており、そのため自分が牢に入れられるという状況まで追い込まれてもなかなか黎深を弾劾できません。ですが最後には情ではなく官吏としてやるべき事を為すために責務を果たし、ようやく一人前の官吏として独り立ちしていきます。心憎いのは、黎深はすべて承知した上で、自分に恩を感じすぎている絳攸を自由にするため、あえて弾劾されたのだろうとしか思えないこと。あの親子愛はかなりグッときました…。

と、ここまで絳攸の宰相としての話は全く書いていませんでしたが、この背景こそ絳攸が悠舜とは違う‟王の宰相”としての道を歩むことになった理由だと思います。

悠舜が王を支える「王の杖」となったのと対称的に、絳攸は下記のように描かれます。

 いつのまに昔と逆転し、王が絳攸の支えとなっていたのだろう。

 (角川文庫『骸骨を乞う 下』p445より抜粋)

『いつかお前は亡き后妃と、願い通りこの室で再び会う日がくるのかもしれない。それでも行くな。玉座の隣で待つ。もう俺一人しか残っていなくてもだ』 

 (角川文庫『骸骨を乞う 下』p463より抜粋)

 

悠舜は王を見出し、王に欲されたのに対し、絳攸は劉輝が王で在り続けることを欲した。心の支えであった悠舜を、そして目標に追いかけていた旺季を、最愛の秀麗を亡くした世界で、強く強く‟王としての劉輝”を望み続けた絳攸の存在は、かなり大きかったのだと思います。

災害や戦、若い王への反発等問題の噴出した揺籃期には異能の宰相、悠舜が確かに必要で、誰も気づいてくれなかった劉輝の孤独、欠落に気が付き、支えられたのは他にいないでしょう。宰相となった絳攸は、悠舜とは違うやり方で、‟誰よりも劉輝を王として求める”という方法で、王を支えていったのが何とも愛しく、彼らしくて。それはかつて秀麗が行ったことでもあって、旺季を相手に「私を認めてくれるのは、劉輝を認めることと同じだ」「劉輝でなければ女人国試は実現しなかった。だから私が仕えたいのは、旺季ではなく劉輝だ」と、秀麗が言ったのと同じ、「王としてあなたを選んで仕えたいのだ」という願いです。昏君と呼ばれ、前王や旺季と比べられて、かつては捨て駒と嘲笑された劉輝が、他ならぬ国の要の宰相から「ずっと玉座に居てくれ」と欲されるのは、不自由で孤独な玉座に座り続ける、大きな理由になったはずです。

私心なく宰相として王を隣で支え続け、古くからの友人として愛する人を失い続けた王を一人になっても支え続ける絳攸は、悠舜と対をなす、尚書令に全然負けていない最高の宰相だったろうなと思います。

個人的には、‟天才ではない”‟貴族でもない”持たざる者である絳攸が、宰相として一番長く朝廷に残り続け、王の治世を支えたのが彩雲国らしい気がします。秀麗がかつて朝廷を‟民を守るための場所だ”と言った通り、捨て子で持たざる者の絳攸が、民の苦しさを肌身で知っている彼が、戦を厭い民を思う王であった劉輝の治世の大部分を支えたことは、必然であったのかもしれません。

 

 

長くなりましたが、これで『骸骨を乞う』の読み解き「宰相」パートは終了です。

続けて「王佐」パートを投稿予定なので、もし興味があればお付き合いください。

お読みいただきありがとうございました。