本の虫生活

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いまさら彩雲国語り③「王佐」(凌晏樹と紅秀麗)

物凄く放置していた下書きを発掘しました。

 

前回の記事に引き続き、彩雲国物語最終巻「骸骨を乞う」の読み解きに挑戦します。

前の記事はこちら☟

zaramechan.hatenablog.com

 

 

 この連作記事では、本作を「宰相」「王佐」「王」の3つのテーマで分解して考えていきます。

彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

彩雲国秘抄 骸骨を乞う (下) (角川文庫)

  • 作者:雪乃 紗衣
  • 発売日: 2016/02/25
  • メディア: 文庫
 

次は2つ目のテーマ「王佐」

 

「骸骨を乞う」上下巻の構成を見ると、悠舜→旺季→ 凌晏樹→劉輝(紅秀麗)→悪夢の国試組(紫)→重華(絳攸)がメインの連作短編集になっています。

王と宰相が大きな軸であるのは慥かですが、中盤に唐突に挟まれる‟凌晏樹”の話に、ちょっと違和感を感じたので、彼の役割について考えてみました。そして本編では描かれなかった"后"としての紅秀麗についても少し。

 

 

 ①凌晏樹

 旺季のシンパで貴族派の筆頭。本編の最後に黒幕として華々しく登場する謎の多い人物。外伝では、凌晏樹が主人公として描かれた『北風の仮面』が発表された。骸骨を乞うのどの話も好きだけど、最初に読み返したくなるのがこの北風の仮面ー晏樹の話だったりする。

依頼を受けてターゲットを破滅させる美貌の悪魔を母親に持つ晏樹は、わずか六、七歳にして母親の"仕事"を引き継ぐことになる。母親譲りの美貌と残酷さを併せ持つ晏樹は、順調に依頼をこなし多くの"悲劇"を起こしながらずっと何かを探している。目先のものを楽しむことは出来ても、長く大事にしたいものは滅多に見つからない。そんななか、ある夜"仕事"の最中に邂逅した旺季と数度の再会を経て、旺季の傍に居ることに決める。

追われることに慣れ、人の運命を掌で転がしていく奔放の晏樹が徐々に旺季に惹かれ、無償の奉公をするに至る描写が刺さる。決して晏樹を求めない、追いすがらない旺季に苛立ちながらも、何度離れてもまた会いに行ってしまう晏樹。最後には、病で身体が不自由になった旺季の世話の為だけに出奔し、かいがいしく看病するなど旺季への深い愛情が伺える。

しかし何故、外伝で、しかも下巻の最初に凌晏樹の話を描いたのかと考えると、彼の役割がおぼろげながら見えてくる。

彩雲国物語は民を救うために尽力する『官吏』のパート、市井を生きて登場人物たちを下から支える『民』のパート、そして『王とその側近』のパートがよく見られる。主人公の秀麗が官吏だから、民を救いたいと奔走する秀麗達と意見や主義の違いで対立する朝廷の話がバチバチと描かれるけれど、意外と『王とその周辺』の話も散りばめられている。劉輝が王としての資質を問われ、朝廷を追い落とされる場面なんかかなり印象的だ。宰相と王の関係については前記事で触れたけれど、彩雲国物語という作品で王と宰相ともう一つ、『王佐』という役割が重要になっているように思う。

凌晏樹は旺季―もう1人の王を支える『王佐』として、ある意味紅秀麗と対になる役割を担っているのではないだろうか。

手段を択ばない悪辣な謀略。誘拐に殺人、市井の人びとの命を人質とした策略を仕掛けて悪役として登場した凌晏樹は、何故そこまでしたのか。その答えが外伝『北風の仮面』にある。

最後まで謎に包まれて去っていた彼の目的は、最初から最後まで"旺季を支えること"だった。旺季が王として立つならば、全力でそれを支えよう。主が手を汚す代わりに自分が行う。献身とも言える行いだったのかもしれない。病で春を見ることができない主に唯一最後まで付き従い、そのまま姿を消した晏樹は悪役とはいえ魅力的だ。宰相が"王としての孤独”を、そして執政を支える存在であるなら、王佐とは"王"という立場を超えたその人自身を、すべてを支えるという献身的な役割を指しているのだろう。

 

 

②紅秀麗

 女人国試制が始まって登用された最初の女性官吏。大貴族紅家の長女でもある彼女は、妨害や挫折を味わいながらも頭角を現し、劉輝の治世下で活躍を繰り広げていく。本編で描かれるのはここまでだが、外伝では職を辞して后となった秀麗と劉輝の話が盛り込まれている。

 幼い頃からの夢だった官吏になり、厳しい現実に何度も阻まれながらも民のために、身命を賭して行動し続ける彼女の眩しい活躍譚であった本編とは異なり、一人の女性として劉輝の元へ嫁いだ秀麗の話が描かれるのは結構意外だった。

秀麗にとっての優先順位は何を差し置いても"官吏という仕事"であり、それに強い誇りを持っていた彼女が最後に劉輝に嫁いだというのは、何というか少女小説のお約束というか帳尻合わせのようなもので、本筋ではないから本編ではないのだと思っていた。勿論、バイトから始まった劉輝との交流、秀麗の成長を通じて二人の関係が変わっていく恋愛の機微も素敵だけれど、本編での秀麗は一番大事な職を辞してまで嫁ぎそうに見えなかったので。

最後に残ったすこしの時間をすべて、劉輝のために使いたいと后になった秀麗は、周囲の予想に反して劉輝と喧嘩など一度もせず、静かな愛を育んでいく。喪った悲しみを手放せないほどかけがえのない宰相、悠瞬を得て、公私ともに信頼できる側近を得て、悩み苦しみながらも王として再び歩みだした劉輝は、秀麗との結婚で何を得たのか。そして秀麗は、どうして劉輝と結婚したのか。

それは、一人の人間として、"王"ではないときを含めた劉輝を愛する為だ。官吏として公平であらねばならないときは出来ない、最大限の愛し方。王の目となり足となり、多くの民を助けたその大きな心で、目一杯劉輝を愛した秀麗は、その時間こそ短いものの『王佐』として十分に役割を果たしたのだ。氷の心臓でとても好きなのは、秀麗が自分が早いうちに去ることをちゃんと理解して、周囲の人に劉輝を頼むと言っていく場面。自分はずっと一緒に居られなくても、思い出を残し、一つ一つ周囲に託して、自分が去った後の王が立ち上がれるように備えているところ。王が再び孤独にならないように、心を砕いて準備しているのが切ない。

私のいない世界でも。あなたが幸福でありますように。 

 (『骸骨を乞う 下』新潮文庫 雪乃紗衣著 P229頁より引用)

これ以上言うことはなさそうだ。

 

 

 

以上、彩雲国物語外伝に狂った妄想第三弾でした。

晏樹と秀麗、全然似てないのにそのひたむきさは綺麗な対比になるのがいい。

次は一番難しい、旺季と劉輝、戩華王の話を書く予定。