【祝・新刊発売】幻と消えた和平工作
2021年1月20日。
ここ数年でのわたしの再推し作家、上田早夕里さんの新刊が発売されます。
楽しみすぎてまだ読んでないのに紹介記事を書きました。
1.上田早夕里さんはどんな作家?
2.新刊『ヘーゼルの密書』
3.最初に読むなら?おすすめの長編と短編
まず、まだ読んでいない本の感想は書けないので、推し作家の紹介から入ります。
1.上田早夕里さんはどんな作家?
『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、その後下のような代表作を発表している。
・深紅の碑文(上・下巻)早川書房
・夢見る葦笛 光文社
・薫香のカナピウム 文春文庫
ほか
SFデビューだし、代表作の一つ『華竜の宮』もハードSFなのでSF作家かな、と最初は思ったがその後の発表作品を読んで驚いた。
詳しくは下記の著作一覧ページがわかりやすいが、兎に角多彩。
ざっと読んだだけでも、<SF><ファンタジー><幻想系><歴史>を全部著作で網羅している。そして個人的に結構びっくりしたのが、<日常系>、特に料理にまつわる小説。美味しそうな料理、シェフが活躍する小説は好きなので結構読んでいるが、SFとか骨太の歴史系のイメージがあったのでガラッと違う印象に驚いたのが『ラ・パティスリー』。洋菓子店で繰り広げられる人間模様を描いた小説。華竜の宮とか破滅の王を読んだ後に読むと、本当に同じ作者が書いたのかと疑うくらいテイストが違う。
ひとつのイメージに縛られないので、作品によって違う作者の小説を読んでいるような感覚がある。興味があったら是非一回一覧の紹介を見てほしい。SFはちょっと…とか、ファンタジーは苦手、とかあっても、自分に合うジャンルの小説が見つけられる可能性が大きいので。
※著作一覧(公式サイトより)
2.新刊『ヘーゼルの密書』
まだ読んでいないのでわたしもどんな小説かわからない。けど、あらすじを読むとどうやら1930年代の上海で実際に行われるはずだった、幻と言われる日中和平工作に関わった人々を描いた歴史小説らしい。
既刊『破滅の王』とテイストが似てる(※しかし『破滅の王』は歴史SFというのか、架空の物語)けど、新刊は歴史小説らしい。第一次世界大戦の時代を舞台にした歴史ファンタジー『リラと戦禍の風』も、ファンタジーとはいえかなり歴史小説に近いくらい重厚な背景の描かれ方だったので、初の歴史小説は期待しかない。しかも、『破滅の王』と今作と次作を合わせて【戦時上海・三部作】になるらしい。すごく楽しみ。髙村薫の『李歐』とか柳広司のジョーカー・ゲームシリーズ『魔都』とか好きな人は絶対刺さるなあ、これ…。
3.最初に読むなら?おすすめの長編と短編
【長編のおすすめ】
SFが苦手じゃないなら、やっぱりこれをおすすめしたい。
①華竜の宮
気候変動により陸地が急激に水没し、少ない陸地を奪い合う「陸上民」と海上の生活に適応した「海上民」が互いの利害を超えて新たな地球規模の危機に立ち向かう長編。続編『深紅の碑文』ともにかなりハードな内容なので、コロナ禍の今読むのはアリだと思う。平和な時代より、困難なときだから共感できる、考えさせられるところも多い。わたしは年末に再読して泣いた。
いきなりハードな長編は大変かな…という人は、
<日常系>⇒『ラ・パティスリー』
<ファンタジー>⇒『リラと戦禍の風』
とか。リラと戦禍の風は重めの内容だけど、がっつりファンタジー(※魔法とか出て来るような)なのでそこまで読むのが大変ではない印象。ラ・パティスリーなど料理系も最初はとっつきやすい。
【短編のおすすめ】
絶対これ。上田さんが‟多彩な作家”というのがわかるはず。
これを読んでどの小説が好きか、とわかると次に読みたい長編が定まってくる。
また、去年中国で銀河賞(2019年度に中国国内で発刊されたSF作品に授与される賞)の「最受欢迎的外国科幻作家」(最も人気のある外国人SF作家)部門を、日本人作家としては初めて受賞した作品でもある。
個人的には世界観をがっつりと表現した長編が好きだけど、まず短編を読んで感じを掴むのはおすすめ。もう文庫化したので手に取りやすい。
なんかあまり新刊の紹介をしていない気がする…けど、読んでないので取り敢えずこの辺にしておきます。
新刊発売、おめでとうございます🌸🌸🌸
2021年迎春_やっぱり好きな中華系小説
2021年、あけましておめでとうございます。
予想通り、コロナの落ち着かない不安な年明けですが、ずっと続く訳ではないのでこの機会に今年も在宅でできることにチャレンジしたり、なにか一つ技能を磨いたり、ブログを更新できればいいなと思います。
特に、2020年秋から急速に落ちた羅小黒戦記の影響で、年末近くから中国語の勉強をちょっとずつ始めました。なんとか、簡単な会話や文章くらい読めるようになることが2021年の目標の一つです。ここに書いておいて、今年の年末の成果がどうなるやら、自分に発破をかけておきます。
それで、目標の一つであるブログの更新についても、元旦から1本記事を書くという気合(?)で臨みます。
きっと、羅小黒戦記の影響もあって、中国や中国の文化に興味を持つ人が増えていると思うので、私の個人的なお勧め中華系小説を紹介していきます。
①まずは短編から!古代中国の雰囲気を味わう
最近は、酒見賢一さんの本をあまり本屋で見かけない気がしてすこし寂しい。
でもこの小説、短いのでさっと読めるのに濃厚な古代中国の香りを感じるのでどんな人でも読みやすいのでおすすめ。古代中国の、戦争技術のプロフェッショナルとして名を馳せながら、非戦と愛を謳った謎の墨子教団。孫子などの有名な戦術家と比べて有名にはほど遠い彼らの、破天荒で謎に包まれた歴史をもっと知りたくなります。
この小説シリーズ、めちゃくちゃ好きなのに、いつの間にか紙の本がなくなっていてとても悲しい。ほんと、日本に武侠小説って全然入ってきてないけど凄く面白いからもっと流行ってほしい。ドラマとか映像ももっと日本で放映してほしい。
武侠×ミステリの短編集。武侠って馴染みがない人も多いかもしれないけど、空を飛んだり気を飛ばしたりなもの凄い長寿だったりするド派手アクションと思えば概ねOK。羅小黒戦記を観た人なら、無限のアクションイメージで概ね合っているかな。シリーズが3作まで出ていて、それぞれ違った味わいがあるから全部おすすめ。
③最高の完成度。これぞ中華小説の粋
洗練された中華小説というなら、この人が飛びぬけている。
なんで紙の本絶版になったんだろう…。この人が書く中国を舞台にした小説の完成度は凄まじい。人生で読んだ短編集のベスト10を考えるとして、この本はベスト3に入れると思うくらい好き。洗練度が段違い。
長編も、いまはほとんど電子書籍になってしまったけど、日本人が書いた中国のイメージというより、中国ならではの表現に近い、そういう文章が書けるのはやっぱりこの人くらいしか思い浮かばない。
④本格時代SFもいかが?
直木賞候補にもなった作品。
1943年、戦時中の上海で起きたある細菌兵器を巡る国家間の陰謀と争いを描いたSF作品。一瞬SFであることを忘れるくらい詳細に描かれた当時の上海の情景に圧倒される。上田さんの作品は、特に長編を読むといつも思うけど丹念な取材に基づいているから説得力がすごい。背景から情景、音、匂いが立ち込めるような鮮やかで危険な上海の戦時下を想像させられる。
⑤もっと知りたい人は
もはや歴史書。
中国の歴史を古代~宋の時代まで解説するシリーズ。歴史の教科書を辿るような内容だけど、普通に読み物として面白い。日本でも使う故事の由来や歴史上の重要な事件をドラマチックに、けれど小説ほどお話に寄り過ぎない絶妙の語り口で解説している。
以上、とりあえず中華系小説のおすすめをピックアップしました。
もっとマニアックなものがいい!とか上記を読んでもっと知りたくなった、という方は下記もよろしければ…
〇漆黒泉
日本人作家の作品では見ない、「中国らしい」独特の表現が満載で好き。
ミステリとしてもしっかり楽しめる(※別にマニアックとかではない)
三国志をまじめに好きな人は読んではいけない?
三国志と三国志演義、両方楽しめる人ならいいかも。孔明にかっこいいイメージを持っている人は、一気に崩れるので覚悟してください。私はめちゃくちゃ好き。
以上、2021年初記事でした。
今年もよろしくお願いします。
2020年ベスト小説【ベスト10まで】
年が明ける前に、2020年に読んだ本のなかのベスト10を記録しておきます。
※2020年に出版されたというのではなく、単に2020年に読んだ本のなかで個人的なベスト10を選んでいます。
それでは、まず第10位から6位まで
第10位『巴里マカロンの謎』
11年ぶりの小市民シリーズ。
まさか、『冬』ではなく番外短編集という形で出るとは予想していなかったのでかなり驚きましたが、久しぶりの小山内さんと小鳩くんのタッグが読めて満足。昨年は十二国記シリーズの長編が出版されるし、2020年は小市民シリーズが出るしとここのところシリーズものの久々の再開があって嬉しい。2021年は鵺の碑が出たりして…(期待)。
【あらすじ】
高校生の小山内さんと小鳩くんは、ごく普通の小市民になることを目指して、ある「互恵関係」を結んでいる。普通に波風の立たない生活を求めるスイーツ大好きな小山内と、推理好きの小鳩くんだが、2人には中学時代の苦い経験があった。高校デビューとして目立たない「小市民」を目指す2人だが、なぜか周囲では不思議な事件や危うい出来事が目白押しで…。
よくある日常の謎系の学園ミステリだが、2人の強烈なキャラクター描写が魅力に溢れていて、米澤穂信作品のなかでも一番好きなキャラクターかもしれない。
第9位『人みな眠りて』
クリスマスを題材にした小説を読みたかったので購入した短編集。表題の「人みな眠りて」がクリスマスを題材にしている短編だけど、その他も素晴らしい。ゲイルズバーグの春を愛す(絶対に手放せない大好きな短編集)のように上品で暖かく、心を豊かにしてくれる優しい物語集だと思う。
【あらすじ】※人みな眠りて
クリスマスが大嫌いな毒舌家の新聞記者ハックルマンは、気乗りしないクリスマスイルミネーションの審査員として駆り出されることになり、多いに苦り切っていた。新聞社のほとんどの人間が彼の横柄な態度やクリスマスへの罵倒を聞き、嫌気がさして険悪な雰囲気が漂っていた。金持ちの邸宅の主が用意した豪華絢爛なクリスマスイルミネーションで優勝は決まったかと思った矢先、そのイルミネーションの一部が盗み出され、大々的なニュースとなる。クリスマス嫌いな男と聖夜の奇跡とは?
独創的なアイディアが真新しいのに、読むと懐かしさを覚えるところがいい。
第8位『五匹の子豚』
今年もクリスティ熱は冷めやらず。
名作と名高い「五匹の子豚」を読みました。
【あらすじ】
16年前に父親を殺したとして容疑にかけられ、獄中で死亡した母を持つ娘から、ポアロへ一つの依頼が舞い込んだ。「母は父を殺していない。無実である」と訴える娘とだが、当時の事件関係者は一様に娘の母の犯行を疑っていなかった。本当に母は無実なのか、それとも無実を信じたい娘の願望に過ぎないのか…。過去の事件を関係者から聞き取り、少しずつ露わになる当時の事件の輪郭のなかで、ポアロがたどり着く‟真相”は、母の無実かそれとも。
ミステリそのもののトリックや犯人像の面白さもさることながら、事件に直接「関係なかった」事実が徐々に露わになる過程がスリリングで面白い。クリスティ特有の人物造形が冴えていて、誰が噓を吐いているのか、隠された本音はどこにあるのかと、ゆっくり読みながら探っていくと一層楽しめる。クリスティ作品、中毒性があって大変よい。
第7位『李歐』
高村薫作品のなかで、気になっていた一冊。上海から来た美貌の殺し屋と、銃に魅せられた日本の若者の邂逅と激動の人生。好きな予感しかなかった。
【あらすじ】
幼い頃母親が駆け落ちで失踪し、その後は平凡な生活を送ってきた大学生の青年、吉田一彰は、ある日バイト先の店で美貌の殺し屋の青年で出会う。大陸からやってきた謎の美青年の名は李歐。一瞬の邂逅かと思われた二人は、再開を経て惹かれ合うが、周囲の不穏な情勢に阻まれ、その距離は遠く離れていくが…。
同性愛、拳銃、頽廃の雰囲気…。映画を観ているような気分になる1冊。個人的にはリヴィエラを撃て、の次くらいに好きかも。
第6位『夏の厄災』
多分、コロナ禍がなかったら知ることもなかった作品。
【あらすじ】
ごく普通の郊外の街で突如起こった謎の伝染病。とっくに撲滅された筈の日本脳炎に酷似した未知のウィルスを前に、行政や病院は必死の対応を行うも、感染と住民の不安は消えるどころか瞬く間に広まっていく。ウィルスの正体は何なのか。有効な対処方法は存在するのか。病院の陰謀説まで渦巻く中、ウィルスは思わぬところから正体を現し、一筋の希望へと繋がっていく。
容赦なく広がる感染と突然の劇症化、後遺症、そして不安からパニックになる人々。読むだけで背筋が凍るのに、もっと怖いのは小説を凌駕するスピードで今まさに広がる「コロナ」。通常の、コロナ禍の前に読んだら、ここまで怖いと思わず普通に楽しんだかもしれないが、今年読むと、小説よりも恐ろしい事態に陥っている現実が本当に怖かった。
年末になり、感染は過去最悪まで広まっている。一気に解決するとか、ほっとけば収まるとかいう事態でないことは分かる。最大限の警戒と忍耐を続け、決して楽観することなく、感染が広がらないよう私にできる全力を尽くし続けなければ。
***
以上、10位から6位まででした。
久しぶりのシリーズ新刊からクリスティの名作、コロナ禍に因んだパンデミック小説など、テンションの落差が凄いのでどれを何位にするか悩みました。
次の5位から1位も迷いに迷いましたが、新しい知見を、出会いを感じさせてくれた5冊を選びました。
では、5位から1位まで。
第5位『ソロモンの偽証』
とにかく、今年で1番エンタメとして楽しんだのがこの小説。
【あらすじ】
クリスマスイブからクリスマスへ移る未明、14歳の中学生が学校の屋上から転落死した。不登校だった彼は、不幸な自殺なのか、事故だったのか、それとも…。様々な憶測が流れるなか、一旦は自殺として片付けられ鎮静化していた事件は、突如届いた告発状により一転騒動を巻き起こすことになる。中学校関係者へ匿名で出された告発状には、彼の同級生3人が屋上から突き落としたと書かれており、学校内外で不良として有名だった3人組を疑う声も大きく、マスコミも動き次第に事態は収拾がつかなくなる。そんな中、事件当時の中学2年生のクラスメイト達は、自分達で真相を掴むため、‟学級裁判”を開廷することを決意する。
中学生にしてはしっかりしすぎていたり、ちょっと荒唐無稽な設定が気になるものの、学級裁判の過程は読んでいて面白い。いじめや見て見ぬふり、子どもの傲慢さと繊細さの機微をつぶさに表現していて、10代とかは読むと身につまされすぎるくらいかもしれない。でも面白かった。
第4位『金閣寺』
三島由紀夫は独特のイメージが強すぎて苦手なんだけど、…読まされた。
【あらすじ】
吃音と醜い容姿に悩む溝口は、幼いころから金閣寺を賛美していた父のはからいで、金閣寺の学僧となった。しかし、夢にまで見た実際の金閣はそれほど美しくないことに
落胆する。同じ金閣で修行に励み、溝口の吃音をバカにしない実直な青年鶴川と、大学で出会った障害を持つが心根の歪んだ柏木。二人との出会いを経て、少しずつ歯車は狂い始め、溝口は可愛がってもらった師から見放され、ついに金閣寺の放火という暴挙に出てしまう。
沖縄の、あの首里城の火災を思い出した。
焼け落ちていく城に悲嘆を、呆然とする人々の姿が放映されるなか、不謹慎だけど美しいと思ってしまった人はいるのではないだろうか。
第3位『13・67』
香港の弾圧をニュースで見る度、重苦しい気分になる。だけど、そもそも私たちは香港を理解しているのか。知りたくなって読み、知ってより失ったものが大きかったのだと知る。
【あらすじ】
香港警察の「名探偵」と呼ばれた伝説の刑事クワン。2013年、末期がんで余命僅かな彼のもとに、難事件の捜査で行き詰ったかつての部下、ローが訪れた。ローは難事件の解決のため、意識不明のクワンの脳に電極をつけ、推理させるという前代未聞の捜査を開始する。
2013年からはじまり、時代を遡り1967年まで時代を辿っていく連作短編集。正直、最初の短編はそこまでミステリとしても驚きはなかったけれど、ここ1年程度で大きく変わってしまった香港を追体験するような作品の全体の完成度がとてもよかった。ぜひ最後まで読んでこの感覚を味わってほしい。
こんなに近いのに、失われるまで、大々的にニュースになるまで知らなかった香港の歴史、一国二制度、民主化というものがなんだったのか考えさせられる。
第2位『エレホン』
今年いちばん、とびきり変な本だった。
【あらすじ】
羊飼いの青年が迷い込んだ謎の国「エレホン」。人びとはみな優しく、健康的で美しいまさに‟理想郷”のようだった。金髪で健康な身体を持つ青年は、理想郷の人びとに歓迎されるが、そこではおかしな不文律があることに気が付き、次第に疑問を深めることになる。
病める者、不幸な者が処罰される一方で、お金持ちは罪を犯しても心の迷いとして許される、150年前に描かれた奇怪なディストピア小説。
わたしの大好きな、芥川龍之介の「河童」もエレホンをオマージュしていると知って、確かにそう思える部分があった。河童もいいですよ…
👑第1位 『アンデスのリトゥーマ』
2〜10位は大いに迷ったけど、1位は最初からこの本と決めていた。
【あらすじ】
アンデス山中に駐在する伍長リトゥーマと、愛する女性に逃げられ傷心のトマスは、工事現場のすぐ側で起きた3人の男の謎の失踪事件について調査をすることになった。黙して語らないインディオ、迷信を誠しやかに語り本心を見せない酒場の夫婦、荒々しい革命の嵐。3人の男はどこへ消えたのか、それとも殺されたのか。彼らを搦めとったのは、果たして革命か、それとも悪霊か…。
あらすじを見た瞬間に買おうと思った1冊。バルガス・リョサの名前は聞いたことはあったけど未読だったので、この作品が1冊目。夢と過去と空想と現実が混ざり合う独特の文体に翻弄されるけれど、最後まで読むと全てが繋がり戦慄が走る。
間違いなく、今年読んだなかの一番だった。
※残酷な描写やグロテスクな描写が苦手な人にはちょっとお勧めできない。わたしも苦手だけど、でも面白かった。
以上、2020年ベスト小説10選でした。
コロナ禍の割にたくさんの本は読めなかったけど、なかなか濃い読書ができたのでこれはこれでよかったかも。
来年は十二国記シリーズの新作短編も出る予定だし楽しみ。
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。
〇追記〇
選外1(ベスト10には入れていないけど強烈な印象により抜擢)
『隠された悲鳴』
アンデスのリトゥーマを読める人なら大丈夫かな…。
いやでも読んだあと暫く怖かった。
怖い話(グロテスクとかそういう意味で)が苦手な人は、あまり検索もしない方がよい。これが、現実とかけ離れた空想とはいえないということが一番こわい。いやでも読み応えはあった。
選外2(10位に入れそびれたけど、発売おめでとうございます)
『銀河英雄伝説列伝1』
まさかの公式二次創作小説集。
本気の本気で、有名作家たちが書いた銀河英雄伝説のスピンオフ。
流石に本職の小説家たちが書いている外伝、面白かった。1ということは、きっと2もあると期待しても良い・・・???
選外3(小説ではないので)
『南洋通信』
中島敦が、南洋庁の役人として働いていた際に、妻子に宛てて書いた書簡を集めたもの。古典のインテリっぽいというか、砕けた印象のない中島敦の私人としての手紙が新鮮だった。
子どもを気にしたり、妻に心配するなとしきりに言ったりする割に、体調を崩すと弱気になり、ビスケットが食べたいとこぼす普通っぽさに共感できるけど、流石小説家だからか、手紙なのに読んでいて物語を感じる。エッセイが好きな人に刺さりそう。
何もしないクリスマスの準備
感染拡大が収まる気配もないので、クリスマスに遊びに出かけることは控えるとして。
クリスマスをパーティーではなく家でゆったり過ごす、何もしない脱力クリスマスはどうだろう。
(家にクリスマスっぽい装飾が一切ないのでフリー素材を貼っただけ)
まず、絶対(個人的に)必要なのが
①ココア
そもそも今年は平日なので、正直退勤したらもう夜…
という人も多いと思う。わたしも年末で残業できっと帰れない(悲しい)。
そこで、クリスマスっぽいディナーを楽しむ余裕もない人にお勧めなのが、ココア。
お湯を入れるだけでできて、しかも暖かくて甘くておいしい。忙しくて平日にディナーやケーキを楽しむ余裕がない人におすすめ。お酒が飲める人はホットワインとかもよさそう。
純ココアとか面倒だからこれかな。
飲み物だけじゃお腹が空くので、
②お菓子
甘いココアに甘い菓子は…とか思うけど、どうせココアはすぐ飲み切ってコーヒーに移行するから問題なし。シナモンパウダーを買っておくと違う香りを楽しめる。余裕がある人は紅茶のティーバックとかがあるといいかも。
ちょっと贅沢な気分になれるお菓子というなら、絶対にお勧めしたいのがこれ。
クッキーの概念が変わるくらい美味しい。
「ちょっと多いかな」とか思ってもあっという間に食べきってしまう本当においしい。
甘いのが苦手な人は、こっちのクッキーもとんでもなく美味しい。甘くないし上質なつまみというか、チーズの香りが濃厚でこっちのクッキーもすごく好き。
両方とも凄く美味しいので、ぜひ試してほしい。
で、無言で食べたり飲んだりしているとつまらない事を考えてしまうので、やはりここは映像か音楽か本か。
映像なら、いますごくお勧めしたいのが、
③羅小黒戦記(Webアニメ)
1回5分程度の短いWebアニメ。タイトルから何となくわかるかもしれないけど、中国のアニメ。字幕付きがyoutubeで観れるのは嬉しい。可愛い絵柄の割に、結構内容が濃くて楽しめる。妖精が人間に紛れて共存する世界で、黒猫の妖精小黒(シャオヘイ)と10歳の女の子小白(シャオバイ)が出会い、妖精や人間と交流する。道教の神様や中国古代神話の神獣とかがしれっと登場するので、そういうのが好きな人にも刺さりそう。太上老君とか哪吒とか出て来る。妖精も人間も優しいけど、厳しい世界が見え隠れするバランスが絶妙。
今年11月に吹き替え版が公開された映画「羅小黒戦記」の4年後を描いた作品。映画を観た人はより楽しめるはずだけど、単品でも十分見られる。短いしyoutubeだから登録とかも要らないし、映画とか選ぶのも面倒だな…という人に是非。
④音楽
家でゆったりと音楽を聴きたい(ついでに少しクリスマスっぽい気分もほしい)という人にお勧めなのは、最近アップロードされたこちら。辻井さんのピアノ大好きだから歓喜した。
辻井伸行 / 「クリスマス・イブ」 作詞・作曲 山下達郎 CHRISTMAS EVE
また、クリスマス曲をピアノでたくさん聴きたいという方は、このアルバムとてもお勧め。明るい楽しい曲調としっとりとした曲調両方楽しめるのでお得。
☟アルバムのイメージは、こんな感じ。
⑤小説
やっぱり、わたしは本が好きなので、クリスマスを題材にしたおすすめの小説を2冊。
両方短編集なので、そんなに時間がなくてもさっと読めるのがよい。
「クリスマスプディングの冒険」は、王族の所有する指輪が盗難された事件を受け、指輪の行方を捜してほしいと依頼されたポアロがある邸宅のクリスマス・パーティに潜入して犯人を追跡する短編。イギリスの伝統的なクリスマスプディングに隠された真相とは?
「人みな眠りて」は、偏屈で大のクリスマス嫌いで知られた新聞記者が、クリスマスイルミネーションコンテストの行われた夜にひとつの奇跡を見るお話。目に痛いほど煌びやかなイルミネーションも、耳にたこができると言い毛嫌いしたクリスマスソング、クリスマスなど早く過ぎてしまえと毒舌を吐く記者が目にした光景とは。この短編集、ゲイルズバーグの春を愛す、みたいな暖かく懐の深い味わいがある。
眠る前に一編だけ、という感じでクリスマスの短編を読めば、パーティもディナーもなくてもクリスマス気分は十分堪能できるのでは?
以上、何もしない脱力クリスマスの準備でした。
寒がりでめんどくさがりなので、毎年パーティーもディナーにも出掛けないのは一緒で、今年特に損した気分にはなっていないのだけども。
羅小黒戦記_『居場所』の問い直し
中国アニメの映画、羅小黒戦記の2回目を観てきた記念に。
あらすじ
山林の開発によって故郷の森を突然奪われた黒猫の妖精、小黒(シャオヘイ)。新しい居場所を探して山野や人里を彷徨い、人間に襲われていたところを妖精の風息(フーシー)に助けられ、彼の隠れ家へと招待される。風息の仲間、虚淮(シューファイ)、洛竹(ロジュ)、天虎(テンフー)とともに歓迎会の楽しい一夜を過ごした小黒だが、翌朝執行人を名乗る謎の男、無限が隠れ家に乗り込んできて、小黒は出会ったばかりの風息たちと離れ離れになってしまう。
風息たちの元へ帰ろうとする小黒だったが、無限に捕まりようやく得た居場所をあっけなく失ってしまう。無限と過ごす長い旅路で、人間に好意的だったり、人間に混じって生活をする妖精の姿を目の当たりにし、人間への敵意でいっぱいだった気持ちが少しずつ変化していく小黒。それでも居場所をくれた風息たちへの想いはなくならず、敵と思っていた無限への気持ちも変わっていく。
一方、風息たちは小黒の奪還のため、ある計画を実行に移すために不穏な動きを見せ始めて・・・。
※※以下、ネタバレなのでご注意ください※※
風息との出会い
開発によって居場所を強引に奪われた妖精、小黒がけなげにも自分の新しい居場所を探す旅に出て、ようやく出会えた同族(仲間)に受け入れられた矢先にまたその場所を失ってしまう。開始早々のハイペースな展開に、1回目は細かく観る余裕がなかったけれど、なかなか厳しい展開だと思う。
故郷の森で精霊たちと戯れ、健やかに過ごしていた小黒が、森の中を荒らす重機によって追い出され、行く当てもなく山野、人里、街中へと彷徨っていく冒頭のシーン。白くて透けるような懐かしい精霊とビニール袋を見間違え、駆け寄ってから落胆するカットも哀しい(1回目は気が付かなかった)。それでも人に危害を加えるでもなく、人を避け「いつか居場所が見つかる」と前向きに歩き続ける小黒。もうなんか、現代人としてこれだけで良心の呵責が…。
山を下りて街中までたどり着いた小黒は、突如路地裏で人間に追われ、襲われたところを同族の妖精、風息に助けられる。風息は小黒を「人間に忘れ去られた土地」と呼ぶ隠れ家の島へ招待し、「ここが君の家だ」と居場所を与えた。最後まで観終えてから思い返すと、風息が小黒と出会ったのは偶然ではなく仕組まれたもの(中盤ででてくる妖精、阿赫による洗脳で人間に小黒を襲わせていた?)である可能性はある。風息たちの「故郷から人間を追い出し、妖精が自由に暮らせる楽園をつくる」という目的のため、役に立つ能力を持つ妖精を探して仲間にしようとしていたのかもしれない。カッコ良く助けて好感度を上げるだけでなく、人間に襲われたという体験で人間への憎悪を募らせようという思惑も入っている気がしてちょっと怖い。とはいえ、最初の風息との出会いから歓迎会への流れは終始美しく暖かい静止画のようで、シーンとしてはかなり好き。仕組まれた(かもしれない)出会いのなかでの、虚構・夢のひとときだからこそ美しいのかもしれない。
無限との出会い
対して館側(人間との共存を前提とする妖精側)の動きも結構気になるところが多い。
無限が小黒と出会ったのは、純粋に無限が「風息を追っていた」ため。明らかに館の指示だろうけど、まだ事を起こす前の風息を捕まえにきた理由を作中で明確にしていなかったので妄想で補ってみる。
風息が人間に深い憎しみを抱いていることは、作中で周知の事実として語られている(館の妖精、鳩老のことばなど)。元々要注意人物(妖精?)として注視されていた風息が急に動きをひそめ、姿を見せなくなったことを不審に思い、館側の妖精がまず身柄を抑えて真意を問おうとしていたのではないか。無限に「風息の居場所がわかった」と通信が入ったり、風息自身が島を「隠れ家」と評していることから考えると、以前の風息は頻繁に姿を現しており、ときどき鳩老のいうような「とんでもないこと」をしでかしていたのだろう。ただ、姿を見せなくなっただけでいきなり最強の執行人を派遣して無理やり身柄を抑えるつもりだったのなら、それほど風息が危険だと館から見做されていたのか(そう思われるほどの過去の実績があったのか)、館のやり方が強権的なのか、どちらかはわからない。
前置きが長くなったが、兎も角無限が風息の元へ派遣され、風息は辛くも逃れたが小黒は無限に連れ去られてしまった。小黒が計画の要である以上、風息はもう小黒を取り戻し、計画を急ぐほかの選択肢はなくなってしまった。そんなことは露知らず、無限は居場所を失った子猫の妖精、小黒を安全な場所である館に連れていくため、小黒を無理やり連れて旅に出る。風息のように優しい言葉や歓迎会で懐柔することはなく、抵抗したら縛って連行するという何とも不器用な無限のやり方に小黒は猛反発するが、共に行動するうちに無限を「悪い人ではない」と評するようになり、距離が縮まっていく。任務中なのにわざわざ小黒に広い世界を見せるため
色々見せたくて
とか言って道草を食って。
あの子が心配なだけだ。
なんて言う。絶対に小黒の前では言わないのに、人前ではぽろっと漏らすところ、無限師匠、ほんと、そういうとこ…。無限と小黒の二人旅編、ここだけでも1本映画にしてほしいくらいだった。
風息たちの強襲
無限との距離が縮まったところで、ようやく風息たちが小黒に追いつき、奪還編がはじまる。風息たちの顔を見て、洛竹に「俺たちに会いたかっただろ?」と言われて笑顔を見せる小黒は心から喜んでいるようにも見えるが、直前に無限が「必ず助けに行く!」と言った際に振り帰って無限を見ていたことに2回目の視聴で気が付いた。しんどい。独りで彷徨った末にはじめて居場所をくれた風息と、力を操る術を教え、色々な世界を見せて小黒を導いてくれた無限。人間を憎む気持ちと、優しく接してくれた人間や人間と共に生きる妖精への淡い好意が混ざり合う。風息たちとの念願の再開なのに、小黒は心から喜べないでいた。
だから僕に優しくしてくれたの?
この一言が重い。風息へ大ダメージではこれ・・・?。
風息が小黒を仲間に引き入れたのは、きっと計画遂行のためで。でも風息は『強奪』という便利な力があるのにいきなり使わず、時間と労力をかけて小黒を仲間にするという遠回りな方法を選んでいた。それは、力だけ借りられればよいというのではなく、本当に小黒に『仲間』になってほしかったのからだと思う。
生まれ故郷を愛していた風息は、人間にその土地を奪われ、人間から隠れて生きていかなければいけなくなった現実を受け止められず、人間を憎んでいた。同じように開発で故郷を喪った小黒にシンパシーを感じていてもおかしくない。きっと小黒も同じ気持ちだと信じ、小黒が望んで力を貸すようになることを目指していた。これは風息の計画を考えるとかなり無防備だ。領界では「領界の主が絶対的な支配者」である。風息が領界を奪って力を発動するならいいが、他人である小黒がもし風息に歯向かったら、なすすべは何もない。効率や確実性を考えるなら、小黒を仲間にするより能力だけ奪った方がよほど建設的なのに、ギリギリまでそうしなかった。「他に方法はない」「今やらなければ、取り返しのつかないことになる」と厳しい表情で言い切っている割になんというか甘い。
・・・それは、風息が本当は「誰も傷つけたくなかった」からなのではないか。小黒を連れ去られ、ギリギリ追い詰められるまで強奪という能力を使わなかったのは「隠していた」のではなく「使いたくなかった」のでは。
館の妖精や執行人は、考え方が人間的というか合理的で「風息は計画の遂行のために能力を秘匿していたのだろう」と考えていたが、そうではない気がする。彼は人間に味方する館の妖精にだって、ギリギリまで手を出さなかった。考え方は違えど、同族である妖精だから手を出したくなかったとも思える。人間たちが妖精を崇めて一緒に暮らしていたころのことを「あの頃は本当によかった」と言ったりするところ、本当は心から人間や人間と交流する妖精を憎めていないようにも見える。終盤の苦し気な表情は、彼にとって「らしくない」行動をとっていたからではないか。それでも、このままでは妖精は滅ぼされてしまうと危惧したから、『正しくない』と思う行動にも打って出たのだろう。無理やり妖精から力を奪い、人間を殺しかねない列車の爆破をした。ずっと険しい顔のままで…。
小黒の選択
副題の「ぼくの選ぶ未来」が観る前から気になっていたけれど、そういうことだったのか…と仕掛けられた多重の伏線に眩暈がする。単純に、「妖精だけの楽園をつくろうとした風息の手をとらず、人間と共存する無限の手をとった」「人間と妖精の危機を救った」という話では収まらない。
小黒は序盤から奪われ続けた。人間によって故郷を、無限(人間と共生する妖精側)によって新たに得た仲間を。そして再会した風息から命まで奪われかけた。人間にも、妖精にも、誰からも奪われ続けたのに、すべてを憎むのではなく奪われる度に新しい居場所を求め、失ったものを探し、前へ前へと歩き続けた。だから小黒は失う度に新しいものを見つけ、仲間と出会い、憎むことを止められた。小黒が風息と再会したとき、その手を取らなかったのは、新しい出会いを否定し、閉じた世界をつくろうとする風息に違和感を覚えたからではないか。風息の人間を追い出すという計画は、自分の故郷を奪った人間の仕業と実は変わらないのではないか。自分こそが一番、一方的な排除に遭い続けてきたのに、やり返す選択肢を入れない小黒の清廉さがまぶしい。小黒は「一緒に新しい居場所を探そう」と風息に訴えかけるが、甲斐なく能力を奪われてしまう。
生き返った小黒が無限の手を取り風息に立ち向かうシーン、圧巻のアクションだけど観てて辛かった…。風息の言う通り「小黒が風息の味方になっていた未来」もあったかもしれない。けれど、本当にそうだろうか。
小黒は他人から奪われても、奪い返そう、やり返そうとは一度も考えなかった。立ち向かうのは自らか仲間が危険に遭ったときだけで、人間なんか嫌いだと言っても威嚇くらいしかしなかった。人間の住む土地を奪い返して、妖精(仲間)だけの楽園をつくるといっても、誰かを傷つける方法には賛同しなかったのではと思う。
小黒は過去を懐かしがって「故郷に帰りたい」とか「風息に会いたい」とこぼすけれど、常に前(=未来)を見て行動している。故郷に帰りたいけど帰れないから新しい場所を探し、風息に会うためにチャンスを伺い続ける。対して風息は変わっていく世界を受け入れられず、妖精の楽園(=過去)に執着する。無限は捉えどころがなく、人間側にも妖精側にも完全に属せない、中立(=現在)を表しているのかもしれない。風息が敗北したのは、今を生きる館の妖精たちと、未来を見つめる小黒を排斥し、過去に帰ろうとしたから。どんなに望んでも時は戻らない。厳しい世界…。
風息が良かったと回想する人間との共存は、人間が『弱く、庇護すべき存在だった』頃のことで、科学技術を持ち妖精を追い出すに至った人間との共存は、彼には堪え難かった。力関係の逆転と、庇護していた筈の人間に裏切られたショックは、風息にとって凄く大きかったと想像できる。妖精を守るため、仲間のためと苦渋の表情で語る風息も聖人君子ではなく、エゴや傲慢を持っているのだと思うとむしろ好感度が上がった。風息って妖精だけどとても人間味を感じる。
『コソコソ生きる』など、過去の豊かな時代を知っていた風息には受け入れられなかったが、小黒は違った。どこか別の場所で、争わないで暮らせる土地で風息と一緒に居られれば、それでいいと。
争いではなく、3人が対話できた未来はなかったのだろうか。小黒は、風息を倒したかった訳ではなく、彼ともう一度ちゃんと話がしたかったのではないだろうか。彼と一緒に生きる未来を夢見て。
風息の意思
小黒と無限に敗北した風息にとって、
館でゆっくり考えるといい
という無限の言葉はきつい。
暴走する風息を止める無限の行動には理があるけれど、風息との対話は全然できていない。見事にすれ違っている。無限は優しいけれど圧倒的に言葉足らずだから、交渉役としては風息との相性はとても悪い。
風息と対話できるとしたら小黒か鳩老、序盤に力を奪われた「師匠」(風息に先生、と呼ばれていた妖精)くらいなのでは。風息は対話する意思を閉ざしていたというが、館に大々的に手を出していなかったのなら、本当は歩み寄りの余地があったかもしれない。館(=人間側)の強権的な動きや、一方的に居場所を奪われた妖精の弱い立場を考えると、風息だけが悪いようには見えない。わたしが風息好きすぎるだけかもしれないけど。
考えたさ。
もうここから離れたくない。
風息‥‥‥。
険しい顔から一転、穏やかに見える表情で最期のときを迎える風息。大樹となり故郷へ還った彼は、ようやく安寧を手に入れられたのか。
森は妖精を生み、妖精によって森は栄える。
風息はそんな故郷(楽園)をいつも夢に描いていた。だから最後に自ら樹となり妖精の糧となろうとしたのは、心からの彼の望みだと思う。人間や同族の妖精を傷つけた後も、彼は外道に堕ち、何もかもを傷つけようとしたのではない、「仲間の妖精のため」を想い続けたのだと思いたい。領界に取り残された人間を人質に取って館と交渉すると言った際も、人間を故意に傷つけるのではなく、きっと仲間との交換ができればよかったのだと信じている。とはいえ、彼が列車を爆破したり小黒を殺そうとしたのは事実なのだが。辛い。
ひとりで罪を背負って、ひとりで樹になり消えていく風息の選択は、とても彼らしい。独り善がりで、仲間の悲憤や小黒の想いなど度外視しているところは、「仲間のためだ」と言いながら独善的で矛盾している。仲間想いなのに、仲間に想われる自分のことは勘定に入れていない風息が哀しい。きっと、仲間が幸せになれれば自分はどうなろうとも満足だったのだろう。
無限と小黒
最後の最後、館へ到着した無限と小黒。無限は「自分はここで暮らすことはできない」と、小黒と別れて歩き出してしまう。
無限と過ごした短くて長い日々を思い出し、無限に「一緒に居たい」と告げる小黒。
小黒のした「選択」は無限と共に歩むこと。
居場所が欲しかったのに、居場所(=安住の地)を持たない無限との旅の空を望んだ小黒。長い旅路の末にようやく見つけた小黒の居場所は、心から一緒に居たいと想える相手の側だった。風息にずっと会いたいと望んだのも、風息に「一緒に新しい居場所を探そう」と言ったのも、小黒にとっての『居場所』とは、一緒に居たい人の側だからだったのだと2回目でようやく理解した。なんと何重にも意味を持たせたタイトル…。
だから、故郷を奪われても、大切な仲間と離されても小黒は腐らず、前向きだったのだ。大切な人と生きられるなら、どこだって生きていける。逞しい小黒に風息は最初から完敗していた。
そして、無限も。
自分は人間よりも妖精に近いと言いながら、妖精には疎まれているから館には住めないと言い、どこにも頼れない無限。そんな孤独の日々が、小黒に破られるのだから無限が「もちろん」と快諾したのも頷ける。
小黒にはわたししかいないんだ。
といい、領界を奪われた小黒を助けようと必死になったのは、誰も助けてくれない、寄る辺のない子猫に自身の境遇をすこし重ね合わせていたのかもしれない。
考察とかしなくても、もう本当に最高の映画だった。
個人的には『千と千尋の神隠し』以来の傑作だと思う(※個人の感想です)。
終了する前に、ぜひ多くの人に観てほしい。
※※追記※※
映画「羅小黒戦記」にハマった人へ。
映画の4年後を描いたWebアニメ(小黒と人間の女の子が主役)と、過去を描いた漫画があるので興味があれば是非是非みてほしい。
映画内ではあまり語られなかった霊域や能力のシステム、館について、人間との関係などより詳しくわかり、映画の解像度がかなり上がるので。
〇Webアニメ(youtube)
☝マンガの翻訳(文字のみ)のサイト
意外と、電子辞書とかWeb翻訳があればそれなりに理解できる(漢字なので)ので、自分で訳してみるのもアリかも。