本の虫生活

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羅小黒戦記_『居場所』の問い直し

中国アニメの映画、羅小黒戦記の2回目を観てきた記念に。

 

luoxiaohei-movie.com

 

あらすじ

山林の開発によって故郷の森を突然奪われた黒猫の妖精、小黒(シャオヘイ)。新しい居場所を探して山野や人里を彷徨い、人間に襲われていたところを妖精の風息(フーシー)に助けられ、彼の隠れ家へと招待される。風息の仲間、虚淮(シューファイ)、洛竹(ロジュ)、天虎(テンフー)とともに歓迎会の楽しい一夜を過ごした小黒だが、翌朝執行人を名乗る謎の男、無限が隠れ家に乗り込んできて、小黒は出会ったばかりの風息たちと離れ離れになってしまう。

風息たちの元へ帰ろうとする小黒だったが、無限に捕まりようやく得た居場所をあっけなく失ってしまう。無限と過ごす長い旅路で、人間に好意的だったり、人間に混じって生活をする妖精の姿を目の当たりにし、人間への敵意でいっぱいだった気持ちが少しずつ変化していく小黒。それでも居場所をくれた風息たちへの想いはなくならず、敵と思っていた無限への気持ちも変わっていく。

一方、風息たちは小黒の奪還のため、ある計画を実行に移すために不穏な動きを見せ始めて・・・。

 

 

※※以下、ネタバレなのでご注意ください※※

 

風息との出会い

開発によって居場所を強引に奪われた妖精、小黒がけなげにも自分の新しい居場所を探す旅に出て、ようやく出会えた同族(仲間)に受け入れられた矢先にまたその場所を失ってしまう。開始早々のハイペースな展開に、1回目は細かく観る余裕がなかったけれど、なかなか厳しい展開だと思う。

故郷の森で精霊たちと戯れ、健やかに過ごしていた小黒が、森の中を荒らす重機によって追い出され、行く当てもなく山野、人里、街中へと彷徨っていく冒頭のシーン。白くて透けるような懐かしい精霊とビニール袋を見間違え、駆け寄ってから落胆するカットも哀しい(1回目は気が付かなかった)。それでも人に危害を加えるでもなく、人を避け「いつか居場所が見つかる」と前向きに歩き続ける小黒。もうなんか、現代人としてこれだけで良心の呵責が…。

山を下りて街中までたどり着いた小黒は、突如路地裏で人間に追われ、襲われたところを同族の妖精、風息に助けられる。風息は小黒を「人間に忘れ去られた土地」と呼ぶ隠れ家の島へ招待し、「ここが君の家だ」と居場所を与えた。最後まで観終えてから思い返すと、風息が小黒と出会ったのは偶然ではなく仕組まれたもの(中盤ででてくる妖精、阿赫による洗脳で人間に小黒を襲わせていた?)である可能性はある。風息たちの「故郷から人間を追い出し、妖精が自由に暮らせる楽園をつくる」という目的のため、役に立つ能力を持つ妖精を探して仲間にしようとしていたのかもしれない。カッコ良く助けて好感度を上げるだけでなく、人間に襲われたという体験で人間への憎悪を募らせようという思惑も入っている気がしてちょっと怖い。とはいえ、最初の風息との出会いから歓迎会への流れは終始美しく暖かい静止画のようで、シーンとしてはかなり好き。仕組まれた(かもしれない)出会いのなかでの、虚構・夢のひとときだからこそ美しいのかもしれない。

 

 

無限との出会い

対して館側(人間との共存を前提とする妖精側)の動きも結構気になるところが多い。

無限が小黒と出会ったのは、純粋に無限が「風息を追っていた」ため。明らかに館の指示だろうけど、まだ事を起こす前の風息を捕まえにきた理由を作中で明確にしていなかったので妄想で補ってみる。

風息が人間に深い憎しみを抱いていることは、作中で周知の事実として語られている(館の妖精、鳩老のことばなど)。元々要注意人物(妖精?)として注視されていた風息が急に動きをひそめ、姿を見せなくなったことを不審に思い、館側の妖精がまず身柄を抑えて真意を問おうとしていたのではないか。無限に「風息の居場所がわかった」と通信が入ったり、風息自身が島を「隠れ家」と評していることから考えると、以前の風息は頻繁に姿を現しており、ときどき鳩老のいうような「とんでもないこと」をしでかしていたのだろう。ただ、姿を見せなくなっただけでいきなり最強の執行人を派遣して無理やり身柄を抑えるつもりだったのなら、それほど風息が危険だと館から見做されていたのか(そう思われるほどの過去の実績があったのか)、館のやり方が強権的なのか、どちらかはわからない。

前置きが長くなったが、兎も角無限が風息の元へ派遣され、風息は辛くも逃れたが小黒は無限に連れ去られてしまった。小黒が計画の要である以上、風息はもう小黒を取り戻し、計画を急ぐほかの選択肢はなくなってしまった。そんなことは露知らず、無限は居場所を失った子猫の妖精、小黒を安全な場所である館に連れていくため、小黒を無理やり連れて旅に出る。風息のように優しい言葉や歓迎会で懐柔することはなく、抵抗したら縛って連行するという何とも不器用な無限のやり方に小黒は猛反発するが、共に行動するうちに無限を「悪い人ではない」と評するようになり、距離が縮まっていく。任務中なのにわざわざ小黒に広い世界を見せるため

色々見せたくて

とか言って道草を食って。

あの子が心配なだけだ。

なんて言う。絶対に小黒の前では言わないのに、人前ではぽろっと漏らすところ、無限師匠、ほんと、そういうとこ…。無限と小黒の二人旅編、ここだけでも1本映画にしてほしいくらいだった。

 

 

風息たちの強襲

無限との距離が縮まったところで、ようやく風息たちが小黒に追いつき、奪還編がはじまる。風息たちの顔を見て、洛竹に「俺たちに会いたかっただろ?」と言われて笑顔を見せる小黒は心から喜んでいるようにも見えるが、直前に無限が「必ず助けに行く!」と言った際に振り帰って無限を見ていたことに2回目の視聴で気が付いた。しんどい。独りで彷徨った末にはじめて居場所をくれた風息と、力を操る術を教え、色々な世界を見せて小黒を導いてくれた無限。人間を憎む気持ちと、優しく接してくれた人間や人間と共に生きる妖精への淡い好意が混ざり合う。風息たちとの念願の再開なのに、小黒は心から喜べないでいた。

だから僕に優しくしてくれたの?

この一言が重い。風息へ大ダメージではこれ・・・?。

風息が小黒を仲間に引き入れたのは、きっと計画遂行のためで。でも風息は『強奪』という便利な力があるのにいきなり使わず、時間と労力をかけて小黒を仲間にするという遠回りな方法を選んでいた。それは、力だけ借りられればよいというのではなく、本当に小黒に『仲間』になってほしかったのからだと思う。

生まれ故郷を愛していた風息は、人間にその土地を奪われ、人間から隠れて生きていかなければいけなくなった現実を受け止められず、人間を憎んでいた。同じように開発で故郷を喪った小黒にシンパシーを感じていてもおかしくない。きっと小黒も同じ気持ちだと信じ、小黒が望んで力を貸すようになることを目指していた。これは風息の計画を考えるとかなり無防備だ。領界では「領界の主が絶対的な支配者」である。風息が領界を奪って力を発動するならいいが、他人である小黒がもし風息に歯向かったら、なすすべは何もない。効率や確実性を考えるなら、小黒を仲間にするより能力だけ奪った方がよほど建設的なのに、ギリギリまでそうしなかった。「他に方法はない」「今やらなければ、取り返しのつかないことになる」と厳しい表情で言い切っている割になんというか甘い。

・・・それは、風息が本当は「誰も傷つけたくなかった」からなのではないか。小黒を連れ去られ、ギリギリ追い詰められるまで強奪という能力を使わなかったのは「隠していた」のではなく「使いたくなかった」のでは。

館の妖精や執行人は、考え方が人間的というか合理的で「風息は計画の遂行のために能力を秘匿していたのだろう」と考えていたが、そうではない気がする。彼は人間に味方する館の妖精にだって、ギリギリまで手を出さなかった。考え方は違えど、同族である妖精だから手を出したくなかったとも思える。人間たちが妖精を崇めて一緒に暮らしていたころのことを「あの頃は本当によかった」と言ったりするところ、本当は心から人間や人間と交流する妖精を憎めていないようにも見える。終盤の苦し気な表情は、彼にとって「らしくない」行動をとっていたからではないか。それでも、このままでは妖精は滅ぼされてしまうと危惧したから、『正しくない』と思う行動にも打って出たのだろう。無理やり妖精から力を奪い、人間を殺しかねない列車の爆破をした。ずっと険しい顔のままで…。

 

 

 

 小黒の選択

副題の「ぼくの選ぶ未来」が観る前から気になっていたけれど、そういうことだったのか…と仕掛けられた多重の伏線に眩暈がする。単純に、「妖精だけの楽園をつくろうとした風息の手をとらず、人間と共存する無限の手をとった」「人間と妖精の危機を救った」という話では収まらない。

小黒は序盤から奪われ続けた。人間によって故郷を、無限(人間と共生する妖精側)によって新たに得た仲間を。そして再会した風息から命まで奪われかけた。人間にも、妖精にも、誰からも奪われ続けたのに、すべてを憎むのではなく奪われる度に新しい居場所を求め、失ったものを探し、前へ前へと歩き続けた。だから小黒は失う度に新しいものを見つけ、仲間と出会い、憎むことを止められた。小黒が風息と再会したとき、その手を取らなかったのは、新しい出会いを否定し、閉じた世界をつくろうとする風息に違和感を覚えたからではないか。風息の人間を追い出すという計画は、自分の故郷を奪った人間の仕業と実は変わらないのではないか。自分こそが一番、一方的な排除に遭い続けてきたのに、やり返す選択肢を入れない小黒の清廉さがまぶしい。小黒は「一緒に新しい居場所を探そう」と風息に訴えかけるが、甲斐なく能力を奪われてしまう。

生き返った小黒が無限の手を取り風息に立ち向かうシーン、圧巻のアクションだけど観てて辛かった…。風息の言う通り「小黒が風息の味方になっていた未来」もあったかもしれない。けれど、本当にそうだろうか。

小黒は他人から奪われても、奪い返そう、やり返そうとは一度も考えなかった。立ち向かうのは自らか仲間が危険に遭ったときだけで、人間なんか嫌いだと言っても威嚇くらいしかしなかった。人間の住む土地を奪い返して、妖精(仲間)だけの楽園をつくるといっても、誰かを傷つける方法には賛同しなかったのではと思う。

小黒は過去を懐かしがって「故郷に帰りたい」とか「風息に会いたい」とこぼすけれど、常に前(=未来)を見て行動している。故郷に帰りたいけど帰れないから新しい場所を探し、風息に会うためにチャンスを伺い続ける。対して風息は変わっていく世界を受け入れられず、妖精の楽園(=過去)に執着する。無限は捉えどころがなく、人間側にも妖精側にも完全に属せない、中立(=現在)を表しているのかもしれない。風息が敗北したのは、今を生きる館の妖精たちと、未来を見つめる小黒を排斥し、過去に帰ろうとしたから。どんなに望んでも時は戻らない。厳しい世界…。

風息が良かったと回想する人間との共存は、人間が『弱く、庇護すべき存在だった』頃のことで、科学技術を持ち妖精を追い出すに至った人間との共存は、彼には堪え難かった。力関係の逆転と、庇護していた筈の人間に裏切られたショックは、風息にとって凄く大きかったと想像できる。妖精を守るため、仲間のためと苦渋の表情で語る風息も聖人君子ではなく、エゴや傲慢を持っているのだと思うとむしろ好感度が上がった。風息って妖精だけどとても人間味を感じる。

『コソコソ生きる』など、過去の豊かな時代を知っていた風息には受け入れられなかったが、小黒は違った。どこか別の場所で、争わないで暮らせる土地で風息と一緒に居られれば、それでいいと。

争いではなく、3人が対話できた未来はなかったのだろうか。小黒は、風息を倒したかった訳ではなく、彼ともう一度ちゃんと話がしたかったのではないだろうか。彼と一緒に生きる未来を夢見て。

 

 

風息の意思

小黒と無限に敗北した風息にとって、

館でゆっくり考えるといい 

 という無限の言葉はきつい。

暴走する風息を止める無限の行動には理があるけれど、風息との対話は全然できていない。見事にすれ違っている。無限は優しいけれど圧倒的に言葉足らずだから、交渉役としては風息との相性はとても悪い。

風息と対話できるとしたら小黒か鳩老、序盤に力を奪われた「師匠」(風息に先生、と呼ばれていた妖精)くらいなのでは。風息は対話する意思を閉ざしていたというが、館に大々的に手を出していなかったのなら、本当は歩み寄りの余地があったかもしれない。館(=人間側)の強権的な動きや、一方的に居場所を奪われた妖精の弱い立場を考えると、風息だけが悪いようには見えない。わたしが風息好きすぎるだけかもしれないけど。

考えたさ。

もうここから離れたくない。 

風息‥‥‥。

険しい顔から一転、穏やかに見える表情で最期のときを迎える風息。大樹となり故郷へ還った彼は、ようやく安寧を手に入れられたのか。

 

森は妖精を生み、妖精によって森は栄える。

 

風息はそんな故郷(楽園)をいつも夢に描いていた。だから最後に自ら樹となり妖精の糧となろうとしたのは、心からの彼の望みだと思う。人間や同族の妖精を傷つけた後も、彼は外道に堕ち、何もかもを傷つけようとしたのではない、「仲間の妖精のため」を想い続けたのだと思いたい。領界に取り残された人間を人質に取って館と交渉すると言った際も、人間を故意に傷つけるのではなく、きっと仲間との交換ができればよかったのだと信じている。とはいえ、彼が列車を爆破したり小黒を殺そうとしたのは事実なのだが。辛い。

ひとりで罪を背負って、ひとりで樹になり消えていく風息の選択は、とても彼らしい。独り善がりで、仲間の悲憤や小黒の想いなど度外視しているところは、「仲間のためだ」と言いながら独善的で矛盾している。仲間想いなのに、仲間に想われる自分のことは勘定に入れていない風息が哀しい。きっと、仲間が幸せになれれば自分はどうなろうとも満足だったのだろう。

 

 

無限と小黒

最後の最後、館へ到着した無限と小黒。無限は「自分はここで暮らすことはできない」と、小黒と別れて歩き出してしまう。

無限と過ごした短くて長い日々を思い出し、無限に「一緒に居たい」と告げる小黒。

小黒のした「選択」は無限と共に歩むこと。

居場所が欲しかったのに、居場所(=安住の地)を持たない無限との旅の空を望んだ小黒。長い旅路の末にようやく見つけた小黒の居場所は、心から一緒に居たいと想える相手の側だった。風息にずっと会いたいと望んだのも、風息に「一緒に新しい居場所を探そう」と言ったのも、小黒にとっての『居場所』とは、一緒に居たい人の側だからだったのだと2回目でようやく理解した。なんと何重にも意味を持たせたタイトル…。

だから、故郷を奪われても、大切な仲間と離されても小黒は腐らず、前向きだったのだ。大切な人と生きられるなら、どこだって生きていける。逞しい小黒に風息は最初から完敗していた。

そして、無限も。

自分は人間よりも妖精に近いと言いながら、妖精には疎まれているから館には住めないと言い、どこにも頼れない無限。そんな孤独の日々が、小黒に破られるのだから無限が「もちろん」と快諾したのも頷ける。

小黒にはわたししかいないんだ。 

 といい、領界を奪われた小黒を助けようと必死になったのは、誰も助けてくれない、寄る辺のない子猫に自身の境遇をすこし重ね合わせていたのかもしれない。

 

 

 

考察とかしなくても、もう本当に最高の映画だった。

個人的には『千と千尋の神隠し』以来の傑作だと思う(※個人の感想です)。

終了する前に、ぜひ多くの人に観てほしい。

 

※※追記※※

映画「羅小黒戦記」にハマった人へ。

映画の4年後を描いたWebアニメ(小黒と人間の女の子が主役)と、過去を描いた漫画があるので興味があれば是非是非みてほしい。

映画内ではあまり語られなかった霊域や能力のシステム、館について、人間との関係などより詳しくわかり、映画の解像度がかなり上がるので。

 

〇Webアニメ(youtube


羅小黑戰記 EP01 日本語字幕付き

 

Webマンガ

manga.bilibili.com

☝マンガの翻訳(文字のみ)のサイト

sites.google.com

 

意外と、電子辞書とかWeb翻訳があればそれなりに理解できる(漢字なので)ので、自分で訳してみるのもアリかも。