本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【五十音順・おすすめ小説紹介】59冊目 恒川光太郎

おすすめ本紹介、59回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は恒川光太郎氏。

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

 懐かしいような趣の和製ホラー、恒川光太郎氏の出世作です。

どこかノスタルジーを感じる古き良き日本の怪談の世界のような、でも少し現代的な不思議な味のある作品です。

<あらすじ>

小学生のころ、妖たちが様々な品物を売る〔夜市〕に迷い込んだ裕司は、元の世界に戻るために弟を人攫いに売ってしまいます。必ず買い戻しに来ると誓う裕司でしたが、元の世界に戻ると文字通り弟の存在が『消されて』いることを知り、引き換えに自分が野球の才能を得たことに気が付きます。華々しく才能を開花させた裕司は、弟のことを後悔しつづけ、ずっと夜市の開かれる機会を伺っていました。裕司は念願の機会を前に、アルバイトで知り合った大学生のいずみの協力を得て、再び夜市へと足を踏み入れることになり…。

 

ホラーというより御伽噺とか、昔話のような日常のどこかに埋もれている‟ふしぎな扉”の話に近いです。読み終えた後、懐かしい過去の記憶やずっと会っていない人のことを思い出しました。郷愁を誘われるというか、すこし切ないような気分を感じるのは恒川氏の文章のやさしさによるものだと思います。

一度入ったら、何かを買わないと出て来ることは叶わない夜市。生涯で3回しか入ることができず、必ず対価を要求する市場。厳格なきまりに支配された空間は、猥雑な日常とは違う‟異世界”であることを強く意識させます。裕司と弟、人攫い、…。それぞれの選択と思惑が絡み合い、予想外の展開へと進んでいきます。淡々とした文体ですが、しっかりとした構成のため飽きずにあっという間に読み切りました。

 

小さい頃探検した山や森、通学路を外れて寄り道した住宅街、一人で迷子になったときの心もとなさ。そういう記憶に結び付く、在りし日の小さな冒険の怖さを思い出しました。子どもの頃の気持ちを思い出すきっかけになる、淡く切ない文章です。