【五十音順・おすすめ小説紹介】61冊目 中島敦
おすすめ本紹介、61回目。
コロナ禍の外出自粛で、思っていたよりも読書が捗っていなかったですが、緊急事態宣言下で、普段あまり手に取らない本を読んでみようと思い、中島敦に挑戦しました。
タイトルだけは知っていた南洋通信です。
南洋庁の国語編集書記として、パラオ諸島に赴任した際の妻子に宛てた手紙を収録した『南洋通信』と他小編をまとめた一冊です。
中島敦は、今まで教科書に載っていた『山月記』しか読んだことはなかったですが、クイズ番組等で偶に南洋に官吏として赴任していた話が出るので、なんとなくこの本の存在は知っていました。
実際読んでみると、山月記の雰囲気とは全く違い、妻子に宛てた作家としてではない中島敦の姿を思い浮かべて新鮮な感じがしました。喘息の病に苦しみながら、ときに南洋の美しい景色を褒め、暑い気候に辟易し、子煩悩な父の姿も見せる。妻に宛てた日常の愚痴や子どもたちへの心配と、ときどき覗く不穏な社会情勢への警告。作家としての懊悩をチラリと見せつつも、あたたかな家族への眼差しが同居する。なんとも不思議な気持ちになる書簡集でした。
ただ、すこし可笑しかったのが、食べ物の話題の多さです。
バナナやパパイヤ、マンゴー、パイナップル等の果物は豊富で、パラオなんて南国のリゾートというイメージですが、実際のところ、中島敦が体験した南洋諸島は、食べ物に乏しくかなり難儀したようです。バナナ十二本がご飯代わりと言ったり、サツマイモばかり食べているとか、びっくりするような食生活を何度も書いています。
確かに考えてみれば、主な輸送手段は船で、島自体で採れる作物は果物やイモの類くらい。海が荒れて船が止まることもよくある、という状況で、美味しい料理を毎日食べる、という訳にはいかないでしょう。妻に宛てた手紙では、しょっちゅう食べ物の不味さに愚痴をこぼし、なにかにつけてビスケットを送ってくれるように頼んだり、届いたビスケットを重宝したと書かれています。ビスケットについて書いたくだりはざっと読んだだけで4か所もあり(よく読めばもっとあるかもしれませんが)、おかげで読みながらすごくビスケットが食べたくなりました。リッツとか塩気のあるものではなくて、分厚くてシンプルなビスケットが。まだ食べられてないですけど。
山月記など、中島敦の小説をこの後少し読んでみましたが、その、なんというか格調高い文章と、人間臭さに溢れた『南洋通信』のギャップにはすこしふふっと可笑しくなります。こんな文章を書く人も、食べ物に一喜一憂し、妻には弱音を吐き、ときにカッコを付けて、子どもの前では立派な父を演じる、そんなひとりの人間なのだと当たり前のことを感じます。
でも、流石に作家らしいというか、ただの家族に宛てた手紙なのに、ずっと読んでいたくなるような魅力があります。何気ない風景や日々の体験を綴っているだけでも、お年玉の話をするだけでも、なんとも言えない愛嬌を文章から感じます。
旅になかなか行くことが難しいいまの世の中。
南洋通信を片手に、美しいパラオ、南洋の島々を、ちょっと変わった視点から家で楽しむのはどうでしょうか。
※美しい情景はメインでないのでご注意を。