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【ゴールデンカムイ人物考察】不死身の杉元

ゴールデンカムイに心奪われ、数日考え続けていたので手慰みに主要人物の考察をしてみます(※注 個人の感想です)。既刊13巻までの情報でお送りします。

 

杉元佐一の人物像

 「不死身の杉元」という異名を持つ主人公。日露戦争に従軍し鬼神のごとき戦いぶりを見せ、その勇名を馳せたが「気に入らない上官を半殺し」にした所為で恩賞も受け取れずに満期除隊した経歴を持つ。異名の通りに対人戦闘(対羆戦闘もある)では圧倒的な強さを見せ、特に「俺は不死身の杉元だ」と叫ぶときその強さが際立つ。しかし普段は温厚であり、人の言うことをすぐに信じたり他人にやさしい言動を取ることが多い。戦闘時とのギャップがものすごい。亡き親友の妻で、かつて想いを寄せた女性の病気を治すため金塊争奪戦に身を投じている。

 

以下から考察 ↓

①「惚れた女」に感じる違和感

②戦い方の違いから見えるもの

③「不死身の杉元」誕生

という3つのトピックから、杉元佐一という人間について考えてみます。

 

 ①「惚れた女」に感じる違和感

杉元の金塊争奪戦参戦への動機は「梅子の目の病気を治すため」と作中で何度も示唆されている。しかし、杉元の口から語られる回数は少ない。

 5話「カネじゃねえ。惚れた女のためだ」

 108話「戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れてって目の治療を受けさせてやりたいんだ」

 ……これだけ?

全巻確認してみても、杉元が直接語っているのはこの2回。しかも、かなり温度差がある。

また、金塊への並々ならぬ執着は感じられるが、梅子については寡黙でほとんど心情を明かしていない。特に白石や尾形から「いい人」や「惚れた女」について聞かれたときに何も言及していないのが気になる。

この描写は、「梅子への想いは過去のものである」と示唆している。

 6話の回想の中で、村を去るときに「必ず梅子を迎えに行く」というモノローグがあることから、杉元がかつて梅子が好きだったことは確かだろう。

しかし、5話の「惚れた女」という言葉はミスリードと考えたほうが辻褄が合う。35話で寅次の言った「惚れた梅子を幸せにする」と似ている上、「急がなきゃ」は1話の杉元の夢で寅次が語った言葉である。つまり、杉元は寅次の言葉を反復しているだけで、自分の言葉で梅子について語っていない。また、戦争中の寅次と杉元の会話シーンでは、二人が梅子を巡ってわだかまりを抱えている様子は既にない。杉元はこの時点で梅子への想いに決着がついていると読み取れる。梅子一人分の渡航費用しか考えていないのは、自分が梅子と共に居る未来を想像していないからともとれる。

 「惚れた女のためだ」というセリフは、杉元が「寅次に成り代わって生きている」ことを示していたのではないか。

故郷で迫害され、家族を失い想い人と別れ、一人になった杉元を繋ぎとめたのが寅次だ。村を出てからずっと孤独だった杉元に寅次が手を差し伸べたと解釈すると、寅次の死は杉元にとって3度目の喪失であり、深い絶望をもたらしただろう(1度目は家族の死、二度目は失恋)。
極めつけは戦争後に梅子の元へ寅次の遺骨を持ち帰ったとき。目がほとんど見えなくなった梅子は、血の匂いに戸惑い杉元を認識できなかった。戦場で傷ついた杉元の心は梅子の言葉で完全に壊れ、寄る辺のない亡霊のようになってしまった。寅次の想いを引き継ぐことだけに生きる意味を見出しているのが1話の状況と推察できる。梅子の泣き顔の回想や、1話で寅次の死を夢に見た描写は杉元の抱える罪悪感の強さを示唆している

つまり本編開始時の杉元は、自分の心を失い、贖罪のためだけに生きている状態だったと考えられる。寅次のセリフが口をついて出たのは、自分の望みや意思を失っていたからだろう。

 

 ②戦い方の違いから見えるもの

作品内での杉元の戦闘シーンの描かれ方を分析してみると、状況によって緻密に描きわけられていると思ったので以下で考察する。

杉元の戦闘シーンを振り返ると、3つのパターンが見えてくる。
(a)通常兵士型
標準的な兵士の戦い方。4話の対尾形戦や対刺青囚人戦などがこれに当たる。冷静に判断し、確実に相手を戦闘不能にする。必要があれば殺したり、刺青の皮を剥ぐなど他者を利用する冷酷さを持っているが、不死身の気迫や戦闘狂のような強さはない。
(b-1)不死身型
死の危険が目前に迫ると現れる戦い方。「俺は不死身の杉元だ‼」と叫ぶとき。対羆戦や対二階堂戦などみられる。無謀な特攻を仕掛けるが、命を危険に晒す代わりに確実に相手を倒している。「絶対に自分は死なない」ことは厳守しているため、冷静さは失われていないと考えられる。
(b-2)暴走型
アシㇼパが危険に晒されたときなど顕著に現れる戦い方。1話の回想に出てきた戦場での「鬼神のごとき戦いぶり」もこちらと考えられる。死なないための防御がゼロ。無防備に首を撃たれたり、背後がガラ空きであったりして周りが見えていない。123話で杉元が都丹庵士に言った「そのうち見境が無くなるさ」といった境地に近い。怒りのあまり我を忘れて戦っている状態。

 

一言で「不死身」と言っても、鬼神のような強さをもつ戦い方は(b-1)(b-2)の2パターンが見て取れる。(a)通常の戦闘と合わせて、3パターンが状況によってはっきり描き分けられているのは意図的なものだと思う。戦闘シーンの描写の違いは、そのまま杉元の内面(人格)の変化をあらわしていると見て間違いないだろう。③でさらに詳しく見ていく。

 

③「不死身の杉元」誕生

 最後に、「不死身の杉元」として勇名を轟かせた異常な強さの理由について。

杉元は戦場で2回壊れたからと本記事では推測する。

 杉元の人格が戦場で壊れたことを100話で本人が述べられていることから、「不死身」の人格が戦場で生まれたことは確かである。しかし、それだけでは谷垣など他の兵士と条件は同じ。他の兵士を圧倒する異常な強さは「戦争の所為」だけでは説明できない。「不死身」は以下の2段階を踏んで生まれたと考えている。

(ⅰ)兵士として壊れた ⇒(a)

(ⅱ)寅次を亡くしもう一度壊れた ⇒(b-1)(b-2)

 

(ⅰ)兵士として壊れた

②で述べた(a)の戦闘スタイルはこの時点で確立した。寅次と戦争で再会する前に杉元は一度、兵士として人格を壊されている。1話の回想では、寅次と話しているときに顔の傷はすでに塞がっている。つまり寅次と再会する前に杉元はロシア兵と交戦し、顔に刀傷を負うほど激しい白兵戦を経験していると推定できる。生き延びるために敵を殺すことを躊躇しないという元の自分とは違う「兵士の人格」を持っているが、他の兵士と大差はない状態と考えられる。

 

(ⅱ)寅次を亡くしもう一度壊れた

並みの兵士を遥かにしのぐ強さは、寅次を亡くした後に生まれたと本記事では推定している。この強さについては、3巻のアシㇼパのセリフがわかりやすい。

18話「あいつの強さは死の恐怖に支配されない心だ」

死を恐れないのには、2つの理由が考えられる。

・自分が死ぬと思っていない ⇒(b-1)の戦闘スタイル
・激しい怒りが恐怖を凌駕している ⇒(b-2)の戦闘スタイル

 前者については、杉元の以下のセリフから説明できる。

1話「なかなか死ねないもんさ」

2話「やれやれまた生き残った」

47話「死すべき時に死ねないつらさか…」

48話「英雄なもんか 俺は死に損なっただけだ」

以上の言葉からは「生き残った」ことへの後悔や落胆が感じられる。家族全員が結核にかかったとき、戦場で次々と仲間が死んでいったときなど、杉元の周囲で「死」はあふれていた。度重なる人との死別によって培われた「生き残ってしまった」という絶望が、寅次の死で決定的なものになった。

 杉元は「死ぬべき時」が過去にいくらでもあったのに、それでも生き残ったのだから今更死ぬわけないと考えているのではないか。深手を負っても怯まないのは①で述べたように、生きる希望を失っているためだろう。

後者の「激しい怒りが恐怖を凌駕している」について。

②(b-2)の暴走型戦闘は、「怒り」を原動力にしていると考えられる。そしてこれこそ、杉元の抱える「罪悪感」(トラウマ)が最も表に現れたときと言える。

戦場から帰還後、梅子へ寅次の指を持ち帰っていることから、寅次は杉元の近く(もしかしたら目の前)で亡くなったのではないかと推察できる。もしそうなら、家族の死を見続け、梅子の輿入れを目撃したとき同様「目の前で大切な人が失われる」悪夢のような状況の再現である。これによって杉元の精神が限界に来たのは想像に難くない。

強い悲しみが何度も「守れなかった」自分への怒りへ変わり、暴走する人格を生んだと考えられる。

 

 「不死身の杉元」は、生まれつきの性癖や偶然ではなく、プロセスを踏んで誕生したといえる。

兵士として生き延びるため、杉元は一度冷酷な人格へと壊れた。その後、寅次の死が引き金となり生きる希望を失い、自分への強い怒りが異常な強さを生み出したと推察できる。

 

 

追記

今回は3つのトピックから、1話で原作が始まった時点での杉元の状況を考察してみました。

自分を迫害した村の人達や想い人を奪った寅次、親友を奪った戦争(敵兵)を恨むのではなく、何もできなかった自分に憎悪を向けるのが杉元なんだと思うと、端々で見られる杉元のやさしさはあれが本性なのだなと納得できて切ない。子どもの頃、家族や友人に囲まれ、運動神経がよくて好きな子とも両想いだった杉元。恵まれて幸せだった環境が人にやさしく誠実な彼をつくったと考えると、尾形との対比が…。

本編開始後は、そんなボロボロの杉元の回復と再生が丁寧に描かれていきますが、一筋縄ではいかなさそうだと思います。アシㇼパとの関係、白石を入れた3人組の意味、谷垣の再生との対比など、読み返すと色々見つかって面白いです。確証バイアスの罠に嵌っている気もしますが。

ここまでお読み頂きありがとうございました。あくまで一個人の妄想ですので、存分に原作をお楽しみください。