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ソロモンの偽証検証_【前編】隠蔽と開示

ソロモンの偽証、新潮文庫1~6巻、読了しました。

 長いので、2回に分けて感想を書きます。

 

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

ソロモンの偽証: 第I部 事件 上巻 (新潮文庫)

 

最初に、簡単にあらすじと登場人物について簡単に紹介します。

 

あらすじ

クリスマスイブからクリスマスへ移る未明、14歳の中学生が学校の屋上から転落死した。不登校だった彼は、不幸な自殺なのか、事故だったのか、それとも…。様々な憶測が流れるなか、一旦は自殺として片付けられ鎮静化していた事件は、突如届いた告発状により一転騒動を巻き起こすことになる。

事件のはじまりは一人の中学生の転落死。城東第三中学校関係者へ匿名で出された告発状には、彼の同級生3人が屋上から突き落としたと書かれており、学校内外で不良として有名だった3人組を疑う声も大きく、マスコミも動き次第に事態は収拾がつかなくなる。そんな中、事件当時の中学2年生のクラスメイト達は、自分達で真相を掴むため、‟学級裁判”を開廷することを決意する。

 

【あらすじ補足】学級裁判

 学級裁判といっても、中学生のお遊びとは思えないほど本格的に、5日間の公判ですすめられる。柏木卓也の死因を探るため、被告人大出俊次を訴える検事と、彼を弁護する弁護人、判事、廷吏、陪審員を元2-A生徒(と一部有志)から選定し、証人喚問を軸に裁判を行う。検事も弁護人も、独自に事件の調査をすすめ、大人達を巻き込んで証人を見つけ、法廷で論戦をかわしていく。当時の2年生のクラスメイトから始まった裁判は、教師や校長、保護者、記者や警察など、学校内では収まらず、さながら本物の‟裁判”のように証拠を探し求め、真偽を争うことになる。被害者は本当に殺されたのか。自殺だったのか、事故なのか。学校が、警察が混乱を抑えるためとして隠し、終わらせてしまった事件の真相を、中学生が見つけることはできるのか。

(下記、学級裁判の相関図が載っているので、下の登場人物紹介と照らし合わせてみるとわかりやすいかも)

www.shinchosha.co.jp

 

登場人物

【城東第三中学校 元2-A組】

柏木卓也…クリスマスイブの深夜、学校の屋上から墜落死した少年。不登校で他の生徒との交流が薄い少年。

藤野涼子…学級裁判の発案者で検事を務める。気が強く曲がったことが嫌い。父が警視庁捜査一課の刑事。

野田健一…柏木卓也の遺体の第一発見者。学級裁判で弁護側助手を務める。一見気弱な少年。

三宅樹理…大出達が柏木卓也を殺した現場を見たと訴える告発状の差出人。酷いニキビをからかわれ、大出達からいじめを受けていた。

浅井松子…三宅樹理の友人。三宅と一緒に告発状を出すのを手伝った。

大出俊次…柏木卓也殺害の容疑をかけられている。学内外で悪名高い不良。

井口充/橋田祐太郎…大出俊次の腰巾着。大出とともに柏木卓也殺害の容疑をかけられている。

井上康夫…学級裁判の判事を務める優等生。理屈っぽく負けず嫌い。

山崎晋吾…寡黙な中学生空手家。学級裁判の廷吏を務める。

【私立東都大学付属中学校】

神原和彦…柏木卓也の小学校時代の友人。中学は別だが同じ塾に通い、交流が続いていた。志願して学級裁判の弁護人を務める。

【学内関係者】

森内恵美子…元2-Aの担任教諭。事件後、城東第三中学校を辞職。

津崎元校長…元城東第三中学校の校長。事件騒動の責任を取り、辞職。

【学外関係者】

 茂木悦男…テレビ局の記者。三宅の出した告発状を入手し、柏木卓也事件を報道する。

佐々木礼子…城東警察署少年課の刑事。大出達を何度も補導している。

垣内美奈絵…森内恵美子の隣人。郵便物をあさり、森内宛てに届いた告発状をテレビ局に送り付ける。

 

 

〇前編テーマ序盤_隠蔽

Ⅰ部:事件

Ⅱ部:決意

Ⅲ部:法廷

文庫全6巻にわたる大長編は、Ⅰ~Ⅲの3部構成になっている。

そして本作の最大の見せ場である‟学級裁判”は、実は第Ⅲ部(5冊目)からはじまる。

ではそれまで、4冊もかけて何を描いているかというと、「柏木卓也の死」によって炙り出された数々の事件、各家庭の問題、そして学校の、警察の、大人達が生きる社会による‟隠蔽”による混乱の様子である。

 ある少年の不幸な死を切っ掛けに、水面下で抑え込まれてきた様々な問題が噴出していく。大出達の暴力的で悪辣ないじめ、それを看過してきた学校や警察、閉じられた家庭内の暴力、責任を一人に押し付けて解決を図ろうとする事なかれ主義。事件が学校から離れていくにつれ、さらに広がる問題の嵐。浮気による離婚の強要、社会的地位を笠に着た犯罪のもみ消し、テレビ局員のパワハラ等…。学校や警察は、事件性のある現場ではなかったこと、柏木卓也の両親が自殺と考えていること、告発状に根拠がないことから、子ども達に混乱を与えないことを最善と考え告発状を隠蔽した。しかし、隠蔽した筈の一通の告発状がテレビ局に届き、報道を観た保護者や社会は、学校の隠蔽体質に激しく反発し、事件は様々な憶測にまみれ、再び脚光を浴びることになる。特に、暴行傷害にまでエスカレートしたいじめに遭った被害者の絶望や憎悪、自身の不幸に引きずられて他人を酷く妬み、犯罪へ手を染める女性の狂気、夢を語り子どもを見ようともしない親へ殺意を持つ中学生、…。生生しい‟憎悪”と、それに気が付かない鈍感な‟他人”のコントラストが冷え冷えとしていて、むしろ柏木卓也の事件をも霞ませてしまうほどだ。

真相の究明が進まぬなか、隠蔽せざるを得なかった者達の苦悩と隠されたことへの怒りを訴える者達の泥仕合が延々と続いていく前~中盤。「告発状を隠蔽する」という一つの行為は、いじめを見て見ぬ振りをしたこと、子どもを侮り向き合わなかったこと、抑え込まれ無視されてきた‟声なき声”をまた無視するという象徴にも思える。

 

〇前編テーマ中~終盤_開示

さて、ここで前編テーマのもうひとつ、開示について。

前半が隠蔽により起きた混乱を描くのに対し、中~終盤で描かれるのは、学級裁判という場による‟開示”だ。

大人達の様々な思惑、保身だけでなく子どもを案じるが故に出た隠蔽という選択は、漏れない秘密はないと言わんばかりに、あちこちに漏れて悪い結果を次々に招いてしまう。どこまでも元2-Aの生徒を、子ども達を蚊帳の外へおこうとする大人達、子どもを利用して利益を得ようとするテレビ局、ヒステリックに騒ぎ立てる保護者…。噂と憶測で振り回される学校生活にしびれを切らし、ついに元2-Aの生徒、藤野涼子は「自分達の手で真相をつかみ取ろう」と決意する。

大人達が行った‟隠蔽”とは逆に、すべてをつまびらかにして、傍聴を許す‟裁判”という好対称のやり方は皮肉が効いている。収拾のつかなくなった事態を一度リセットし、すべての人に情報を開示することで、密談や隠蔽ではなく公開討論で真相を明らかにするという大胆な試みは、果たして成功するのか(詳しくは後編で)。藤野涼子の決意に応えるように、徐々に広がる理解と支援の輪が希望を灯していく中盤。バラバラになってしまった生徒が、大人達が裁判をいう場を通して少しずつ手を取り合うようになっていく。裁判を通じて、柏木卓也の事件だけでなく、過去なにが起こっていたのか、なにが無視されていたのか、埋もれてきた数々の事実を掘り起こしていく作業は、参加する人々の心を少しずつ変えていく。対立と争いを象徴するように思える‟裁判”が、人と人の関係を修復し、絆をつくっていく中~終盤は、重たく暗鬱だった前半の展開を裏返し、喪失からの再生を思わせる。

 

 

〇感想

本当に、この小説の見どころはなにより‟学級裁判”なので、未読の人はぜひ長い4巻にめげず、5巻にたどり着いてほしい。子どもだからと自分達を遠ざけ、勝手なことを言って振り回す大人達への怒りを力に変えて、自らの手で真相を見つけようとする中学生の反逆。そして、その中に隠された子ども達の抱える煩悶、葛藤…。彼らが勇気を持って立ち向かい、真摯に事件へと向き合って成長する姿は、自分の子ども時代の鬱屈を、後悔をすこし和らげてくれる気がする。さすがに、中学生にしてはしっかりしすぎているという違和感はあるものの(フィクションなので楽しめると思えばよいかと)、もし自分が中学生のとき(或いは小学生、高校生のとき)、大人への強い違和感や反発を、こんな風に昇華できていたらと空想し、読んでいて羨ましく痛快に感じる。楽しい思い出もあれど、窮屈で抑えつけられていた‟子ども”時代、庇われ蚊帳の外に置かれていた子ども時代、小説のように自分で立ち上がり、なにか為すことができていたら、学校はもっと居心地の良い場所に変わっていただだろうか。

 

 

以上、前編感想でした。

次回後編は、学級裁判の行方ともたらしたものについて。