先日、吉田修一さんの本「犯罪小説集」が原作の公開中映画、『楽園』を観てきました。
(本も買いました)
公式HPから、あらすじを紹介します。
青田に囲まれたY字路で起こった少女失踪事件。12年後─、事件は未解決のまま、再び惨劇が起こった。事件の容疑者として、住民の疑念から追い詰められていく青年・中村豪士に人気、実力を兼ね備える俳優・綾野 剛。本作では主演として、孤独を抱えながら生きる青年を熱演する。
消息を絶った少女と事件直前まで一緒だった親友・湯川 紡に、急成長を遂げる若手注目女優・杉咲 花。罪の意識を背負いながら成長し、豪士と出会って互いの不遇に共感しあっていく。Y字路に続く集落で、村八分になり孤立を深め壊れていく男・田中善次郎に、『64 -ロクヨン-』で圧巻の演技力を見せつけた佐藤浩市。次第に正気は失われ、想像を絶する事件へと発展する。Y字路から起こった二つの事件、そして容疑者の青年、傷ついた少女、追い込まれる男……三人の運命が繋がるとき、物語は衝撃のラストへと導かれる。彼らが下した決断とは─。
“楽園”を求める私たちに、突き付けられる驚愕の真実とは─。
(上記の映画『楽園』公式サイト(https://rakuen-movie.jp/) INTRODUCTIONより一部抜粋)
吉田修一さんの作品と、主演の綾野剛が好きなので観てきました。
以前、同じ原作者と俳優のタッグの映画『怒り』を観ていたので(こちらも傑作です。迫真すぎて観た後数日引きずりましたが…)、今回も楽しみにしてまして、その割になかなか観に行くタイミングがなくようやく行けました。
結論から言うと
とても真っ直ぐな映画
です…
つい『怒り』みたいな映画かと先入観を持っていたので、見事にいい意味で裏切られました。『怒り』が刹那だとすると、『楽園』は時間の流れが主軸です。
この映画の魅力は、「寂しさ」の表現が豊かであることに、尽きると思います。
とにかくこの映画は、時間の流れが人に齎す作用、時の移ろいの表現がすごく印象的でした。黄金色に輝く稲穂、遠くにそびえる美しい山脈、遮るもののない広い空…。美しい情景が場面ごとに朝から夜へ、晴れから雨へ、秋から冬へ様相を変えていくのが頭に焼き付けられます。その景色の美しさと裏腹に、誰かに汚名を被せて安心を得ようとする卑怯さや、ささいなすれ違いから村八分を行う狭量さ、暴力や暴言という、人間の醜さをこれでもかと畳みかけてくるのがつらい。限界集落という言葉と現実が重くのしかかる、行き場のない諦念と怒りが混在し、独特な空気を作り出しているのが、スクリーンから伝わってくるようでした。
豪士に誘拐犯の罪を着せ、穢れとして祓い落として日常に戻ろうとしますが、戻れない者も存在します。誘拐犯の疑いを寄せられ、追い詰められた豪士の行動は、祭りの荘厳な松明とオーバーラップし、恐ろしい悲劇を誘発します。いない者として扱われ、長い迫害の末に劇的な終焉を見せた豪士は、周囲の人々に波紋のように熾火を残していきます。熾火に当てられ、苦しみをかかえる人物たちのたち演技(描写)が絶妙で、正に心抉られる心境でした。主人公の紡は『戻れない』者の一人で、友人の失踪に責任を感じる鬱屈と、豪士との記憶に苦しみ、悩み続けています。紡が豪士と過ごした短い時間は、映画の中では穏やかな時間なのに物悲しさと儚さを感じて、とても好きなシーンです。「どこへ行っても同じ」という台詞は、どこへ行こうとも、人生はそう簡単に変えられない、この世界には、行くだけで幸せになれる『楽園』などないという諦観が滲み出ていました。ラストシーンで、この台詞に対する返答が出て来るのが心憎い演出です。逃げ場のない、どこにもない楽園を、残された者がどう見つけるのか、ぜひ映画館で確かめてほしいです。
時間が癒す痛みもあるけれど、決して癒えない痛みもある。この映画は、後者の描き方がとても秀逸です。決して時間は戻らないから、もう二度と確かめることもできないから、時間は解決してくれない。綺麗なだけでも、汚いだけでもいられない長い人生の苦しさが胸に迫ります。
被害者と加害者、容疑者の入れ替わりが何とも現実的で、純粋な被害者も加害者も居ないということを突きつける。人間の卑怯さと身勝手さをこれでもかと描くのに、一方で儚い尊い美しさを混ぜてくる。残酷な現実とただ穏やかで美しい情景が目まぐるしく入れ替わる。2時間を長いと感じない、凝縮された映画でした。
今年イチ、おすすめです。