本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

小さく壮大な冒険

 小説交換でいただいた作品。

タイトルは知っていても読んだことのない、うつくしい表紙の本で、しかも人が交換してくれたものなので、何となく勿体無いような、すぐ読みたいような気がして昨年読みました。

さらっと読めてしまうけど、今日せっかく雪がすこし降ったので読み返してみました。

雪のひとひら (新潮文庫)

雪のひとひら (新潮文庫)

 

 『ひとひら』という言葉がまず儚げでうつくしく、激動の運命をたどる"雪のひとひら”のひたむきな心に癒される作品でした。

 

童話というものに触れることのほとんどなくなった大人からすると、"雪のひとひら”が心を持つ主人公という設定に少々慣れず戸惑いましたが、雪の結晶が地上にひらひらと舞い降り、地上に落ち、踏まれたり、氷の下に埋もれたり、雪解けとともに川へ流れたり、…いくつもの冒険を味わい、そして伴侶に出会い、子どもができて、そしてまた運命に翻弄されていく。語り口はいかにも"童話らしい”やさしい文章で、読んでいて郷愁に誘われるのに、ただ「いい話だな」とか、「かわいい童話だな」というだけではない、ひっかかりを残すような感覚があります。

 

雪のひとひらは、明るく前向きで、感情豊かで読んでいてかわいいなと感じる、魅力的な主人公です。しかしこの主人公の旅路はなかなか過酷で、なのにやさしい語り口と主人公のいきる力というか、生命力溢れるエネルギーのお蔭で、酷い目に遭っているのに不思議と悲壮感が出てきません。生きる喜び、愛する存在を持てる歓喜、そういう"当たり前のよろこび”を肯定すること、過酷な運命を嘆くより、そこにある幸せを認めること。限りなくちっぽけな存在ともいえる"雪のひとひら"が、逞しく力強く、生涯を全うするということが、何とも愛おしく感じられます。雪のひとひらのようにちっぽけな、運命に翻弄されるしかない、卑小な自分だって、誇りひとつで見ている世界を変えられるかもしれない、そんな風にはっとさせられる作品でした。

 

初見で読んだときはなぜひっかかるのか、明確な感想を持てなかったけど、「自分で大きく運命を切り開くことができないようなちっぽけな存在が、受け取った世界で自分で自分を幸福にしていく物語」という側面が、きっと刺さったのだと思います。

重力に逆らえず地に落ち、川に流され行く先も決められず、人に利用され、漂って生きる雪のひとひらが、『可哀想な』存在でなく、自分で自分の生涯に幸福を見出す『力強い』生き生きとした存在として描かれるのが、とても面白いと感じます。

 

大人になると童話とか、ちょっと斜めに見てしまうこともあるけれど、真っ直ぐものごとに向き合うこと、曇りない眼で喜びを見つけることの大切さを学べる機会になったので、偶にはそういう物語に触れるようにしたいと思うようになりました。

書いているうちに雪は止んでしまいました。

雪のお蔭で、久しぶりにゆったりとした読書ができた気がします。

 

 

【欲望の時代の哲学】マルクス・ガブリエル教授

 先週からはじまった、この番組が気になっている。

 

NHKドキュメンタリー 欲望の時代の哲学2020 マルクス・ガブリエルNY思索ドキュメント」

https://www4.nhk.or.jp/P5372/

 ドイツ、ボン大学で最年少29歳で教授に就任したマルクス・ガブリエル氏のドキュメンタリ―番組。この人のことは、以前新聞記事でインタビューを目にしたのが切っ掛けで知っていたけれど、その後まったく目に触れる機会がなく正直なところ忘れていた。

 

先週録画したことを思い出し、短いドキュメンタリーを見た。

短いながらも鋭く、軽妙で、少し皮肉な一面を覗かせる軽やかな受け答えに惹きこまれ、さすが現代きっての哲学者だと思った。

 

番組自体は短いせいか、そこまで深く話題に突っ込むことがなく少し退屈に感じる。わかりやすさ、とっつきやすさを負い過ぎている感があるが、逆にそこが物足りなさというか、好奇心、もっと知りたいという"欲望”を炙り出している。

第一回のテーマは「自由意志」

難しそうな大きな話題だけれど、語られるのはSNS、世界中で見られる利己主義、貧富の差を生み続ける資本主義など、至って「当たり前」となった日常の話で。

 

SNSは民主主義を攻撃する

権力闘争に利用されるFacebook

毎日幾万幾億とも知れない悪意や敵意の応酬、憎悪を生んでしまうTwitter

「なりたい私」「演出したい私」を作り出してくれる虚像のインスタグラム。

 

「わたし」の自由意志とは、何に担保されるものなのか。

自由とは、自由意志を持つとはどういうことなのか。

わたしの欲望が満たされることが、果たして本当に自由なのか。

 

テンポよく進む番組は、さらっと流れてしまう感じがしたが、見逃さないように、思考を留めないように、着いて行こうとすると本当にあっという間で一瞬に感じた。

うかうかしていると、何か恐ろしいことが起こるかもしれない。

明日は"当たり前”の明日じゃなくなるかもしれない。

社会はずっと変容を続けていて、気づかなければ失ってしまう、わたしたちの「自由」を一度立ち止まって考えなければいけない、そういう気分になる。

 

とりあえず、今日はこれからカントの本を買いにいくことにした。

 

 

今夜、第2回の放送があるらしい。

リアルタイムで観ようかな。

 https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/91878/1878375/index.html

 

3.11から

アガサクリスティの作品?と思いきや、こと"日本らしい"、過去になりつつある東日本大震災福島第一原発事故を日常から見つめた作品集でした。

象は忘れない (文春文庫)

象は忘れない (文春文庫)

 

読む前に、この著者だから警戒をしていましたが、想定よりも気分の沈む一冊でした。

 

『新世界』では原子爆弾をつくり出した科学者の日常と狂乱を描いていたのは記憶に新しいです。純粋な興味としての科学が暴走して精神を蝕み少しずつ狂わせるのか、それとも先に狂っていたのか、現実感のない空間で粛々と進んでいく開発作業に恐ろしさが募ります。この作品で描かれた"現実感のなさ'"は、原爆という比類ない兵器で殺傷される人々のことなど、考えたこともないというような"別世界"の住人という雰囲気を感じさせます。

 

対して、本作『象は忘れない』は徹底的な"現実感"を描き出しています。全5編の短編から成り、あの日あの場所に居た人々の運命の日や、当時の回想という形で語られる生々しい"現実"が、わたし達をあの日へと連れて行きます。

 

【構成】

1.道成寺原発作業員の"あの日"

2.黒塚…放射性物質の予想外の飛散

3.卒塔婆小町…県外避難と壊れた日常

4.善知鳥…米軍機密訓練

5.俊寛ん帰還困難地域

 

能楽仕立てになっている各話は、聞いたことのある昔話が現代に改題されて甦るような、恐ろしい話になっています。

最後まで語られない、切り取られた彼らの日常だけが描かれる物語は、原発事故という現実が、起きてしまった世界最悪の原発人災が、まだ終わっていないということを想起させます。被災地から離れて暮らすほど、過去のこととして忘却し、関係ない出来事として気にもかけずに毎日を生きてしまいます。そういう人に対して、全然終わっていないのだと、見て見ぬ振りをしたところでなかったことにはならないのだと、鋭く斬り込むような、じわりと浸食するような、後に残る小説でした。

 

もうすぐ9年。

ニュースで消費される前に、

適当に思い出す前に、

この小説を読んでみたら、何か違う想いを抱くことになると思います。

 

 

パヴァーヌ 読了(2回目)

昨年読んだなかでも1、2を争う奇天烈なSF『パヴァーヌ』の2週目読了しました。

2019年ベストの記事でも書いたけれど、1回目の読了時では全然消化できなかったのでじっくりと2週目を読みました。

この間読んだアンナ・カヴァンの『氷』と同じサンリオSF文庫の本作。

昨年知ったばかりだけれど、サンリオSF文庫ってかなり素敵な趣味だったんですね…

もっともっと読んでみたくなりました。

廃刊してかなり経つらしいですが、ちくまやハヤカワなど他の出版社でちらほら復刊しているらしいので、今年は調べてみようと思います。

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

 

 <あらすじ>

1588年、イギリスの女王エリザベス1世が暗殺され、ローマカトリック教会の支配を受けるようになったイギリスというパラレルワールドが舞台。20世紀に入っても科学は弾圧され、移動手段は蒸気機関車で発展が止まり、もちろん電気もない世界で、独特の通信手段が隆盛し、その陰で妖しい『妖精』が跋扈する。イギリスの一地方ドーセットを舞台に、世界へ反乱ののろしが上がっていた…。

 

キリスト教の権威が強まり、科学の発展が抑えられた欧州」というありそうで見かけなかった設定。歴史改変SFというと、いかにもSFの定番であるように思います。わたしも読み始める前はべたべたなくらいのSFかなと思って読み、1章を読み終えた時点で「???」と疑問符だらけになりました。

 

はっきり言って、SFっぽくない。

アンナ・カヴァンの『氷』を後に読んだときにも思ったけれど、SFらしい荒唐無稽さというか、現実離れした世界観というより、独特ではあるけれど歴史上の土地や人物をモデルにした時代小説のような趣さえありました。蒸気機関車と独自に発展した翼車、手動で各地に信号を伝達する信号塔など、一風変わった設定はあるものの、イギリスの一地方のみを舞台とする徹底的な土着の描写、改変された世界そのものより執拗に描かれた登場人物たちの心の機微、生活の匂いが、あまりにもリアルで‟本当にそんな世界が、歴史があったかのように”思わず錯覚する不思議なSFでした。

 サンリオSF文庫っていうのは、そういう‟曲者”(褒めてる)っぽい作品を集めた尖ったレーベルだったんでしょうか。

 

 さて、折角2週目を読み込んだので、以下は軽くパヴァーヌという物語の構造をまとめてみたいと思います。あまり予備知識なしで楽しみたい!という方は以下は読まないでぜひ読んでみてください。

 

 

パヴァーヌという言葉は、『16世紀欧州で流行した、緩やかな宮廷舞踊のための楽曲』というような意味です。列をつくってゆっくり前進、後退を繰り返しんがら舞う舞踊で、2拍子で展開することが多いそうです。

物語も、確かにその名の通り、ゆったりとした時間の流れのなかで前進し、ときに後退しながら進んでいきます。そして章も、以下の通り楽曲のように組み立てられています。

 

第一楽章 レディ・マーガレット

第二楽章 信号手

第三楽章 白い船

第四楽章 ジョン修道士

第五楽章 雲の上の人びと

第六楽章 コーフ・ゲートの城

終楽章

 

内容に移る前に、簡単に主要登場人物と主要用語を載せておきます。章ごとに主人公が代わる、連作短編集のようなつくりになっています。

(補足)

☆主要登場人物

ジェシー・ストレンジ : ストレンジ父子商会の次期社長

マーガレット(初代) : 蒸気機関車乗りの御用達居酒屋「人魚亭」の女給。ジェシーの片想い相手。

ティム・ストレンジ : ジェシーの弟

レイフ : 信号手に憧れる少年

娘  : 古い人々、荒野の住人といわれる謎の存在

ベッキー  : 白い船に焦がれる港町の少女

ジョン修道士  : 民衆の反乱の象徴。奇跡を起こすとも信じられる

マーガレット・ベリンダ・ストレンジ : ティム・ストレンジとマーガレットの娘

ロバート : パーベック領主の息子 コーフ城の次期主

エラナー : ロバートとマーガレットの娘。コーフ城の主

ジョン・ファルコナー : コーフ城の執事

ヘンリー卿  : ローマ法王の右腕。コーフ城を攻める

 

☆主要用語 

ストレンジ父子商会  : 蒸気機関車で輸送業を営む大手商会

信号塔  : 電信の代わりに発達したアナログ信号送受信装置。独自のギルドを構成し、国とも教会とも異なる権力を有する

白い船 : 謎の快速線。密輸船とも言われる。

古い人々 : 妖精、荒野の住人、かつて地を追われた古い民族?

 

 

第1章では、発展を遂げ経済と物流の中心となった蒸気機関車を所有する一大商会の社長の恋を、第2章では独特なアナログ通信システムを支える通信士、通称"信号手"の成長と奇妙な体験を、第3章では地元に人間に忌み嫌われる怪しい"白い船"に魅せられ取り憑かれた少女の冒険と挫折の顛末を描いています。

1〜3章は、てんでバラバラの職業、性別、年齢の人物達の人生の一幕(或いはすべて)について描かれ、ここまで読んでも?ばかり浮かびます。何と何が繋がるのか、全く予想のつかない独立したお話で、この後の展開が読めないところがこの小説の難解さを深めています。

第4章は、それまでチラリと仄めかされていた謎の人物、ジョン修道士誕生に至るストーリーが展開されます。ジョン修道士というのは、この作品内の反乱の狼煙、民衆の反抗の象徴的存在として、絶大な崇拝を受けている人物です。度重なる追っ手からすり抜け続け、奇跡を起こすと信じられている人物の誕生秘話、というくくりです。ジョン修道士が象徴となる以前の人間臭い生活や苦悩が描かれ、その後別人のように人間離れする変化に読みながらぞくっとします。第5章では、なんと1章で活躍した(社長が想いを寄せて振られた)女性の娘が、領主の息子と恋に落ちるという話が始まります。母親と同じ"マーガレット"という名を持つ彼女の活発で勝気な性格、奔放な行動を中心にすすみますが、第3章のような決まりの悪さ、後味の悪さまで言いませんがやり切れなさを感じるラストなのが印象に残りました。

そして第6章。5章で活躍したマーガレットの娘、つまり1章のマーガレットの孫娘が主人公の物語が語られます。領主の娘という立場の"マーガレット"は、教会の強権的な重税に反抗し、ついに教会相手に砲撃を浴びせてしまいます。ジョン修道士から続いた民衆の反乱、王達の教会への反旗など、物語を通して少しずつ語られ続けた反乱が収束し、終わりに向けて動き出す様子が感じられます。その一方で、最後までなかなか正体を表さない"妖精"たちの気配がぐっと濃厚に立ち込め、そして終楽章へと続いていきます。最後まで読むと、謎の一部が解説されますが、より一層謎めいて感じるような気もしました。ここだけはネタバレするのが勿体ないので、謎の顛末は書かないでおきます。

なるほどというか、ちょっと違和感というか、この感覚を体験してほしいので。

 

疲れすぎてなにもできない一日へ

疲れた。

 

泥のように重たく、引きずりながら動かす鉛の腕に、訳も分からず憂鬱で苛立ちの募る一日。せっかくの休日を、そんな風に過ごしてしまう。

 

今日はせっかく晴れで、明日から崩れるという天気予報を見て一層気は重く、頭はぼんやりと働かず楽しみにしていた本も碌に読めない。週末になったらあれをしよう、これをしようと思っていたことは一つもできなかった。誰が悪いわけでもないのに、行き場のない遣る瀬無さと後悔と、苛立ちと、苛立つ自分への自己嫌悪。どうにも今日は、かなり調子が悪いらしい

 

最低の一日で疲弊した精神と、べったりと圧し掛かる疲弊した身体。このどちらかでも癒せないものだろうか。

 

 

そこで思い出す。

ピアノの音。

わたしは本と同じくらい、ピアノも好きだ。

人の声はいまはすこし辛いから。

今日はピアノ日和だと思った。

 

 

ピアノは子どものとき習っていたからか、ずっと好きだった。

そんなに真面目に練習しなかったから、いま弾ける曲などほとんどないが、それでも最低年4~5回はピアノのコンサートに通っている。ピアノのメロディを聴くと、頭が空っぽに澄んでいくような、逆に奔流のような感情が渦巻くような、不思議な気持ちになる。そして大抵の場合、聴き終わったとき心が凪いでいる。

 

王道のクラシックでもいいし、激しい超絶技巧でも、ロックでも、ジャズでも、ブギウギでも。ジャンルはなんでもいい。ドラマや映画の馴染み深い曲をピアノに編曲したものも好きだ。偶にしかしないけど、好きな曲をぷりんと楽譜でダウンロードして弾くのも楽しい。

 

ただの音の連続で、なぜこんなに心が満たされるんだろう。

オーケストラや、人のヴォーカルでもいいけれど、ピアノはまた違って。

直接自分のなかに響いてくるような、じんとする音は特別で。

この記事を書きながらずっと聴いているけれど、どんどん心が穏やかになるのを感じる。

 

拭うことのできないストレスと、引きずれないくらい思い疲労は別に消えたわけではないけど、でも気にならなくなってくる。

なにもできなくて無力感だらけの一日だったけど、今日はピアノの音に包まれてちょっと幸せだった。

 

紹介したい本が溜まっているのに進まない記事の更新も、今はすこし諦めよう。

もうちょっと癒されて回復したら、読みたい本を読んで記事も書こう。

 

閑話休題でした。

 

 

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