本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

アフリカという魅力

 いつか読みたいと思っていた小説のひとつ、コンラッド『闇の奥』を読了しました。

 

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

 

 イギリスの船乗りマーロウが、かつて自分が体験した数奇な船旅について独白する物語です。

<あらすじ>

マーロウは、あるとき叔母のの助力を借りて、貿易会社の所有する船の船長として、アフリカに赴任することが決まった。彼に課せられた仕事は、コンゴ自由国(現コンゴ民主共和国)で蒸気船に乗り、ある男を連れ帰ることだった。マーロウは、象牙貿易で莫大な富を生み出し、現地の人の間で教祖のように崇拝されているというその男に興味を持ち、アフリカの奥地まで船を進めてついに、その男と対面を果たすが…。

 

意外と短い物語ですが、一文一文の重みというか密度を感じて、結構時間がかかりました。ゆっくり読むと、マーロウの遅々とした旅路、謎の人物を訪ねに行く期待と不安をより感じることができました。

本に注記がありますが、あえて‟差別的な表現”を残したまま翻訳しているため、18世紀末~19世紀ごろの帝国主義の空気、植民地支配の苛烈さを感じさせる内容になっています。アフリカで横行した奴隷貿易、強制労働の過酷さも描かれていますが、本作ではもう一段違う側面も描いています。それが『未知への憧れと恐怖』です。

帝国主義の容赦のない支配のもと、植民地にされた土地の人々はただ虐げられるしかなかった。これは歴史上、事実であると思います。しかし『闇の奥』で描かれたアフリカは、ただの被支配地域として描かれてはいないように見えます。欧米列強がはじめて踏み入った未知の土地。見慣れぬ動植物、気候、風俗に習慣。マーロウの目を通して見えるアフリカの大地は、得体の知れない畏怖を感じさせるものでもありました。支配したからといって、その土地の全てがわかる訳はない。人を服従させるといっても、心の底まではわからない。謎の男クルツ氏を魅了した、アフリカという未踏の大地への興味と憧れ、畏れをマーロウとともに追体験する、そんな小説でした。

 

治安の問題もありますし、ふらっと旅に行ける土地ではない。だからこそ、身近ではない謎に包まれたアフリカという土地には、他とは違った魅力があります。わたしもいつか行ってみたいですが、あっさりトラブルに巻き込まれそうでなかなか行く勇気が出ません。小説は、家にいたってアフリカへ旅ができる最高の手段です。異郷の地への旅は難しいですが、しばらくは小説で満たせればいいかなと思います。

 

【鵺の碑はいつ…?】鬼・河童読了

 百鬼夜行シリーズの最新作の連続刊行第一弾と第二弾、『鬼』『河童』をやっと読了しました。

いつのまにか刊行されていて、最近まで知りませんでした。一瞬「鵺の碑が出た!!?」と驚いたのですが、同一シリーズの他作品でした。長編もとても待ち遠しいですが、それでも久しぶりのシリーズ新刊は嬉しかったです。

 

①今昔百鬼拾遺 鬼

今昔百鬼拾遺 鬼 (講談社タイガ)

今昔百鬼拾遺 鬼 (講談社タイガ)

 

 <あらすじ>

昭和の辻斬り事件の7人目の犠牲者、片倉ハル子の友人であった呉美由紀は、ハル子の死を不審に思い知り合いの中禅寺敦子に相談を持ち掛けた。ハル子は事件前から自らの死を予見するような発言を繰り返していただけでなく、ハル子の周囲では『鬼の因縁』『鬼の刀』という怪しげな噂が囁かれていた。美由紀から相談を受けた敦子は、事件の真相究明に乗り出すが…。

 

「先祖代々、片倉家の女は斬り殺される」

血腥い噂のたちこめる片倉家と被害者のハル子、辻斬り事件。百鬼夜行シリーズらしい古の因縁と現代の事件がリンクする物語ですが、今回は探偵役がいつもと違うのが新鮮でした。論理的に、証拠と推論で事件の真相に迫るがいまいち自信の持てない敦子と、行動力に富むが考えをまとめて推理することは不得手な美由紀。安定感ある中禅寺秋彦榎木津礼二郎コンビとは違って、初々しさと不安定さの光る女性探偵コンビの活躍が楽しめる1冊でした。この作品の少し前に刊行された、土方歳三を主人公とした『ヒトごろし』の内容を一部含んでいるので、そちらと併せて読むとより面白いかもしれません(これ以上はネタバレになるので書きません)。

 

 

 ②今昔百鬼拾遺 河童

今昔百鬼拾遺 河童 (角川文庫)

今昔百鬼拾遺 河童 (角川文庫)

 

 <あらすじ>

呉美由紀と中禅寺敦子の探偵劇第二弾。

様子のおかしい水死体が次々と発見される連続殺人事件に、美由紀と敦子、さらには依頼を受けた益田となぜか多々良先生までが首を突っ込み、調査をかき回しながら真相に近づくドタバタ感の強い探偵劇です。千葉で次々と見つかる水死体は、奇妙にも尻を出しているという共通項があった。女学校で流れる河童の噂、美由紀の故郷の廃村、浅草で噂される宝石泥棒、そして不審な水死体。敦子たちは被害者の共通点、宝石泥棒の真実を追っていくが…。

 

河童のしわざという噂が流れ、河童に過敏に反応した多々良先生が事件を引っ掻き回し、益田の要領の得ない話ぶりに攪乱されて、前作『鬼』よりもコメディ色が強いドタバタ劇です。河童の正体には、あっと驚かされました。

 

 

以上、シリーズ新刊の感想でした。今月にもう1冊刊行と聞いていますが、今月はちょっと仕事がピークで読めそうにないので、ゆっくりお楽しみにしておきます。

ところで、本編『鵺の碑』はいつ出るのでしょうか…?

 

 

 

読書会で紹介した本

最近、久しぶりに立て続けで読書会に参加をしてきました。

その読書会で紹介させていただいた本を、折角なので記事でも紹介してみます。

 

1冊目がこちら。

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)

 

 15世紀のイギリス、シェイクスピアの戯曲にもなった残虐非道として知られるリチャード三世をめぐる歴史ミステリです。

<あらすじ>

小説の舞台は現代のイギリス。捜査中の事故によるけがで入院生活を送るグラント刑事は、退屈を持て余していた。小説にもチェスにも興味のないグラント刑事は、何もすることのない病院に飽き飽きし、知人の持ってきた肖像画のひとつに偶々目を留めた。その肖像画から、几帳面でまじめすぎるほどまじめな人物を想像するが、実はその人物はかの有名な暴君、リチャード三世であった…。

刑事としての自分の鑑定が大きく外れたことにショックを受けたグラント刑事は、入院中の暇つぶしも兼ねてリチャード三世にまつわる真相を探るため、歴史書や小説をあたり、彼の素顔へと迫っていく。そして導き出される結論とは。安楽椅子探偵ならぬ寝台探偵として、当たり前と思われている歴史の真相を解き明かそうとする本作は、ミステリとしても歴史ものとして十分読み応えがあります。500年近く昔の話を、刑事事件の捜査のように解き明かしていく手法が面白かったです。この本はヨコハマ読書会さんと小説が好き!の会さんの両方で紹介させていただきました。

 

 

そして2冊目がこちら。

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 最近読んだなかで一番のお気に入りです。

クリスティの作品のなかではとても異色な、自伝的小説ともいわれるミステリです(※ポワロもミス・マープルも登場しません)。手に取ったきっかけは、最近クリスティが気になり始めていることと、タイトルが素敵なことでした。何一つ事件は起きていないのに、鮮やかにすべてがひっくり返るどんでん返しを味わえるミステリです。

<あらすじ>

 弁護士として成功した夫、成人した三人の子どもを持ち、裕福で満ち足りた暮らしをするジョーン・スカダモアは、次女の急病の知らせを受けて訪れたバグダッドからの帰路で大雨に遭ってしまう。汽車で帰ろうとしていた彼女は、思わぬ天災に足止めをされ、何もない砂漠のレストハウスでひとり暇を持て余していた。手持ちの本も読んでしまい、手紙を書くことにも飽きてしまった彼女は、ふと思いついて自分の人生を振り返りはじめるが…。

ちょっとしたアクシデントが切っ掛けで、数日間物思いに耽ることになったジョーンが、内省を繰り返して自らの人生の『真実』に気が付きはじめる過程がみごとに描写されています。内心の変化、心の在り方ひとつで人生が180度別のものに見えてくる、そんな恐ろしさとすこしの物悲しさ、そしてドラマチックさが味わえる『事件のないミステリ』です。自分の人生に当てはめてみたら…と考えるとちょっと背筋が寒くなります。怖いもの見たさ、というような、ドキドキする作品でした。

 

 

この2冊を選んだのは偶然だったのですが、どちらも『ちょっとした暇』を持て余したことから始まるミステリです。何も予定のない休日や、ちょっと長めの休みのときにじっくり読むのもいいかもしれません。

 

ブログを書くコストの話

ブログを書くのは、お金がかかる。

 

ついでに言えば、気力と体力も思ったよりかかる。

 

趣味ではじめて好きで続けているのに、なぜか書けずに苦しんでいる時間のほうが長いし、いつも締め切りに追われるような気分になるのも事実だったりします。

でも辞めようかと思うと、まあ待てという風になり、気が付けば次の記事の構想を練ったりしています。

今日は、そんなブログ事情を書くことにします。
(※スランプで記事が書けないから…でもありますが)

 

ブログを書くにも、先立つものが必要だ

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(本を買うのにも、けっこうお金がかかります)

わたしは筆が遅いほうで、このブログも週二回更新という頻度できりきり舞いになっています。しかも自室の机では、ほとんど進まずぼーっとTwitterを眺めたり、動画配信で映画を観たりして過ごしてしまいます。

仕事の昼休みや休日に、コーヒーを飲みながらなど雰囲気から入らないとなかなか書けません。できれば待ち合わせまでの待ち時間など、時間制限つきであればベストです。

カフェにB5くらいのノートとボールペン1本を取り出し、店内の様子や窓の外を時々眺めながら資料の本を2冊くらい開きながらブログの下書きをする。上手く気分が乗っている日であれば、2時間弱のカフェ滞在で2~3本分の記事を書くこともありますが、それはかなりいい方です。大抵はそれでも1.5本くらいがやっと。あまりに長く滞在するのは難しいので、長くとも2時間を超えないように朝早くから出向いたり、場所を変えてみたりする日もあります。

 ここまで読んで頂ければわかるかと思いますが、これはかなり効率が悪いです。ちょうどよく空いているカフェなどはあまりないし、20~30分という短時間で出てきては下書きは捗りません。隣の人の話し声がうるさすぎても駄目です。それでも自室で唸るよりは、遥に効率がよかったので今まではそうしていました。

しかし、悲しいことに5月のGW明けくらいから、事情が変わってしまいそうも言っていられなくなりました。

 

忙しい。

 

多忙は人を追い詰める魔物です。連休明けから繁忙期でもないのにとても忙しく、とうとう6月という本物の繁忙期に入ってしまいました。

昼休みはいつも仕事で丸潰れ、休日は出勤か疲労で目覚めると夕方、土曜日に休めても体調を崩して病院へ。そんな1か月のなか、もうブログなんか閉鎖してやる!と2日に1回くらい考えていました。

でも悲しいかな、ただの趣味なのに辞めるには抵抗があり、結局続けてしまいます。書き始めるとなんだか楽しいんです。

 

なので方法を変えました。

時間はお金で購うことができるのではないか、と。
考えた結果がこちら。グリーン車です。

 

わたしは住んでいる場所から職場が遠いため、通勤に1時間半くらいかかります。言うまでもなく通勤ラッシュ真っ只中で、通勤がてら読書を楽しんだり、イヤホンで語学を勉強したりという余裕がありません。イヤホンの音量調節に手を伸ばすことすら難しいので。そんな中、悠然とグリーン車でくつろぐ乗客を羨まし気に横目で眺めるうちに、ひらめきました。そうか、その手があったと。

週に1回くらいなら、グリーン車に乗ってもいいじゃないか?

コーヒー屋に頻繁に入るより、トータルで見れば安いし、一週間のご褒美としてグリーン車に乗るという案は結構ありかと思い、実践してみました。時間制限はあるし、しかも一回の出費がコーヒーより高いため罪悪感であまりさぼれない。やってみると実際かなり捗りました。

休日の方が安いので、休日遠出したり遊びに出かけるときに利用すると平日よりお得感がある上、リッチに遊んでいる気分になってなんとなく楽しいです。しかし、この方法も割と問題がありました。

懐が厳しくなる、という点です。

一度慣れてしまうと恐ろしいもので、平日と休日で2回乗ったり、喉が渇くなどと言って一緒に飲み物も買ったり、明らかに出費がかさんでしまいました。最初はコーヒー屋に何度も行くより安い、何より時間を有効に使っていると思いましたが、50分で1本分の下書きをするのがやっとでコスト的には高くなりました。

 

結局、趣味というのはお金と手間がかかるものと思い書きたいように書き続けることにしましたが、時々更新が遅れるときもあります。本ブログを読んでくださっている皆さま、そんなときは『金欠かな』とお察しください。もしくは、風邪でダウンかもしれないし、引きこもり読書かもしれませんが…。

 自室でさくさく文章を書ける方って本当にすごいです。わたしは御膳立てが命なので笑。他のブロガーさんのそういう話も知りたいです、すごく。誰か書いているでしょうか?

 

今回は本もピアノも全く関係ない、執筆裏話をお送りしました。

ちなみにこの文章も、グリーン車のなかで書き上げたものを自室PCで打ち出したものです。

もしグリーン車内で一心不乱にノートに走り書きをしている人間がいたら、わたしかもしれません。もし見かけても、そっとしておいて下さると助かります。怪しいものではありませんので。

 

【五十音順・おすすめ小説紹介】59冊目 恒川光太郎

おすすめ本紹介、59回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は恒川光太郎氏。

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

 懐かしいような趣の和製ホラー、恒川光太郎氏の出世作です。

どこかノスタルジーを感じる古き良き日本の怪談の世界のような、でも少し現代的な不思議な味のある作品です。

<あらすじ>

小学生のころ、妖たちが様々な品物を売る〔夜市〕に迷い込んだ裕司は、元の世界に戻るために弟を人攫いに売ってしまいます。必ず買い戻しに来ると誓う裕司でしたが、元の世界に戻ると文字通り弟の存在が『消されて』いることを知り、引き換えに自分が野球の才能を得たことに気が付きます。華々しく才能を開花させた裕司は、弟のことを後悔しつづけ、ずっと夜市の開かれる機会を伺っていました。裕司は念願の機会を前に、アルバイトで知り合った大学生のいずみの協力を得て、再び夜市へと足を踏み入れることになり…。

 

ホラーというより御伽噺とか、昔話のような日常のどこかに埋もれている‟ふしぎな扉”の話に近いです。読み終えた後、懐かしい過去の記憶やずっと会っていない人のことを思い出しました。郷愁を誘われるというか、すこし切ないような気分を感じるのは恒川氏の文章のやさしさによるものだと思います。

一度入ったら、何かを買わないと出て来ることは叶わない夜市。生涯で3回しか入ることができず、必ず対価を要求する市場。厳格なきまりに支配された空間は、猥雑な日常とは違う‟異世界”であることを強く意識させます。裕司と弟、人攫い、…。それぞれの選択と思惑が絡み合い、予想外の展開へと進んでいきます。淡々とした文体ですが、しっかりとした構成のため飽きずにあっという間に読み切りました。

 

小さい頃探検した山や森、通学路を外れて寄り道した住宅街、一人で迷子になったときの心もとなさ。そういう記憶に結び付く、在りし日の小さな冒険の怖さを思い出しました。子どもの頃の気持ちを思い出すきっかけになる、淡く切ない文章です。