【おすすめ映画】スターリンの葬送狂奏曲
今年 8月3日から上映している問題映画『スターリンの葬送狂騒曲』。
本作は1953年のソ連を舞台に、恐怖政治で社会を牛耳っていた独裁者ヨシフ・スターリンの急死によって巻き起こった権力闘争を描いた作品。ロシアで上映が禁止されるほど辛辣なブラックジョークが持ち味です。
映画館で見られる内にぜひ多くの人に観てもらいたいと思い筆を執りました。
まだ観てない方へ。
騙されたと思って観てほしい。
近年観た映画のなかで、ベスト3に入るくらい衝撃的な作品でした。
思いっきり笑える、感動で涙する、スカッとする等、映画は色々な気持ちを呼びおこしてくれます。しかし、この映画はちょっと違いました。
価値観や常識を揺さぶり、観た後時間が経つほどに心を侵食してくる衝撃作品です。
日本の映画は、全国の映画館で上映される作品といえばハリウッドなどスカッとするアクション系、人気アニメ、小説等が原作の感動ドラマが多い印象があります。本作は史実を元にしたいわゆるブラックコメディ映画です。権力を風刺と皮肉で描くコメディというジャンルは、日本でメジャーな方ではないと思います。風刺や皮肉を含んだ読み物は大好きでよく読むのですが、映画というと全然観たことがありませんでした。それだけに、観たときの衝撃はすさまじかったです。
正直なところ、テンポが速く重要な人物の名前もほとんど知らない状態でふらっと観に行ったので、ところどころ展開がつかめない部分もありました。
しかし、役者の名演と笑いを誘う機智に富んだセリフ回しにあっという間に引き込まれました(ちなみに英語の音声なので、聞き取ってみるとさらに面白いです。字幕で表しきれないジョークにクスッとすると思います)。スターリンの後継者の座を巡り、おおまじめに策を弄し足を引っ張り合う4人が滑稽で可笑しいのに、ところどころ挿入される恐怖政治の描写にヒヤッとさせられる。このバランスが絶妙で、『ブラックコメディ』という触れ込みにふさわしい内容でした。
そして一番皮肉が効いているのは、ロシアで『上映禁止』となったことです。
権力を風刺する作品を、権力が抑圧する。これこそ皮肉の極みではないでしょうか。
これについては日本も対岸の火事ではないかもしれません。
自国第一主義、全体主義を掲げる国が増えている世界情勢。20世紀の大戦前のような不穏な空気を感じるという声があがりつつある現代社会。映画を観たあと、笑っていたコメディが笑えない現実に摺り替わってしまわないだろうかという恐怖も感じました。
映画よりブラックなのは、『現実』かもしれない。
それこそ全然笑えないブラックジョークです。
以下に上映館を載せておくので、偶々時間が空いた、ちょっと興味があるという方はぜひ。おすすめです。
【五十音順・おすすめ小説紹介】35冊目 栗本薫
おすすめ本紹介、35回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は栗本薫氏から。
小学生のときにうっかり手に取って、大変苦労した作品。
おそらく、小学生が読むにしては色々難のある作品だった気もします。ただ、長い作品を読む根気と歴史もの、大河とよばれるジャンルへの興味を掻き立てたのは、間違いなくこの作品でした。
<あらすじ>
中原の辺境、魑魅魍魎が跋扈するルードの森に記憶を失った一人の男が倒れていた。その男は自分の名前から素性、これまでの経緯をすべて忘れていたが、ひとつだけ異様な特徴があった。-彼は世にも奇妙な『豹頭』の人間であった。
同時期、中原の古き大国パロの双子の王子と王女が、戦争から逃れるためにルードの森へ飛ばされていた。豹頭の男グインと、王子レムスと王女リンダ、そして偶々合流した傭兵イシュトヴァーンの4人組は、王子らを祖国パロへ帰すため壮大な旅に出ることになる。
この4人の出会いから、長大な物語『グイン・サーガ』が幕を開ける。
豹頭の戦士グインが自らの正体を探すために旅をする漂流譚であり、祖国を取り戻そうと奮闘するリンダとレムスの成長物語であり、一介の傭兵から王へ成り上がろうとするイシュトヴァーンの血塗られた覇王譚でもある。主人公たち以外にも多くの登場人物の人生が絡み合い、めでたしで終わらない苦悩と歓喜の混沌の物語。
https://www.guinsaga.net/index.html より引用
現在は原作者逝去により別の作者が物語を引き継いでいますが、それでもまだ結末の見えてこない大長編で、143巻まで刊行されています。
主要(名前が何度も出てくる)人物だけで100人を超えるし、大国から小国まで10以上の国の内情(政治や文化、歴史)まで微に入り細を穿ち描かれるため、既刊まですべて読んでいてもなかなか全ては頭に入ってきませんでした。
いままでで一番感想が書きづらい作品です。
自分としても面白かった部分と受け入れにくい部分の両方があって、『精緻に練られた物語』とか『感動巨編』とかではしっくりきません。特に後半になると冗長な文章や展開が続き、「つまらない」という声も多く聞きました。でもわたしは、グインサーガの魅力は全体で見てこそ、と思います。ファンタジー巨編や大河ロマンという作品は他にもたくさんあります。しかし、愛憎入り混じり複雑に絡み合い、すれ違う人間模様が劇的に描かれる群像劇という意味でグインサーガは突出していると思います。
妄執、悲哀、絶望、孤独、憎悪、卑小さを描かせたら右に出る者はいない、というくらい鬼気迫る人間描写はグインサーガならではだと思います。ドロドロの愛憎劇と暖かな家庭や親愛。薄紙一枚で表裏の入れ替わる怖さが醍醐味です。
本編だけでも長くて読むのが大変なのですが、外伝もおすすめしたいです。本編で描かれなかった登場人物たちの過去編が中心で、短編仕立てなので本編をあまり知らなくても、全部読んでいなくても楽しめます。個人的には以下の巻がおすすめです。
パロの宰相アルド・ナリス、その弟で王家を出奔した吟遊詩人マリウス、パロの魔道師ヴァレリウス、そしてアルゴスの黒太子スカールの16歳の日々を描いたサイドストーリーです。全員、主人公4人に次ぐ重要人物であらゆる登場人物と交錯し、運命を変えていく役割を持つので、外伝を読むなら押さえておきたい1冊です。本編より先に読めないこともないと思います。
パロ王家に連なる異母兄弟、アルド・ナリスとアル・ディーン(後のマリウス)の若き日々を描いた外伝です。
複雑な宮廷事情のために幼い頃から両親に養育されず、異母弟のアル・ディーン(のちのマリウス)とともに冷遇に耐えていたナリス。弟を庇護し、王族として歩もうとするナリスと、血の呪縛を厭い自由を望むディーンのすれ違う兄弟の物語です。愛憎劇の多いグインサーガのなかでも、この兄弟の哀しさは秀逸でした。ナリスの理解されない愛が苦しい。
国も文化も歴史も全く違う人たちがそれぞれの人生を生きている中で、運命を交差させていく。そういう大河ロマンと呼ぶべき魅力がある作品です。
【五十音順・おすすめ小説紹介】34冊目 マイクル・クライトン
おすすめ本紹介、34回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回はマイクル・クライトン氏から。
- 作者: マイクルクライトン,Michael Crichton,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1993/03/01
- メディア: 文庫
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大人気映画ジュラシック・パークの原作。
ちょうどいま、映画ジュラシック・パークの新作が公開しているので、併せて読むのには絶好の時期だと思います。
<あらすじ>
霧につつまれたコスタリカの孤島で、極秘のうちに建設が進められているアミューズメント・パークがあった。〈ジュラシック・パーク〉と呼ばれるその施設は、バイオテクノロジーで現代によみがえった恐竜たちがのし歩く、驚異のワンダーランドとして日夜研究と開園準備が進められていた。オープンを間近に控え、視察のため数学者、生物学者など顧問団が島に向かって出発した。しかしその道行には、人類がいまだかつて体験したことのない恐怖が待ち受けていた。
映画ではあまり描かれなかったこぼれ話が楽しめるのが原作の魅力です。恐竜をよみがえらせるための遺伝工学、セキュリティシステム、生態学、数学などの科学的な話がたくさん盛り込まれていて、SF好きにはたまらない作品です。なぜパークは失敗したのか。科学者の過信、スパイの侵入にはそれぞれ理由があり、事故は起こるべくして起こったという因果関係までしっかり描かれているので、映画を観て疑問に思って読むというのもいいと思います。
映画もパニックものとして一級のエンターテイメントですごく好きですが、それだけで終わらない原作は奥深いと思いました。特に、生命という複雑なシステムを正しく理解せずに安易な考えで間違いを犯していた科学者と、金儲けにめがくらみ、従業員の仕事の内容すらちゃんと理解していない管理者の浅はかさを浮き彫りにする前半の演出が見事です(痛烈な皮肉と諧謔のある小説にはどうも惹かれてしまいます)。これから起きる悲劇を読者に予感させる不穏な空気と、後半の怒涛のパニック劇のバランスがいい作品です。
最新作、炎の王国も観てきました。スリル満点のテンポの速い展開だけど、爽快感があって楽しめる内容でした。暑い夏の気怠さを吹っ飛ばすには丁度よかったです。ネタバレになるので書きませんが、今までのシリーズとは少し違ったラストが印象的でした。今後の展開が楽しみです。
こわい文章は好きだけど映像は苦手なので、時々目をつぶってしまうのが悩みですが…(捕食シーン何度見てもやっぱり怖かった)。
【ゴールデンカムイから考える】②北海道開拓
連載2回目は、北海道開拓について。
ゴールデンカムイ本編の時代、北海道は歴史的にどんな状況だったのか。そういう視点で作品について見ていきたいと思います。
しつこいようですがあくまで個人の見解なので、学術的な正確性や普遍性などは保障出来かねますのでご注意ください。本誌最新話までの情報を含みます。
②北海道開拓(キーパーソン:アイヌ)
目次
(ⅱ)ウイルクの思惑
(ⅲ)アシㇼパ
まず、(ⅰ)から検証していきます。
『蝦夷共和国』とは1869年、明治新政府と対立する旧幕府連合軍を率いた榎本武揚が、蝦夷(現在の北海道)に渡りこの地を支配していた松前藩を打ち破って樹立した国家です。榎本らは箱館で蝦夷地領有を宣言し、一部の諸外国には『独立国』として認められました。日本で初めて(諸説ありますが)入れ札で総裁と閣僚を選出したことも有名です。
ゴールデンカムイ本編の、8巻の尾形と土方勢の会話で『蝦夷共和国』の名前が話題にのぼっています。
変人とジジイとチンピラ集めて 蝦夷共和国の夢をもう一度か?
一発は不意打ちでぶん殴れるかもしれんが政府相手に戦い続けられる見通しはあるのかい?
(8巻第70話 尾形の台詞)
この70話自体も疑問点がたくさんあって面白いのですが、書ききれないので割愛します。ここで注目したいのは、『蝦夷共和国』という言っているのは尾形だということ。土方や永倉は肯定も否定もしていません。土方勢の目的ははっきりしているようで実はそうでもないです。土方は自身の目的についてぼかすような台詞が多く、『蝦夷共和国』の再建というのも尾形が言っているだけなので信憑性に欠けます。
そこで“土方は『蝦夷共和国』再建を目指しているのか”というのを(ⅰ)で検証していきたいと思います。
(1)土方の目的は何か
結論から入ると、土方が『国家をつくる』ため金塊争奪戦に参戦しているのは確かだと思います。しかし、『どんな国家を目指しているのか』は現時点で推測が難しいと考えています。
「あと100年は生きるつもりだ」という土方の発言と、新聞屋を抱き込むなどの周到な準備の様子から、土方たちは息の長い計画を立てていると推測できます。
ところが、現時点では『どんな思想の元に国家をつくろうとしているか』は全く不明です。アシㇼパを筆頭としてアイヌの独立の機運を盛り上げ、明治政府の支配から脱するという構想が14巻の杉元の台詞から示唆されていますが、本人の口からは語られていません。それに、鶴見中尉の掲げる国家の構想と比べると具体性もないのが気になります。本当は『誰のため』『何をするため』に国家をつくろうとしているのでしょうか。
また、『アイヌへの肩入れ』も謎です。土方とアイヌをつなぐ線は、今のところウイルクくらいしかいません。網走でウイルクとすっかり意気投合し、アイヌの為に力を貸したいと心から思ったというのは何だか据わりが悪い話です(土方とウイルクが信頼し合っていたとは思えないので)。
一つ考えてみたのは、“開拓のため入植した旧幕志士の不遇を救うため”という可能性です。北海道は明治政府によって開拓が進められましたが、初期の開拓を担ったのは旧幕府軍の志士たちだったと言われています。『賊軍』『朝敵』の汚名を着せられ、禄を失い廃藩で行き場をなくした武士たちは、名誉回復と家名再興の悲願を達成するため多く入植したそうです。つまり、北海道には全国各地の旧幕の士族が多く住んでいたはずです。土方はかつての仲間の多く住む北海道で新たな国家を樹立し、不遇に耐える仲間を救おうと考えている、なんてことも考えられないでしょうか(この説だと、戦死した仲間と家族を救うため軍事政権をつくるという鶴見中尉の思想と似ている気がします。わたしは土方歳三と鶴見中尉って結構似ているところがあるように思うのですが、皆さんどうでしょう…)。
(2)ウイルクとの共謀
土方はウイルクについて、70話で牛山が言っているように『信用してない』スタンスと考えるのが現時点では妥当だと思います。何度か別の記事でも書きましたが、ウイルクと土方が完全に結託していたなら金塊のヒントくらい与えても良いだろうし『小蝶辺明日子』という和名でなくアシㇼパという名前を伝えたのではと思います。
ただし、アイヌを『利用する』だけなのかというのは微妙なところです。茨戸編で見せた「喧嘩のやり方が気に入らない」という台詞。卑怯な手段を嫌う性格が強調されています。また、牛山など共闘できる相手は仲間に引き入れる懐の深さもあります。アイヌに対してただ利用して捨てる、という考えは持っていないように思います(希望的観測ですが)。新政府に蹂躙される境遇にかつての自分たちを重ねていて、味方をしようという気があるのでしょうか。それとも、新国家を樹立するには、古来から土地に住む彼らの協力が欲しいという理由なのでしょうか。今のところ判断材料が乏しく、結論が出るのは先になりそうです。
(ⅱ)ウイルクの思惑
土方との共謀について書いたので、ついでにウイルクの謎について2点検証してみようと思います。
(1)何故『昔の仲間』を捨てアイヌについたのか
ウイルク最大の謎として気になったのがこの問題。ウイルクは当初からアイヌの味方だったのではありません。本誌163・164話でキロランケとウイルクは共にロシア皇帝暗殺の実行犯であることが判明しました。帝政ロシアから独立をかけて戦う過激派組織の一員で、皇帝暗殺という第一級の戦功をあげた人物が仲間を裏切りアイヌにつくというのは、劇的な転向であると思います。
本編の描写を見る限りでは、幼いアシㇼパに戦士として生きる術を教えてアイヌ独立戦争に巻き込む気が満々だし、アイヌの文化を受け入れ大切に思っていたことをインカラマッとアシㇼパが間接的に示唆しています。いつから彼はアイヌに与していたのでしょうか。
切っ掛けとして自然なのは、インカラマッとの出会いです。彼女の述懐の通り、帝政ロシアとの戦いで傷ついたウイルクは、インカラマッに導かれ北海道の自然とアイヌを愛するようになったから味方になったのではないでしょうか(ちょうどアシㇼパと出会い癒された杉元のように)。
ウイルク達が北海道に来た頃は、ゴールドラッシュの話が盛り上がっていた時期です。早い段階から彼らは金を軍資金として得られないか考えていたと思います。ツイッターで少し書きましたが、ウイルクとアシㇼパ母との結婚は謀略の可能性があると考えています。北海道に潜伏中にアイヌの金塊の噂を聞き、アシㇼパ母の居るコタンが出どころに近いと知ったウイルク達は、金塊の情報を得るためにコタンの権力者(フチ)の娘との結婚を目論んだ可能性はあると思います。インカラマッとの出会いだけがイレギュラーで、図らずも北海道の自然とアイヌの暮らしの美しさを彼女に教えられ、ウイルクは変わったのだと思います。それでもインカラマッと別れアシㇼパ母と結婚したのは、金塊をアイヌのために使う決心をしたから。自分が手を引けばキロランケ達が金塊を持ち出してしまう。それを阻むためだったと考えると説明はつきそうです。
普通にアシㇼパ母を愛したから結婚したという可能性もあるのですが、ウイルクはインカラマッのことを隠して『アイヌのことはアシㇼパ母にすべて教わった』と偽ったり、妻を『ピリカメノコ(美人)』としか評していないのが怪しいと感じてしまいます。少なくとも、インカラマッのことで嘘つく必要はないと思います。実はウイルクが愛していたのはインカラマッで、アシㇼパ母は利用するため結婚したと考えるなら、娘に嘘を吐きたくなるのはわかりますが(でもこれじゃ、ウイルクがかなりの下種…)。
(2)アシㇼパを旗手に仕立てたのは何故か
これも結構不思議です。ウイルクが陣頭に立ってもよいのに、わざわざ娘を『アイヌを導く存在』として育てた理由。繰り返しウイルクが言っている『未来を託すため』という言葉も謎めいています。
14巻で鯉登少将が言っていたように、『多くのアイヌの子を巻き込むから、自分の子をまず捧げた』というのが正しいのでしょうか。それだけではなくて、ウイルクが陣頭に立てなかった理由もあると思います。
本誌163・164話で明らかになったように、ウイルクはロシアから指名手配されています。正体を偽ったままアイヌに混ざったウイルクは、新聞に写真が載れば指名手配犯であることがバレる危険性があります。ウイルクがアイヌ側に居ると知られたら、アイヌがロシアの標的になるかもしれません。また、ウイルク自身は結婚して北海道アイヌになった新参者であり、独立運動の旗印となるには影響力が弱いとも考えられます。こういった止むにやまれぬ事情から、娘のアシㇼパを先頭に立たせようとしたのかもしれません。
また、もう一つ気になるのが『未来を託すため』という言葉。まるで未来に自分が居ることを想定していないような言葉です。身分を偽っていても、独立運動が大きくなれば自分の正体は露見するかもしれない。ウイルクはロシアの指名手配犯である自分の運命にアイヌを巻き込まないよう、消えるつもりだったのでは。だからアシㇼパに『未来』を託した。愛するアイヌを守るため、自分は舞台から降りようとしていたのかもしれません。
(ⅲ)アシㇼパ
ようやくアシㇼパさん論です。半分以上土方さんとウイルクの話をしてしまいました。
アシㇼパの置かれた状況について考えてみると、逆説的な要素が浮かび上がってきます。
“誰よりも自己決定を重んずるのに、誰よりも他人に振り回される”
“人に救いを与えるのに、自分は裏切られる”
アシㇼパを取り囲む状況は、こんな風に見えます。
ウイルクにより、知らない内にアイヌのため戦えるように育てられ、慕っていたキロランケに父を殺され、尾形に杉元を殺され(生きてるけど)る。土方や鶴見中尉にも身柄を狙われる。
愛したアチャとレタㇻには置いていかれ、旅の当初では杉元にも黙って去られてしまう。これほど他人に振り回されているキャラクターも少ないのに、アシㇼパの溌剌とした行動力で悲劇的に感じないのがすごい。
特に皮肉なのは、アイヌ解放や独立をうたう者達(ウイルク、キロランケや土方)によって、アシㇼパは自由を奪われるという構図。大人の都合に振り回されるアシㇼパは、さながら明治政府によって不当に弾圧されるアイヌ民族のようです。
しかし、ゴールデンカムイ本編では希望も描かれています。
10巻に収録されている偽アイヌコタン終幕での台詞には、確かに未来への希望が感じられます。
弱くなんかない
アイヌの女だってしたたかなんだ
このコタンは必ず生き返る
(10巻91話 アシㇼパの台詞)
この言葉は、アシㇼパの明るい未来を象徴しているのでは、と思います。
「女というのは恐ろしい」という二瓶の言葉を象徴するのがインカラマッなら、「アイヌの女はしたたかなんだ」という言葉はアシㇼパを指しているかもしれません。
本誌の樺太編はアシㇼパ組に不穏な空気が漂っていますが、アシㇼパは運命に負けずしたたかに未来を選び取り、ハッピーエンドになるんじゃないかなと期待してます。
ここまで長文を読んで頂き、ありがとうございました。
次回は列強の侵攻と闘争、キロランケについて書ければと思っています。
*参考文献
https://www.ainu-assn.or.jp/ainupeople/history.html
https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/kasen_keikaku/e9fjd600000003r4.html
北海道歴史・文化ポータルサイトAKARENGA HP
https://www.akarenga-h.jp/hokkaido/kaitaku/k-02/
【五十音順・おすすめ小説紹介】33冊目 京極夏彦
おすすめ本紹介、33回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は京極夏彦氏から。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』の第一作。思い入れが強すぎて何から書いていいかわからないですが、自分の価値観を叩き壊し再構築を促した衝撃的な作品なので、簡単にですが紹介していきます。今でもおすすめTOP10に絶対入れるシリーズです。
シリーズを通しての感想や紹介は別記事でいつか書こうと思っているので(多分)、とりあえず『姑獲鳥の夏』について紹介します。
<あらすじ>
昭和27年夏。小説家の関口巽は、旧友で古本屋『京極堂』の店主・中禅寺秋彦を訪れ、 東京・雑司ヶ谷の久遠寺医院での奇怪な噂について話をした。『妊娠二十箇月たっても生まれない赤子』『一年半前に密室から失踪した夫』という怪しい話の渦中の人は、実は関口の高校時代の先輩夫妻であった。関口が衝撃の事実を知らされた直後、探偵榎木津礼二郎のもとに妊娠している娘・梗子の姉である久遠寺涼子からの依頼が舞い込み、これを機に関口は次第に事件の舞台へと引きずり込まれていく。涼子は妹の夫・牧朗を捜索してほしいと探偵に依頼するが、探偵の振る舞いは不可解で、明らかに乗り気でない。関口は榎木津の代わりに涼子の話を聞き、彼女の力になろうと奔走する。しかし、関口らを待ち受けていたのは想像を超えた事態であったーーー。過去と現在、現実と虚構が入り混じる、不気味と哀しい箱庭の真実を、京極堂が暴きだす『憑き物落とし』シリーズ第一作。
太平洋戦争後の影響を残す昭和の夏、気だるげで雑多な時代に、急速に発展する社会と消えつつある歴史のはざまに落ちた事件を独特な手法で書ききった作品。はじめて読むタイプの小説に度肝を抜かれました。横溝正史や江戸川乱歩のような不気味で妖しい雰囲気を感じるのに、京極堂の『言葉』は理路整然としていてむしろ現代的です。探偵はあくまで真実を言い当てるだけで、謎を解体するのは憑き物落としの拝み屋(探偵より探偵らしい告発者)というのも探偵ものとしては異色で面白かったです。京極堂によって次々と怪異が解体され、白日の下にさらされるカタルシスは、ミステリの醍醐味も味わえます(ただし、ミステリと思って読んだ人はあまりの型破りに驚くと思います)。脳科学、発生学、民俗学、精神医学を一つの物語に混ぜ込んでいて、しかも全てがリンクして鮮やかな結末を導いている物語の構成力もさることながら、一度読んだら忘れられない印象的な登場人物にすっかり魅了されました。
『姑獲鳥の夏』はシリーズ1作目ですが、現在8作目まで出版されていて、外伝も他にいろいろあります。文庫なのに1000ページを軽く超えてくることから『辞書』『鈍器』など呼ばれていますが、どれも物理的に重いだけでなく内容も濃いので、じっくり楽しめます。文体は結構読みやすいので、硬派な歴史ものとか(飯嶋和一さんのような)よりはスラスラ読めました。
物理的にも精神的にも重厚すぎて、ちょっと休憩したいという方には百器徒然袋がおすすめです。短編仕立てで、探偵が大活躍する痛快でクスっと笑える要素も多い外伝です。わたしはこちらを先に読んで存在を知り、姑獲鳥で心を撃ち抜かれて全作揃えました。
あと、コミカライズ化されているのですが、原作の雰囲気に合った絵柄が綺麗なのでこちらも結構好きです。ページが限られている分、ちょっと物足りなさは感じてしまいますが、原作と合わせて読むと2倍楽しめて得したような気分になりました。
- 作者: 志水 アキ
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/02/24
- メディア: コミック
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最後に、百鬼夜行シリーズの聖地巡礼(というほどでもないですが)に以前行ってきた記事を載せておきます。