本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【五十音順・おすすめ小説紹介】18冊目 上田早夕里②夢みる葦笛

 おすすめ本紹介、18回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。

前回に引き続き、上田早夕里氏から短編をもう1作。

 

夢みる葦笛

夢みる葦笛

 

こちらはホラー、SF、一般文芸などのに寄稿された作品を集めた短編集で、「リリエンタールの末裔」に比べると、幻想的な雰囲気のある作品も収録されています。

数が多いので、おすすめを一部紹介します。

 


夢みる葦笛
表題になっている物語。あるとき、街中に白いイソギンチャクのような人型の生物が現れ、ぞっとするほど美しい曲を奏ではじめる。彼らは美しい歌声で人間を魅了し、瞬く間にその数を増やしていくが、主人公はそんなイソギンチャクの歌声を不気味に感じ、耳を塞ぐようになる。彼らの正体は何なのか、目的はあるのか。人智を超えた歌声に心を奪われる人が増え急速に世界を席巻するなかで、主人公は孤独へと追い詰められ、やがて驚愕の事態を目にすることになる。幻想的でグロテスクなホラーとSFの中間のような味わいのある作品です。

 

 

氷波

 人工知性が主人公の物語。宇宙開発用人工知性「トリプルツー」と呼ばれる、人格を持たない簡素な人工知性と、地球の芸術家の精神をコピーした、人間のような反応をする人工知性「タカユキ」との交流を軸に物語が展開する。土星のC環で氷波の動きを体感し、サーフィンをしたいと切望する芸術家の人格をコピーしてつくられた「タカユキ」は、トリプルツーと共同して目的を果たすべく行動する。人間不在のまま、「人間はなぜ宇宙を目指すのか」「人間と人工知性の違いとは」「人間の未来は」など人工知性が語り合う様子が面白かった作品。土星のC環について、以下のURLに載っていたので参考までにどうぞ。

 

reflexions.jp


滑車の地

人々が鉄塔と地下都市に住む世界。冥海と呼ばれる人の住めない海を境に、その下では巨大な地下文明が発達し、人類の棲息する場所はほとんど地下に移っていた。物語はそんな地下世界から取り残された人々が棲む鉄塔の世界。前時代に残された鉄塔同士を人々は滑車でつなぎ、冥海から来る危険な生物を退けながら暮らしていた。いつか来る鉄塔倒壊の日までに、地上人たちは新たな土地を探すため飛行による探査計画、通称「アジサシ計画」を実行に移そうとするが、選ばれたパイロットは意外な存在だった。荒廃した世界で生き延びる術を探す人達という著者得意の分野の作品で、追い詰められた状況なのに、悲壮感よりもどこか爽快感のある物語です。

 


楽園(パラディスス)

クリスマスの翌日、古くからの友人である女性の訃報が届き、主人公は生前彼女が言っていた言葉の意味を考えるようになる。「私をいつまでも残したい。機械の中にー」とは、一体何のことなのか。彼女の死を受け入れられないまま、主人公は<メモリアル・アバター>で作った彼女の影に次第に心を預けるようになる。SNSやメール等のライフログから抽出したデータから仮想人格をつくりだす「人口幽霊」とも呼ばれるアバターと暮らすようになり、主人公は心の均衡を取り戻していく。しかしある日、彼女の知人から「伝言を預かっている」と言われ、衝撃の出会いを得ることになる。人のしあわせとテクノロジー、意識と機械の融和、テクノロジーが見せる新たな時代の楽園。あるかもしれない近未来への鋭い考察と、ゆれる人間の心の機微についての繊細な描写のバランスがいい作品です。

 


上海フランス租界祁斉路三二〇号

去年発売された単行本「破滅の王」の前身となった短編。日清戦争以降、日本の外務省が日中友好政策の一環として企画し、日中共同国際研究機関として開かれた「上海自然科学研究所」が舞台。そこで研究に打ち込む科学者たちが時代や政治に巻き込まれ、葛藤しながらも信念を貫く姿が描かれています。不思議な「力」を持つ青年の存在をスパイスに、SFの要素を組み込みながら歴史を描く書き方は、近未来や荒廃した未来の世界を得意として描いていた著者の新しい一面が見られて面白かったです。「破滅の王」では、この短編よりさらに「歴史もの」の要素が強く、圧倒的な知識に基づく詳細な描写は、歴史ものの長編がはじめてというのが信じられないくらいでした。こちらについて別記事で触れているのでよかったら読んでみてください。

 

zaramechan.hatenablog.com

 

 

 

短編集「夢みる葦笛」には、本記事で紹介した5作品を含め、10作品が収録されています。ちなみに、収録作品のなかの「アステロイド・ツリーの彼方へ」は、他作家とのアンソロジーにも載っています。このアンソロジーも読みごたえのある粒揃いなので、SF好きの方におすすめです。

 

 

また、今回選んで紹介した短編は私の好みなので、他の短編もぜひ読んで確かめてみてください。