本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【五十音順・おすすめ小説紹介】52冊目 太宰治

おすすめ本紹介、52回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は太宰治氏。

最近、直筆原稿が見つかり話題になったこちらをご紹介します。

お伽草紙 (新潮文庫)

お伽草紙 (新潮文庫)

 

 件の直筆原稿は、日本近代文学館(東京都目黒区駒場4-3-55駒場公園内)で今月6日から6月22日まで公開されているようです。これだけでなく学生時代のノートや小説の資料など多数の資料があるそうです。わたしも行きたいです、多分行きます。

さて、作品紹介に戻ります。

メインであるお伽草紙は、上記の短編集のなかには実は4篇しか載っていません。それが

・瘤取り

・浦島さん

・カチカチ山

・舌切雀

の4篇で、それ以外は

・盲人独笑

・清貧譚

新釈諸国噺(全12篇)

が収録されています。なので文庫を手に取って目次をめくってみると少し意外な気がしました。せっかくなので文庫全体の紹介をしていきます。

 

 

盲人独笑

徳川中期から末期に存在したある盲目の筝曲家、葛原勾当の話です。勾当の日記を孫が編纂したものを太宰が大胆に編集し書き下ろした短編で、三歳で盲目になった勾当の生涯を描いています。盲目の彼がどうやって日記を残したのかというと、彼が26歳のとき、今でいう木版技術のようなもので文字をひとつひとつ木片で作らせ、それを使って日記をしたためたそうです。なので作中でも日記はほとんど平仮名で書かれていて、柔な仮名ひらがなから、彼の琴に対する純粋な情熱を感じるような気がしました。

 

・清貧譚

聊斎志異の一篇を太宰がアレンジした作品です。

菊の花を異常に愛する男と、不思議な能力を持つ少年と姉の姉弟の出会いを描いた短編です。

弟は菊を育てる名人ですが、主人公の男は少年が巧みに菊を育てるのを悔しがったり、菊を商売に使うことを嫌がって、姉弟を邪険にします。しかしそのうち、どうしても綺麗な菊の育て方が気になり、やがて姉を娶ったこともあり姉弟と和解し菊に囲まれ平和な日々を過ごしますが、…。

 

新釈諸国噺

井原西鶴の全著作のなかから太宰が気に入りの12篇を選び出し、大胆に換骨奪胎した作品集です。本当は20篇くらい書く予定だったようですが、作品中で「へばった」と漏らし、短編を書くことの大変さをこぼしています。そのため12篇のようです。物語の舞台もまんべんなく選び出し、北海道から九州までの話が多彩に綴られています。

わたしが一番好きなのは『吉野山』です。ある出家した男の話ですがこの男、ちっとも俗っぽさが抜けていないのが可笑しく、出家した者のなかにはこんな人間も結構居たのではないかと思いました。

大した志もなく、周りが止めるからむきになって出家してしまった男は、里の人から高い米やみそを買わされたり、犬の毛皮を熊と偽られて買わされたり、寒さや飢えにあえぎながら愚痴ばかりこぼしています。そこまで言うなら還俗して下山すればいいものを、男にはそれができない理由がありました。その理由とは、お婆さんが大切に取っているへそくりを盗んでしまったことでした。お婆さんはへそくりの周囲を巡回するだけで、中を確認しないのでついつい男は少し盗んでしまい、終いにはそっくり持ち逃げしたまま出家して山へのぼってしまいます。出家したことで酷い目に遭っていると嘆きつつ、自分の悪事がバレることを恐れ、下山もできない。小心者の小悪党の男は全然仏に帰依などできておらず、むしろ余計に俗っぽくなっているんじゃないかという感じさえ漂わせています。風刺の効いたこの短編はいかにも太宰らしくって一番印象に残りました。

 

お伽草紙

最後が表題作で、直筆原稿でにわかに話題となっているお伽草紙です。 上記の短編と違い、瘤取り爺さん、浦島太郎、カチカチ山、舌切り雀となじみ深い日本の昔話を太宰が大きくアレンジした作品集です。どれも、知っているはずの話なのにすごく斬新で楽しめますが、ここでは「浦島さん」を紹介します。

ストーリーの大筋は皆さんの知っている「浦島太郎」と同じですが、太郎と亀の噛み合わない会話とどこか厭世観漂うような、逆に明るいような物語の結論が意外で面白かったので選びました。たとえば、助けてもらったお礼に竜宮城へ案内しようと、亀が浦島太郎へ語りかけた場面では以下のような会話がなされます。

「いや、もう私は、何も言わん。私のこの甲羅の上に腰かけて下さい。」

浦島は呆れ、

「お前は、まあ、何を言い出すのです。私はそんな野蛮な事はきらいです。亀の甲羅に腰かけるなどは、それは狂態と言ってよかろう。決して風流の仕草ではない。」

 (新潮社「お伽草紙」p241より一部引用)

 終始こんな調子で、亀の背で船酔いしたり、美人の乙姫に赤面したり、変なことばかり気にして亀と頓珍漢なやり取りをする浦島太郎。話の筋が同じなのに、これほど面白く語れるのかと驚きました。

 

表題の「お伽草紙」を含むこの作品集は、富嶽百景のようなクスッと笑うユーモアに加え、駆け込み訴えのようなちょっと刺激的な風刺を味わえるバランスのいい1冊です。あまり本屋で見かけないことが多かったのですが、ニュースを機にまた増刷してくれるといいな、と思います。