辻井伸行 日本ツアーdebut10years に行ってきました。
今日、東京サントリーホールで行われた辻井伸行さんのピアノコンサートに行ってきました。
昨年10月のラフマニノフのピアノ協奏曲を聴きに行って以来で、今年初の演奏はやっぱり素晴らしかった。オーケストラとの共演もいいけれど、ピアノリサイタルだとじっくりとピアノの1音1音が聴けるのがお得に感じて好きです。今回も、繊細な透き通った音と激しい熱のこもった音を自在に使い分け、癒しと圧倒を同時に感じさせる奇跡のような演奏でした。この興奮の冷めやらぬうちに、ルポとして書き残しておきます。
さて、本日演奏した曲は
ー前半ー
月の光(ドビュッシー)
水の戯れ(ラヴェル)
ラ・カンパネラ(リスト)
ー後半ー
Ⅰアレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーソ
Ⅱアンダンテ・コン・モート・エ・ポコ・ルバート
Ⅲアレグロ・ベン・リトマート・エ・デチーソ
3つのジムノペディ(サティ)
Ⅰゆっくりと、痛ましげに
Ⅱゆっくりと、悲し気に
Ⅲゆっくりと、おごそかに
8つの演奏会用練習曲 作品40(カプースチン)
Ⅰプレリュード
Ⅱ夢
Ⅲトッカティーナ
Ⅳ思い出
Ⅴ冗談
Ⅵパストラール
Ⅶ間奏曲
Ⅷフィナーレ
ーアンコールー
別れの曲(ショパン)
ジェニーへのオマージュ(自作曲)
前半は、最早定番となった英雄ポロネーズから。
力強いパワフルな音と極彩色のように華麗な旋律で開幕から盛り上げます。辻井さんの弾くこの曲は、こんなにも音数が多く重層的にできていたのかと驚くほどで、流石定番となるはずだと納得させられます。
次曲はドビュッシーの月の光。日本人に人気の曲で、静かな夜にやさしく降り注ぐ光のイメージが浮かぶ曲です。ベートーヴェンの月光と比べると随分印象が違うのが面白いです。英雄ポロネーズの烈しさから一転、ホールを包み込むようなやさしい主旋律がはじまり会場の空気を変えてゆきます。1曲目から鮮やかに変化する演奏は、聴いているだけなのにジェットコースターに乗っているような驚きを感じさせます。何度も聴いたことのある曲でもドキドキしました。
続いてラヴェルから2曲。亡き王女のためのパヴァーヌと水の戯れ。前者は主旋律が1音ずつ弾かれるこの曲の特徴を生かし、1音ごとの余韻が心地よく耳に残る、しかもそれが全く濁らない演奏が見事です。後者は水面の波紋が次々と浮かんでは消えてゆくような複層的なメロディで、CDで聴いたときよりもキレが鋭くなったと感じました。清らかなだけでなく、奔流のような烈しさも内に秘めているようなイメージで、生演奏だから余計にそう感じるのかもしれませんが、全く観客を飽きさせない緩急のきいた演奏でした。
前半最後はリストのラ・カンパネラ。こちらも定番となる曲で、アンコールなどでもよく演奏しているのをみます。今日の演奏は重厚さを感じるスタイルで、私見ですが辻井さんのラ・カンパネラはCDを比較したりコンサートごとに比較してみると、割と弾き方が大きく変化しているように思います。速さや軽やかさ、重厚さなど、ときによって受ける印象が異なり面白いです。素敵でしたが、私はもう少し軽やかさがあるほうが好みでした。
後半はガーシュウィンの3つの前奏曲から。ガーシュウィンの曲はちょっと変わった、小気味よいような調子の曲が目立ちます。この曲もよく弾かれるものですが、いわゆるクラシックらしい曲というよりカジュアルな雰囲気があって、辻井さんの軽やかな演奏ともよくマッチしています。
続いてサティのジムノペディ。こちらを辻井さんが弾いているのを初めて見ました。有名な曲ですが、かなりシンプルでピアノリサイタルで弾く人はあまりいないのではないかと思います。音数が少なく、テンポもゆったりとしている曲で、その分1音1音がはっきり聴こえるのため、下手に弾くと物足りなく感じてしまう曲です。前半の月の光や亡き王女のためのパヴァーヌを聴いたときも感じましたが、シンプルだからこそ主旋律の明晰さ、1音ずつの強弱や鋭さ、柔らかさが如実に現れていて胸を打たれるような印象的な演奏でした。辻井さんのピアノは超絶技巧や激しく熱の籠った演奏もいいですが、やはり静かな曲、シンプルな曲の音の美しさがとても素敵だと感じます。まるでピアノではないような、特別な楽器のような美しい音色は彼にしか出せないものかもしれません。
後半最後はカプースチンの8つの演奏会用練習曲作品40。カプースチンはウクライナ作曲家、ピアニスト、ミュージシャンで、1961年にモスクワ音楽院を卒業した後、2008年にもCDをリリースしている人物です。ジャズとクラシックの融合した音楽を多々生み出している独特な作曲家、演奏家であることが特徴です。現代音楽の枠に入るため、コンサートなどではあまり聴かないけれど、ジャズピアノなどに興味がある人には有名かもしれません。辻井さんもデビュー10周年記念のツアーを行うにあたり、新しく挑戦しようと選んだそうです。あまり想定していなかったジャズ寄りの曲でしたが、軽妙でウィットに富んだ演奏に、音の正確さ、旋律の滑らかさが相まって、まさにジャズとクラシックの調和を感じました。わたしは以前別の記事でも紹介したのですが、ブギウギピアノの演奏家レ・フレールのファンで、彼らの演奏を聴いたときに今まで聴いたことのない新しい音楽だと感動したのを覚えています。今回の辻井さんのカプースチンは、そのような新しい風を感じさせるピアノで、今後も彼の演奏はどんどん進化してゆくのだろうという予感を覚えました。
最後にアンコールを2曲。1曲目はショパンの別れの曲。3月という季節にぴったりだと思いながら堪能。ゆったりとした旋律から急転し、静かにやさしく終わる余韻を楽しめました。2曲目は自作曲から、ジェニーへのオマージュ。辻井さんの自作曲は、結構シンプルなものが多いです。最初の頃によくCDで出されていたものは、綺麗だけれども少しどれも似通った、特徴の少ない曲であるように思います。別記事でも紹介したのですが、作曲家でピアニストの清塚信也さんはドラマ等に多数書き下ろしています。彼の作る曲はドラマ等のイメージに沿いながらもかなり個性を感じる、耳に残る曲が多いところが凄いと思います。辻井さんの自作曲は比べると少し物足りなさがあるな、とちょっと感じていました(キャリアでいうと清塚さんのほうがずっと長いし、ピアニストとしてかなり多忙な辻井さんが作曲までこなすという時点ですさまじいのですが・・・)。
今回、ジェニーへのオマージュという曲を初めて生で聴いたのですが、今までの自作曲と何かが違うような印象を受けました。静かに流れ、和音が綺麗に流れるだけでなくどこか切なく、引き込まれるような音色で、奥行きを感じるいい曲だなと素直に感じました。ピアノだからこそ出せるまっすぐな旋律と複雑に絡み合う和音の調和、それがすごく素敵に思える曲でした(参考に載せておきます)。
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日々進化してゆく辻井さんの色々な音を聴くことができて、とても豊潤で価値のある時間を過ごせました。生の音だからこそ、ホールだからこそ味わえる、全身で音楽を楽しむ感覚というのは得難いものです。ジャズとクラシックの融合であったり、自作曲への期待だったり、変わらず美しい音色だったり、ますます辻井さんの音楽を好きになった1日でした。
唯一の悩みは、皆が辻井さんの魅力に気づくと、ほんとにチケットが取れなくなって困るということですね。
↓ちなみに、記事内で触れた過去記事はこちら