【王とサーカス読了】答えのない問い
最近、咽頭炎にかかって丸一週間寝込んでいました。
大人になってからひく風邪の威力ってすごいですね。
つばを飲み込むだけで涙目になるほどの激痛、呼吸しても痛みが走るくらい腫れあがった喉、鎮痛剤を飲んでるのに痛みで眠れない夜…
久々に健康のありがたみを痛感しました。
皆様も季節の変わり目、風邪にはどうぞご注意ください。痛みがあったら早めに耳鼻科を受診したほうがいいです(高熱が3日、点滴3日、体重が2キロ落ちました)。
さて、症状が落ち着いた頃、一日中寝込むのがつらいので適当に本を読もうと思い、前に買ったままほったらかしていた「王とサーカス」を手に取りました。
読んだら書かずにはいられなくなってしまったので、感想と気になった点について書いていきます。
※以下は本編のネタバレを多分に含むので、未読の方はご了承ください。
<あらすじ>
新聞記者を辞めたの太刀洗万智は、自分の目指す道を見定められないまま日々を過ごしていた。そんなとき、知り合いから海外旅行特集の協力を頼まれ、事前調査のためネパールに向かうことになる。現地で知り合った少年にガイドを頼み何気ない異国の日常を楽しんでいた最中、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発し、平穏な時間は破られてしまった。太刀洗は早速取材を開始したが、情報を得るため知り合ったばかりの男が突然変死体で見つかり、事態は混迷をきわめていく。彼はなぜ殺されたのか。真実を求め、行動する彼女が最後に見たものとは…。
別作品「さよなら妖精」で登場したクールな女子高生、太刀洗万智の10年後を描いた作品で、ネパールの首都カトマンズを舞台としたサスペンスミステリです。
異国情緒あふれる情景描写、国際情勢を背景とした陰謀論、怪しげな旅人たち。これらの要素が組み合わさり、全体像の見えない事件と犯人の真意が最後まで読めない展開、ちりばめられた伏線など、「王道ミステリ」という感じで楽しめました。
また、ミステリとしてトリックを楽しむのもいいけれど、本作品の扱うテーマが秀逸でした。
「貴方の行動は、ただのエゴイズムではないか」
事件が起きてから、記者として取材をすすめる太刀洗に対して投げかけられた疑問。
「なぜ事件を取材して記事を書くのか。」
「他人の悲劇を面白おかしく書きたて、娯楽として消費しているのか。」
「マスコミなどいくらでもある。真実を伝えたいというなら、彼らだけでも十分ではないか。個人の記者が同じことをしようとしても、何の意味があるのか。」
祖国の事件を面白おかしく書きたて、サーカスのように消費されることを拒絶する相手に対し、太刀洗が悩む描写がいい。
記事を書く人も、読む人も、他人の不幸を娯楽のように楽しみ、忘れ去るだけではないのか。
悲惨なニュースを観て「かわいそうに」と言いながら、心の底では楽しんでいるのではないか。
本気で共感し、行動を起こす者などほとんどいない。野次馬根性に大事な祖国を荒らされたくない。
記者である主人公より、取材相手の論理のほうがよっぽど「正義」に思えて、読みながらも苦しく思うようなテーマです。太刀洗が出す答えについては、ぜひ本編で確かめて頂ければと思います。
答えのない問いについて、ゆっくり考えるきっかけをくれるいい本でした。
※犯人についてネタバレ
最後にもうひとつ。感想ではないのですが、気になった点について。
実行犯のひとり、Yさんの宗派って、やっぱり臨済宗でしょうか。
「乾屎橛」
これを見て、「鉄鼠!」と思った人結構いるんじゃないでしょうか。泰全和尚…。
「麻三斤」にしなかったのは、大麻密売のヒントになってしまうからでしょうか。
それとも、そんなに綺麗な人間じゃない、見誤っているという暗喩なのでしょうか。
YさんやS少年、本編で明らかにされなかった部分の考察って楽しいですね。謎めいていて、空想の余地がたくさんあります。
それにしても、まさか鉄鼠の知識が他の本で有効とは思いませんでした。
百鬼夜行シリーズの記事もそろそろ書こうかな。
【2018夏読書】選書一覧
ようやく暑さが落ち着き、急に肌寒くなってきました。
あまりの猛暑に今年の夏は読書がはかどりませんでしたが、今年は印象深い本をより多く読めたような気がします。
読書の秋に突入する前に、夏に読んだ本を振り返っていきます。
①飯嶋和一
楽しみにしていた飯嶋和一の最新作。
さすがというかやっぱりというか、圧倒的な情報量で殴られる内容に、読破まで1か月以上かかりました。
主人公は、徳川家康の嫡男ながら若くして切腹を命じられた徳川三郎信康の小姓衆の一人、沢瀬甚五郎。主人公の父が徳川家に弓引いたため逆臣の遺児として農村に追いやられて幼少期をすごした甚五郎は、騎馬や鉄砲の技術を買われて徳川家に取り立てられ、充実した日々を過ごしていた。しかし、間もなく三郎信康の失脚と共に仲間殺しという無実の罪を着せられ、過去を捨てて出奔するところから物語が始まる。
その後、放浪の果てに様々な人と出会い、商人、船の交易を学び第二の人生を送り始める様子が上巻にじっくりと描かれる。しかし、順風満帆の日々はそう続かなかった。織田信長が倒れ、豊臣秀吉が権力を握るにつれて、従来の群雄割拠の時代は終わりを告げた。中央集権の政治により徐々に締め付けが厳しくなり、商人たちも次第に自由な交易ができなくなる。そんな中、追い打ちをかけるように秀吉による朝鮮出兵がはじまり、日本中に不満と不穏な空気が充満していく。甚五郎にもついに朝鮮出兵の余波が降りかかり、数奇な運命が回っていくことになる。
穏やかな希望のある日々に暗雲が立ち込めていく描写は、飯嶋作品の十八番です。上巻はその空気の移り変わりが見所でした。下巻は朝鮮に赴いた甚五郎のその後、さらに流転していく運命を描いています。逆臣の子から徳川家家臣になり、その後罪人の汚名を着せられて出奔。商人として第二の人生を送るも、時代に翻弄され想像もできない運命を生きた主人公。動乱の時代、激変の時代であっても悲劇を嘆くのでもなく、諦めるのでもなく、人生を生き切った人物の伝記でした。
②吉村昭
今年春からマンガ『ゴールデンカムイ』にハマった影響で、明治時代の本が読みたくなって購入した本。日露戦争の講和条約締結に尽力した外務大臣・小村寿太郎の伝記小説です。
吉村昭というと、庶民など体制側の反対に居る人たちを題材にした市井の人を描くイメージが強かったので、著名な外交官がメインのお話というのは珍しい印象です。日露戦争は勝利したとはいえ、多数の兵士の犠牲と火の車の財政でギリギリの状況でした。対するロシアは革命機運が高まり内紛状態だったとはいえ、兵力・国力ともに十分に余力がありました。歴史の教科書では一行しか書かれない『日露講和条約』が、綱渡りの駆け引きであったと知る人は意外と少ないのではないでしょうか。自分の全てを賭けて講和条約を締結させるため、知恵を絞り精神をすり減らし一歩も引かず交渉に臨む矜持の高さは、今の政治家にも見習ってほしいと思えてなりません。結果を知っていても手に汗握る緊迫感のある外交シーンは一見の価値ありです。
吉村昭の短編集を読んだことがなかったので軽い気持ちで読み、絶句しました。
熊嵐をはじめて読んだときにはあまりの怖さに眠れなくなりましたが、この短編集の怖さはまた一味違いました。
動物を題材とした短編集ですが、描かれているのは動物と人間の絆とか、愛とかではありません。自然の厳しさ、動物への執着、人間の狂気、そして予定調和とならない虚無的な現実。
人間は生きていく上で動物や自然に頼ったり、利用したり、娯楽として消費したりしています。高級な錦鯉などは誰でも名前を知っていますし、血統書つきの動物など高額で売買される愛玩動物は日本中にたくさん居ます。そのほか闘鶏や見世物小屋の猛獣など、ペットとしてではなく娯楽専用に飼われる動物も居ます。しかしそういった動物がどのように生み出され、育てられているかはよく見えないようになっています。全然手軽でも気軽でもない舞台裏の、仄暗く妖しい魅力にとり憑かれた人物たちの恐ろしさを描き切った見事な短編集でした。
生活の糧、娯楽、高級品。様々に生活のなかで消費される動物と自然の持つ恐ろしさ、人間とのかかわりで生まれる悲劇が淡々と描かれるのがこの短編集の見所です。
③武田泰淳
『羆』にあてられて、怖い話を読みたくなって選んだ本。有名だけど読んだことのない本だったので、ついに読めて満足しました。
娯楽としてのホラーや猟奇趣味ではなく、むしろ猟奇的な描写よりも心理描写や情景描写から怖さを感じる小説でした。
太平洋戦争中、 北海道羅臼沖で難破した船の乗組員たちに起こったある事件がこの小説の主軸です。苦手な人は避けたほうがいいと思います。『食人』がテーマのお話なので。しかし、どうしても気持ち悪くて読みたくない、というのでなければおすすめしたい本です。
冒頭は羅臼を訪ねてきた『わたし』がひかりごけという不思議な植物を見るために地元の人間に案内してもらうところから始まる。そこで過去の『人肉事件』という恐ろしい話を聞き、事件の全容が明らかにされてくる。
船が難破し、無人島に漂着した乗組員たちは、寒さと飢えをしのぐため浜に打ち上げられたアザラシやかもめを獲って節約しながら食べて露命をつないでいた。しかしとうとう食べ物も尽き、餓死する船員が出る中で、ひとり船長だけが無事に保護され人々を驚かせた。最初は黙して何も語らなかった船長は地元で無事を喜ばれたが、調査隊が現地調査をしたことで事態が一変した。船長は仲間の肉を食べて生き延びたという嫌疑がかかり、死体毀損、死体遺棄の罪に服することとなった。
前半から中盤にかけて『わたし』の視点で過去の事件を振り返っていて、後半からは事件の様子を戯曲として描いています。後半は第一幕が漂着した無人島の洞窟、第二幕が船長が引きずり出された法廷の場となっています。この戯曲のくだりで描かれる生生しい極限のやり取り、噛み合わない法廷の場面が秀逸なので、苦手でなければぜひ色々な人に読んでほしいと思います。
④カミュ
内容を全く知らずに読みましたが、ちょうど良いタイミングでした。『ひかりごけ』と対比で読むような順番になったので、面白かったです。
母親の葬式で涙を流さず、悲しむ様子もない。母親が死んだ次の日に、彼女と一緒に遊ぶ。そして、数日後『太陽がまぶしかった』から人を殺した。死刑を宣告されても、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。理解しがたい主人公を通して描かれる不条理劇です。
情愛や親愛、倫理などは、誰もが持って当たり前だと思っている人に『当たり前などない』ということを突きつけるのが本作のテーマだと思います。作中で主人公は一切錯乱などせず、ずっと冷静で、淡々と過ごしています。彼にとって周囲のいう『罪』は罪ではなく、良心の呵責を覚えることもない。しかし受け入れられないことも承知していて、それゆえに盛大に『他人から罵声を浴びせられる』ことに歓喜を感じている。
ただ悪人と断じ、例外を認めない社会をあざ笑うかのようなヒヤッとする小説です。
⑤小松和彦
京極夏彦にハマってから読み始めるようになった民俗学の本のなかで、今年読んだ本作は読みやすく、馴染みのある話がメインで面白く読めました。京極堂の蘊蓄が好きな人は絶対ハマる…と思います。
西行の反魂術、酒呑童子伝説、妖狐-玉藻前、竜宮-浦島太郎、七夕説話、義経伝説、異類婚姻譚。民俗学に馴染みのない人は聞いたことのある浦島太郎の話や、七夕、人を誑かす狐、天狗など親しみやすい話題から読むのがおすすめです。
妖怪やおばけはおとぎ話であり、大衆娯楽のキャラクターとして形骸化したものしか今は残っていないように思いますが、民俗学はお話の裏に隠された妖怪の『もう一つの姿』を見せてくれます。一見現実とかけ離れた突飛な話や存在であっても、時代背景を読み解くと真実の姿が見え隠れする。妖怪や異界、民俗学などというと怪しげな話だろうな、と以前はわたしも考えていましたが、ロジスティックに魔性の者の正体を暴いていくカタルシスは、むしろ現実的で論理的な人こそ楽しめると思います。
妖怪の概念が変わること間違いなしの1冊です。
吉村昭の『ポーツマスの旗』と合わせて読んだ本です。日露戦争の詳細が詳しく書いてあるので重宝しました。
幕末から明治期にかけての小説を数多く書いた歴史小説の大家・司馬遼太郎のインタビュー記事やエッセイ記事をまとめた本です。各作品のこぼれ話や創作秘話なども書かれているので、ファンの方は読んでみると面白いかもしれません。
個人的には日露戦争の資料がほしかったので、日本側の戦力分布や艦隊の数、陣形、軍首脳部や参謀、政府の状況などが書いてあって大変参考になりました。日露戦争は、不凍港を得ようと東アジアを侵食するロシアを止めるためにはじまった戦争ですが、当時日本は開国し、政権交代したばかりの弱小国。なぜ日本が辛勝を収めることができたのか。なぜ過酷でギリギリの戦いだったのか。世論と戦争の関係とは。疑問に思っていたことがするするとほどけてくる話でした。興味がある方は『ポーツマスの旗』とセットで読むと流れが見えてきてより面白いです。
⑦網野善彦
「日本」という国名はどこから来たのか?いつから呼ばれているのか?
この問いに答えられる日本人はあまり居ないのではないでしょうか。
本書には、最近NHKの番組で話題の「チコちゃんに叱られる」でも取り上げられそうな日本の歴史の蘊蓄がふんだんに盛り込まれています。
当たり前に思っていた日本の歴史、言葉の使い方、それらが実は間違っていたという目から鱗の話がたくさんでてきて、正確に歴史を知る、言葉を扱うことの難しさを思い知らされました。百姓は農民ではない、日本は閉ざされた島国ではなく頻繁に交易をしていた、関東と関西は長い間別の文化だった、等現代の感覚でははかりきれない過去の日本を教えてくれます。
教科書で知ることはほとんどない『もう一つの歴史』を辿る1冊です。
以上、夏に読んだ印象的な本の紹介でした。
紹介しきれなかった本もあるので、それらは別の記事か連載のほうで書いていきます。今年は小説ではなくノンフィクションや新書系にも興味が向いていたので、なんとなく知識が増えたような気がします。
また、今年は以前読んだ本の再読ができて楽しかったです。
特に十代のときに読んだ本は、全然感じ方が違って目を開かされる思いでした。
読書の秋も引き続き、満喫したいです。
【五十音順・おすすめ小説紹介】36冊目 黒川伊保子
おすすめ本紹介、36回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は脳科学者、黒川伊保子氏から。
脳科学っておもしろい。
本書はこれに尽きます。この著者はほかに『恋愛脳』や『夫婦脳』などで、どうにもすれ違う、イライラしてしまう男女の関係を脳科学で解明する主旨の本を出していますが、男女や恋愛などに囚われず、人間全体の脳の発達について述べられた本書が一番面白く感じました。
一問一答形式のエッセイなので、特にあらすじはありません。個人的に面白かったのが
・どうしたらモテる?
・祈りの科学、ふたたび
・三つ子の魂、も真実である
・誰もが人生の達人になる
・ことばの触感
などのお話でした。
著者の独特の語り口がちょっと苦手なのですが、内容が面白かったので男女ともにおすすめしたいです。パラっとよんで「うーん。あんまり得意じゃないな」と棚に戻してしまうのは勿体ない。なぜイライラするのか。なぜ他人とすれ違うのか。なぜ思ったように行動できないのか。イライラした気持ちを消す方法とか、ポジティブに考えるためのハウツー本はたくさんありますが、「なぜ」と理由を説明してくれる本は意外とありません。精神論や対症療法ではなく、脳科学の観点で原因そのものをずばり説明してくれるのが本書のいいところです。
第二章『一生の脳科学』では、未だ多くの謎に包まれている脳の進化についてわかりやすく述べられていて、特に興味深かったです。
生まれたときから幼児期、思春期、二十代、…果ては九十代(さらにその先まで!)の脳の状態は、すべて異なるという主張。
歳を重ねるにつれて万華鏡のように変化していく脳の世界。未来の自分の脳は、自分にどんな世界を見せてくれるのでしょうか。この本を読んだ後、歳をとるのがちょっと楽しみになりました。
【おすすめ映画】スターリンの葬送狂奏曲
今年 8月3日から上映している問題映画『スターリンの葬送狂騒曲』。
本作は1953年のソ連を舞台に、恐怖政治で社会を牛耳っていた独裁者ヨシフ・スターリンの急死によって巻き起こった権力闘争を描いた作品。ロシアで上映が禁止されるほど辛辣なブラックジョークが持ち味です。
映画館で見られる内にぜひ多くの人に観てもらいたいと思い筆を執りました。
まだ観てない方へ。
騙されたと思って観てほしい。
近年観た映画のなかで、ベスト3に入るくらい衝撃的な作品でした。
思いっきり笑える、感動で涙する、スカッとする等、映画は色々な気持ちを呼びおこしてくれます。しかし、この映画はちょっと違いました。
価値観や常識を揺さぶり、観た後時間が経つほどに心を侵食してくる衝撃作品です。
日本の映画は、全国の映画館で上映される作品といえばハリウッドなどスカッとするアクション系、人気アニメ、小説等が原作の感動ドラマが多い印象があります。本作は史実を元にしたいわゆるブラックコメディ映画です。権力を風刺と皮肉で描くコメディというジャンルは、日本でメジャーな方ではないと思います。風刺や皮肉を含んだ読み物は大好きでよく読むのですが、映画というと全然観たことがありませんでした。それだけに、観たときの衝撃はすさまじかったです。
正直なところ、テンポが速く重要な人物の名前もほとんど知らない状態でふらっと観に行ったので、ところどころ展開がつかめない部分もありました。
しかし、役者の名演と笑いを誘う機智に富んだセリフ回しにあっという間に引き込まれました(ちなみに英語の音声なので、聞き取ってみるとさらに面白いです。字幕で表しきれないジョークにクスッとすると思います)。スターリンの後継者の座を巡り、おおまじめに策を弄し足を引っ張り合う4人が滑稽で可笑しいのに、ところどころ挿入される恐怖政治の描写にヒヤッとさせられる。このバランスが絶妙で、『ブラックコメディ』という触れ込みにふさわしい内容でした。
そして一番皮肉が効いているのは、ロシアで『上映禁止』となったことです。
権力を風刺する作品を、権力が抑圧する。これこそ皮肉の極みではないでしょうか。
これについては日本も対岸の火事ではないかもしれません。
自国第一主義、全体主義を掲げる国が増えている世界情勢。20世紀の大戦前のような不穏な空気を感じるという声があがりつつある現代社会。映画を観たあと、笑っていたコメディが笑えない現実に摺り替わってしまわないだろうかという恐怖も感じました。
映画よりブラックなのは、『現実』かもしれない。
それこそ全然笑えないブラックジョークです。
以下に上映館を載せておくので、偶々時間が空いた、ちょっと興味があるという方はぜひ。おすすめです。
【五十音順・おすすめ小説紹介】35冊目 栗本薫
おすすめ本紹介、35回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は栗本薫氏から。
小学生のときにうっかり手に取って、大変苦労した作品。
おそらく、小学生が読むにしては色々難のある作品だった気もします。ただ、長い作品を読む根気と歴史もの、大河とよばれるジャンルへの興味を掻き立てたのは、間違いなくこの作品でした。
<あらすじ>
中原の辺境、魑魅魍魎が跋扈するルードの森に記憶を失った一人の男が倒れていた。その男は自分の名前から素性、これまでの経緯をすべて忘れていたが、ひとつだけ異様な特徴があった。-彼は世にも奇妙な『豹頭』の人間であった。
同時期、中原の古き大国パロの双子の王子と王女が、戦争から逃れるためにルードの森へ飛ばされていた。豹頭の男グインと、王子レムスと王女リンダ、そして偶々合流した傭兵イシュトヴァーンの4人組は、王子らを祖国パロへ帰すため壮大な旅に出ることになる。
この4人の出会いから、長大な物語『グイン・サーガ』が幕を開ける。
豹頭の戦士グインが自らの正体を探すために旅をする漂流譚であり、祖国を取り戻そうと奮闘するリンダとレムスの成長物語であり、一介の傭兵から王へ成り上がろうとするイシュトヴァーンの血塗られた覇王譚でもある。主人公たち以外にも多くの登場人物の人生が絡み合い、めでたしで終わらない苦悩と歓喜の混沌の物語。
https://www.guinsaga.net/index.html より引用
現在は原作者逝去により別の作者が物語を引き継いでいますが、それでもまだ結末の見えてこない大長編で、143巻まで刊行されています。
主要(名前が何度も出てくる)人物だけで100人を超えるし、大国から小国まで10以上の国の内情(政治や文化、歴史)まで微に入り細を穿ち描かれるため、既刊まですべて読んでいてもなかなか全ては頭に入ってきませんでした。
いままでで一番感想が書きづらい作品です。
自分としても面白かった部分と受け入れにくい部分の両方があって、『精緻に練られた物語』とか『感動巨編』とかではしっくりきません。特に後半になると冗長な文章や展開が続き、「つまらない」という声も多く聞きました。でもわたしは、グインサーガの魅力は全体で見てこそ、と思います。ファンタジー巨編や大河ロマンという作品は他にもたくさんあります。しかし、愛憎入り混じり複雑に絡み合い、すれ違う人間模様が劇的に描かれる群像劇という意味でグインサーガは突出していると思います。
妄執、悲哀、絶望、孤独、憎悪、卑小さを描かせたら右に出る者はいない、というくらい鬼気迫る人間描写はグインサーガならではだと思います。ドロドロの愛憎劇と暖かな家庭や親愛。薄紙一枚で表裏の入れ替わる怖さが醍醐味です。
本編だけでも長くて読むのが大変なのですが、外伝もおすすめしたいです。本編で描かれなかった登場人物たちの過去編が中心で、短編仕立てなので本編をあまり知らなくても、全部読んでいなくても楽しめます。個人的には以下の巻がおすすめです。
パロの宰相アルド・ナリス、その弟で王家を出奔した吟遊詩人マリウス、パロの魔道師ヴァレリウス、そしてアルゴスの黒太子スカールの16歳の日々を描いたサイドストーリーです。全員、主人公4人に次ぐ重要人物であらゆる登場人物と交錯し、運命を変えていく役割を持つので、外伝を読むなら押さえておきたい1冊です。本編より先に読めないこともないと思います。
パロ王家に連なる異母兄弟、アルド・ナリスとアル・ディーン(後のマリウス)の若き日々を描いた外伝です。
複雑な宮廷事情のために幼い頃から両親に養育されず、異母弟のアル・ディーン(のちのマリウス)とともに冷遇に耐えていたナリス。弟を庇護し、王族として歩もうとするナリスと、血の呪縛を厭い自由を望むディーンのすれ違う兄弟の物語です。愛憎劇の多いグインサーガのなかでも、この兄弟の哀しさは秀逸でした。ナリスの理解されない愛が苦しい。
国も文化も歴史も全く違う人たちがそれぞれの人生を生きている中で、運命を交差させていく。そういう大河ロマンと呼ぶべき魅力がある作品です。