本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【五十音順・おすすめ小説紹介】40冊目 酒見賢一

おすすめ本紹介、40回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は酒見賢一氏。

墨攻 (文春文庫)

墨攻 (文春文庫)

 

 酒見賢一氏を知ったはじめての作品。

 『墨子』と聞いて、ピンとくる人はそんなにいないんじゃないでしょうか。

中国の春秋・戦国時代、諸子百家の時代に台頭した思想のひとつ『墨家』の始祖が墨子です。様々な思想家の入り乱れたこの時代でも一風変わった哲学を編み出し、一時は巨大な勢力を誇ったそうですが、国の統一が進み始皇帝の秦が現れた頃から歴史から姿を消したようです。日本で一番有名な『孔子』の儒教と同時期ですが、継ぐ者がいなくなったため、耳にしたことがない人も多いでしょう。

しかし、この『墨家』。一筋縄じゃいかない面白い思想家集団だったんです。

本書は墨子教団の一人の男が、ある城の窮地に駆け付け、絶体絶命の危機を奇策を持って救うという話です。

 墨家の思想は『兼愛』と『非攻』です。兼愛とはおおざっぱに言うと博愛主義のことで、自己と他者とを区別せず、自分を愛するように他人を愛しなさいという思想で、キリスト教のような雰囲気があります。もうひとつ、非攻とは戦を回避することであり、他国へ侵略しようとする国を説得したり、侵略を受けている者の防衛を助けたりしていました。面白いのはまさにここで、非攻といっても専守防衛は認めていることです。博愛と非戦を説いているのに、守るための戦いは厭わない。むしろ城の防衛など戦の戦略・戦術の知識を多分に持ち、その力をもって弱小国家の戦争を助けていたといわれています。

小説ではそんな墨子教団がどうやって防衛戦を繰り広げたのか、どんな精神を持っていたのかを描いています。淡々とした、削ぎ落された文体がむしろ想像を掻き立てます。

 馴染みのない題材ですが、さらっと読みやすい文体でおすすめです。

 

泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)

泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)

 

 三国志好きは、読んではいけない本。

 『墨攻』を読んでからこれを読むと、頭が混乱します。

どうも酒見氏は、まじめに(?)書いているときとそうじゃないときのギャップがあります。とりあえず、普通に北方謙三氏や吉川英治氏のような三国志のイメージを持っている方、時代劇や司馬遼太郎氏のような熱い時代物の好きな方は読んではいけません。これはかなりの曲者です。

上記では全然紹介になっていないので説明すると、話の大筋は『三国志』に沿っています。しかしタイトルのような『泣き虫弱虫』な諸葛孔明が描かれるかというと、それも違います。今まで読んだり、観たり聞いたりしてきた諸葛孔明とは全く違う、クレイジー孔明が楽しめます。三顧の礼から泣いて馬謖を斬るまで、有名どころのシーンを押さえていますが、これを読んだ後普通の三国志がわからなくなります。

まじめじゃない三国志でもいいよ、という人ならおすすめです。少し三国志関連の知識があるほうがより楽しめると思います。三国志演義もちょっとかじっていれば更にいいですが。あと、エヴァとかさらっと入ってます。

 

後宮小説 (新潮文庫)

後宮小説 (新潮文庫)

 

 なんと第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作です。

日本ファンタジーノベル大賞とは、あまり脚光を浴びることがないですが、森見登美彦氏の『太陽の塔』や、仁木英之氏の『僕僕先生』など有名な作品も度々ある賞です。

ただ、この『後宮小説』を第一回で大賞に選んだのはすごいと思いました。

だって、冒頭の一文が

腹上死であった、と記載されている。 

 ファンタジーノベルで???

日本でファンタジーというと、児童書の世界のような、少年少女たちが異世界で冒険を繰り広げるような、なんとなくそんなイメージがありました。

冒頭の一文はまずそんな期待を一刀のもとに斬り伏せてきました。

古代中国を舞台としているような国の後宮(后たちの住居)で、時の権力者である皇帝が腹上死し、先帝の後を継いだ新皇帝のため新しく後宮に入れる少女たちが国中から集められるところから物語ははじまります。田舎娘の銀河は物おじしない性格で、興味本位で後宮へ入ることになります。そこでライバルである少女たちと競いながら、謎の人物とも関わりを持つようになり、ついに正妃の座を射止めてしまいます。しかし、国では反乱軍が勢力を拡大し、銀河たちの元へも迫ってきます。

墨攻』のような比較的淡々とした語り口で、講談を聞いているように全体を俯瞰するナレーションが入るので、物語に入り込む感じの小説ではありません。ただ、冒頭の一文やところどころ入る独特の台詞回しが耳に残り、不思議な読後感でした。

読んだことがないタイプの小説、かもしれません。酒見氏らしさが感じられる1作だと思います。