本の虫生活

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パヴァーヌ 読了(2回目)

昨年読んだなかでも1、2を争う奇天烈なSF『パヴァーヌ』の2週目読了しました。

2019年ベストの記事でも書いたけれど、1回目の読了時では全然消化できなかったのでじっくりと2週目を読みました。

この間読んだアンナ・カヴァンの『氷』と同じサンリオSF文庫の本作。

昨年知ったばかりだけれど、サンリオSF文庫ってかなり素敵な趣味だったんですね…

もっともっと読んでみたくなりました。

廃刊してかなり経つらしいですが、ちくまやハヤカワなど他の出版社でちらほら復刊しているらしいので、今年は調べてみようと思います。

パヴァーヌ (ちくま文庫)

パヴァーヌ (ちくま文庫)

 

 <あらすじ>

1588年、イギリスの女王エリザベス1世が暗殺され、ローマカトリック教会の支配を受けるようになったイギリスというパラレルワールドが舞台。20世紀に入っても科学は弾圧され、移動手段は蒸気機関車で発展が止まり、もちろん電気もない世界で、独特の通信手段が隆盛し、その陰で妖しい『妖精』が跋扈する。イギリスの一地方ドーセットを舞台に、世界へ反乱ののろしが上がっていた…。

 

キリスト教の権威が強まり、科学の発展が抑えられた欧州」というありそうで見かけなかった設定。歴史改変SFというと、いかにもSFの定番であるように思います。わたしも読み始める前はべたべたなくらいのSFかなと思って読み、1章を読み終えた時点で「???」と疑問符だらけになりました。

 

はっきり言って、SFっぽくない。

アンナ・カヴァンの『氷』を後に読んだときにも思ったけれど、SFらしい荒唐無稽さというか、現実離れした世界観というより、独特ではあるけれど歴史上の土地や人物をモデルにした時代小説のような趣さえありました。蒸気機関車と独自に発展した翼車、手動で各地に信号を伝達する信号塔など、一風変わった設定はあるものの、イギリスの一地方のみを舞台とする徹底的な土着の描写、改変された世界そのものより執拗に描かれた登場人物たちの心の機微、生活の匂いが、あまりにもリアルで‟本当にそんな世界が、歴史があったかのように”思わず錯覚する不思議なSFでした。

 サンリオSF文庫っていうのは、そういう‟曲者”(褒めてる)っぽい作品を集めた尖ったレーベルだったんでしょうか。

 

 さて、折角2週目を読み込んだので、以下は軽くパヴァーヌという物語の構造をまとめてみたいと思います。あまり予備知識なしで楽しみたい!という方は以下は読まないでぜひ読んでみてください。

 

 

パヴァーヌという言葉は、『16世紀欧州で流行した、緩やかな宮廷舞踊のための楽曲』というような意味です。列をつくってゆっくり前進、後退を繰り返しんがら舞う舞踊で、2拍子で展開することが多いそうです。

物語も、確かにその名の通り、ゆったりとした時間の流れのなかで前進し、ときに後退しながら進んでいきます。そして章も、以下の通り楽曲のように組み立てられています。

 

第一楽章 レディ・マーガレット

第二楽章 信号手

第三楽章 白い船

第四楽章 ジョン修道士

第五楽章 雲の上の人びと

第六楽章 コーフ・ゲートの城

終楽章

 

内容に移る前に、簡単に主要登場人物と主要用語を載せておきます。章ごとに主人公が代わる、連作短編集のようなつくりになっています。

(補足)

☆主要登場人物

ジェシー・ストレンジ : ストレンジ父子商会の次期社長

マーガレット(初代) : 蒸気機関車乗りの御用達居酒屋「人魚亭」の女給。ジェシーの片想い相手。

ティム・ストレンジ : ジェシーの弟

レイフ : 信号手に憧れる少年

娘  : 古い人々、荒野の住人といわれる謎の存在

ベッキー  : 白い船に焦がれる港町の少女

ジョン修道士  : 民衆の反乱の象徴。奇跡を起こすとも信じられる

マーガレット・ベリンダ・ストレンジ : ティム・ストレンジとマーガレットの娘

ロバート : パーベック領主の息子 コーフ城の次期主

エラナー : ロバートとマーガレットの娘。コーフ城の主

ジョン・ファルコナー : コーフ城の執事

ヘンリー卿  : ローマ法王の右腕。コーフ城を攻める

 

☆主要用語 

ストレンジ父子商会  : 蒸気機関車で輸送業を営む大手商会

信号塔  : 電信の代わりに発達したアナログ信号送受信装置。独自のギルドを構成し、国とも教会とも異なる権力を有する

白い船 : 謎の快速線。密輸船とも言われる。

古い人々 : 妖精、荒野の住人、かつて地を追われた古い民族?

 

 

第1章では、発展を遂げ経済と物流の中心となった蒸気機関車を所有する一大商会の社長の恋を、第2章では独特なアナログ通信システムを支える通信士、通称"信号手"の成長と奇妙な体験を、第3章では地元に人間に忌み嫌われる怪しい"白い船"に魅せられ取り憑かれた少女の冒険と挫折の顛末を描いています。

1〜3章は、てんでバラバラの職業、性別、年齢の人物達の人生の一幕(或いはすべて)について描かれ、ここまで読んでも?ばかり浮かびます。何と何が繋がるのか、全く予想のつかない独立したお話で、この後の展開が読めないところがこの小説の難解さを深めています。

第4章は、それまでチラリと仄めかされていた謎の人物、ジョン修道士誕生に至るストーリーが展開されます。ジョン修道士というのは、この作品内の反乱の狼煙、民衆の反抗の象徴的存在として、絶大な崇拝を受けている人物です。度重なる追っ手からすり抜け続け、奇跡を起こすと信じられている人物の誕生秘話、というくくりです。ジョン修道士が象徴となる以前の人間臭い生活や苦悩が描かれ、その後別人のように人間離れする変化に読みながらぞくっとします。第5章では、なんと1章で活躍した(社長が想いを寄せて振られた)女性の娘が、領主の息子と恋に落ちるという話が始まります。母親と同じ"マーガレット"という名を持つ彼女の活発で勝気な性格、奔放な行動を中心にすすみますが、第3章のような決まりの悪さ、後味の悪さまで言いませんがやり切れなさを感じるラストなのが印象に残りました。

そして第6章。5章で活躍したマーガレットの娘、つまり1章のマーガレットの孫娘が主人公の物語が語られます。領主の娘という立場の"マーガレット"は、教会の強権的な重税に反抗し、ついに教会相手に砲撃を浴びせてしまいます。ジョン修道士から続いた民衆の反乱、王達の教会への反旗など、物語を通して少しずつ語られ続けた反乱が収束し、終わりに向けて動き出す様子が感じられます。その一方で、最後までなかなか正体を表さない"妖精"たちの気配がぐっと濃厚に立ち込め、そして終楽章へと続いていきます。最後まで読むと、謎の一部が解説されますが、より一層謎めいて感じるような気もしました。ここだけはネタバレするのが勿体ないので、謎の顛末は書かないでおきます。

なるほどというか、ちょっと違和感というか、この感覚を体験してほしいので。