純粋な推理の極限
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」
本の題名にもなったこの台詞。こんな短い一文から一つの筋道立った推論を導きだすことは可能なのか。安楽椅子探偵ものの純粋な推理の極限を見ることができる作品です。
- 作者: ハリイ・ケメルマン,永井淳,深町眞理子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1976/07/01
- メディア: 文庫
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ミステリというと、不可思議な事件が起きた後、そのときの状況や関係者の動向、さらに過去や背後関係を探偵役が調べ、推論を導き出すというイメージがあります。探偵は警察関係、少年少女、大学教授、陰陽師、パティシエなど、作品によって千差万別ですが、事件が起きてそれを解決するという『型』は、大体共通しているものだと思います。この小説の奇抜なところは、その型を大きく外してくるところです。
表題作『九マイルは遠すぎる』という短い短編のなかで提示される事件(=謎)はただ1つ。
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」
誰が、どこで、どんな状況で発されたのかさえわからない短い言葉から、何事かの結論など導くことは本当に可能なのでしょうか?
事件でもなんでもないただの一文には、調べるべき現場もなければ関係者、目撃者もいません。探偵は純粋な推理のみで謎を解き明かさなければならず、証拠など最初から調べようもないです。
純粋な推理といっても、これでは妄想と変わりがないのでは?そんな考えも浮かびますが、そうさせないところがこの小説の凄いところです。
・発言者はどんな人物?
・時間帯は?
・歩いている場所は?
そして
・九マイルの距離をなぜ歩いて移動している?
こんな風に、少なすぎる材料から仮定を繰り返し、徐々に詳細な状況を炙り出していきます。まだ読んだことのない方は、ちょっと予想(妄想?)してみてから読むとまた面白いかもしれません。
純粋な推理の面白さを存分に楽しめる1冊です。ミステリ好きで、色々な作品を読んでいる方ほど、変わった趣向を面白く感じるかもしれません。わたしは王道(ホームズやクリスティなど)から最近の作家さん(創元社系など)まで割と読む方ですが、それでも本書は目新しく感じました。
思考することは面白い。そんな事を思わされました。