本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【読了】リラと戦禍の風

4月の上田早夕里さんの新刊、『リラと戦禍の風』を読了しました。

 

リラと戦禍の風

リラと戦禍の風

 

 上田さんのイメージはSF寄りだったので、読む前からファンタジーものである本作をドキドキして待っていました。他にもファンタジーを書かれているのは知っていましたが、舞台が第一次世界大戦という割と現代に近い時代で、どういう風に物語を展開させるのかとても気になっていました。

じっくり読みたかったので、GWまで待っていましたがその甲斐がありました。これはファンタジーの皮を被った重量級作品です。

 

<あらすじ>

第一次世界大戦時のヨーロッパ。いつ終わるとも知れぬ泥沼の戦時下で、ある一人の兵士<イェルク>が謎の男、通称伯爵に命を救われるところで物語ははじまります。伯爵が命を助ける見返りとして要求したのは、ある少女<リラ>を護衛すること。伯爵の不思議な魔術によって自分の本体<実体>と分離したもう一つの意識体<虚体>となったイェルクは、伯爵の要求どおりリラと行動を共にすることになります。しかし、リラは故郷を攻撃し火の海にしたとして、イェルクの母国ドイツを激しく嫌いイェルクのことを拒絶します。戦場を離れ、リラや銃後の人々、敵味方、それぞれとの出会いを経てイェルクの心境は少しずつ変化し、リラとの関係も変わってきます。そして彼はついに大きな決断を下すことになり…。

人を惑わす魔物、人間になろうとする人狼、戦争で狂い人間性を失っていく兵士、冷めた目で世界を見つめる不死者、現状を変えようと奔走する名もなき人々。それぞれの思惑が錯綜するなか、戦禍の風は吹き続けるのか、それとも止ませることができるのか。暗い歴史に一筋の光明を見る、<個人>たちの戦いの物語でした。

 

 上田さんの作品が好きなのは、登場人物たちの‟希望を持ち続けられる強さ”が心地よいからかもしれません。今作もそうですが、自然災害や戦争、貧困や差別にさらされ、決して楽ではない状況下にいながら諦めず流されず、突破口を探し抗い続けるキャラクターの描写が光っています。

もともと虚構(フィクション)は、わたしたちに普段見えなくなりがちな希望を見せ、忘れてはならない事象への警告をする、そんな側面を持っています。児童文学に多いファンタジーも、人気のアクション映画も、危機に陥った世界を救うヒーローの物語が基本としてあります。そしてそれらは、手に汗握る冒険活劇というエンタメ色の強いものもありますが、時として現実の出来事への鋭い警句を残すものもあります。ままならない現実、貧富の差、終わらない戦争、…。個人では対抗しきれないと諦め、見ないふりをしようとするわたし達を勇気づけ、立ち向かえと叱咤する力が虚構にはあります。

『リラと戦禍の風』もファンタジーにふさわしく、魔物が跋扈し魔術が横行する妖しい世界が描かれますが、第一次世界大戦という重苦しい‟現実”の前では、魔物でさえ無力な存在に見えてしまいます。万能とは程遠い、有限の力で人を救おうと奔走するリラたちは、少しの力と明確な意思があればできることはたくさんあるという当たり前の現実をわたし達に示しているようで、胸をつかれました。

 

もうひとつ、上田さんの作品の魅力として言いたいのは、独特な読後感です。

最後の最後に希望を掴んでも、未来は見通しがきかず暗雲が立ち込める、そんな終わり方が多いように感じます。一瞬の勝利、つかの間の安寧。そういう不安定な‟希望”が描かれるのです。

‟めでたし めでたし” ‟そして皆が幸せに暮らしました”

そういう風に終わることができないのが現実です。それでも希望は決して捨てないし、思考も行動も放棄しない。終わったあとの物語での強かに、伸びやかに生きていくだろうと思えるキャラクター達の生き様がかっこいい。先への不安などに負けず、終わりのない闘いに希望を持って挑み続ける。安易なハッピーエンドとならないのに清涼感を感じさせる読後感がなんだか好きです。

最後に、このキャラクター達の強さの理由、わたし達への警句を一番強く感じた台詞を少し引用します。

「『人間である』とは、どういうことなのか。おそらく人間は、常にそれを己自身に向かって問い続けていかなければ、容易に、人ではないものに変わってしまうのだ。不断に問い続けることで、かろうじて人は人であり続けられる。その問いを自ら捨てた結果が、この無残な欧州大戦そのものじゃないのかね。(後略)」

(「リラと戦禍の風」角川書店 上田早夕里著 p414より一部引用)

 

5ページに渡る怒涛の参考文献は、さすが上田さんでした。ファンタジーとしても純粋に楽しめますが、歴史もの好きも納得の凝りっぷりです。

 

次回作、『破滅の王』に続く上海歴史ものも期待して待つことにします。