本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【五十音順・おすすめ小説紹介】56冊目 谷崎潤一郎

おすすめ本紹介、56回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は耽美派から谷崎潤一郎氏。

痴人の愛

痴人の愛

 

 以前読書会で紹介されていた方がいて、気になったので読んでみました。

恋愛小説をそんなに読まないし、耽美にも興味ないしな…と今まで全然読もうと思っていなかったのですが、おすすめされてみるとどうにも気になり、実際読んでみたら結構楽しめました。

 

模範的なサラリーマン、質素で真面目で凡庸で、女遊びもしないため『君子』とあだ名されるような男が15歳の給仕の少女を見初め、自分好みに育てようと画策する、いわゆる光源氏計画的な物語です。

ついこの間、田辺聖子の「新源氏物語」の記事をアップしたばかりで、2つの作品を比べてみるとテーマが似ているのに全く違った趣になっているのが面白く感じました。

 主人公の譲治は派手なところのない性格で、気楽な独身生活を送っていましたが、美貌の少女“ナオミ”を引き取ってから、その生活はじわじわと崩壊していきます。西洋人のような容姿をしたナオミは、譲治の理想どおりに育つどころか、譲治を翻弄し、しだいに操るようにまでなっていきます。ときに狡猾に、ときに無邪気に、そして妖艶な姿を見せて奔放に行動するナオミに、譲治は苛立ちと不満を抱えながらもなすすべもなく溺れ、従属してしまいます。

 

この物語を譲治サイドとナオミサイドの両方から見ていくと、違った印象になってきます。

譲治サイド

・自分の思い通りにナオミを<理想の女>に育て上げ、自分にとって都合のよい女を手に入れる

・家族と縁の薄い少女を引き取り、育ててやった恩を着せて主従関係を持つ

・思惑どおりどころか、すっかりナオミの言いなりになってしまう

 

ナオミサイド

 ・自分に興味のない親類によってカフェエで働かされる

・譲治に<買われ>た身であり、自由がない

・譲治を篭絡し、自分の思い通りに操るようになる

 

 物語は譲治の視点で終始描かれますが、ナオミの側からも話を考えてみると、一方的にナオミだけが<悪女>として際立っているわけではないと感じました。

ナオミの魔性っぷりと手練手管になすすべなく降伏する哀れな男という印象の強い譲治ですが、序盤では逆の関係性でした。ナオミは自ら以外に何も持たない無力な少女であり、最初は陰鬱で無口なと描写されていました。譲治はそんなナオミを、遊びのような気分で成長を見守り、気に入ったら妻にしようと思い引き取ります。もしも結婚したいといえばいくらでも妻を探せるような男が、結婚はめんどくさいが癒してくれる可愛い女性が欲しいと考えナオミを引き取ったことを考えると、先に酷い真似をしたのは譲治だともいえます。家族に縁が薄く、特別な後ろ盾も何もない少女は『妻』として尊重する必要がなく、ついでに無口で利口そうだから自分の言うことを聴くだろうという打算があったとも読み取れます。

しかし、物語の面白いところはこの序盤の状況が180度覆されてしまうことであり、そしてそれを譲治が受け入れてしまうところです。怒りに燃えるナオミの壮絶な美貌についに屈服する譲治の心境が語られる終盤の場面は圧巻でした。ナオミのこの世のモノとは思えないほどの美貌は、憎悪が現れたときにこそ顕著になる。この憎悪とは譲治に向けたものであり、世の中の男たちに、家族に、そして自分を軽んじ虐げた世間に向けたものだったはずです。ひとり孤独にカフェエに放り出されたときから、ナオミの怒りと憎悪は燻り続け、そして人を狂わせる魔性が生まれたのかもしれません。

 

ただ贅沢がしたい、人を思う通りに操っていい思いがしたいというだけの女ではない。人を圧倒する激情を胸に秘めた女だからこそ、ナオミはとても美しいのかもしれません。