【五十音順・おすすめ小説紹介】55冊目 谷川俊太郎
おすすめ本紹介、55回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は詩人の谷川俊太郎氏のエッセイです。
家族のこと、観た映画のこと、昼寝のすばらしさ、外国での思い出、ふだん着の話、…。日々の生活でのちょっとしたことを肩ひじ張らずに書き連ねた短いエッセイ集です。疲れた頭をほぐしくくれるような、ほっと息の付ける1冊です。表紙のペンギンがなんかかわいいのもポイントです(?)。
さすが詩人と言いますか、エッセイの形式なのにちょっと詩のようなリズムを感じました。ことばのテンポが良く、内容がすっと入ってくるので読みやすいです。
詩を書いているときの心境や、ふだんの生活の様子が書かれていて、詩人というと浮世離れしているような、想像できないような暮らしをしているのかとイメージがあったので意外でした。
ショート・ショートくらいの短い話が詰められていて、どれも面白かったですが特に気に入ったものをここで紹介します。
葬式に出るのはいやではない。結婚式に行くのよりずっといい。
(中略)未来が明るくないことを知りながら、未来はバラ色であるかのような顔をして冷えた伊勢エビをつっつき、ほほえみながら祝福のことばを述べるのだから、結婚式に出るのはつらい経験に違いない。その点、葬式には未来というものがないから何も心配する必要がない。未来を思って暗い気持ちになることもない。未来を思うとしてもせいぜい死者の行ったと思われる死後の世界というものは、いったいどんな所なのだろうと妄想するくらいのもので、これにははかばかしい答がないから、すこぶる気楽である。
(新潮社「ひとり暮らし」谷川俊太郎 p35より引用)
「葬式考」というタイトルが気になって開いてみたら驚きの内容でした。結婚式にでて、ふたりの未来に思いを馳せるのはいいとして、どんな部屋が借りられるか、子どもの学費や非行のおそれはないか、老後の蓄えはできるだろうか、…と思いを巡らせて暗い気持ちになるとは、さすが詩人というか想像力を発揮しすぎでちょっと面白かったです。でも確かに、めでたいめでたいと祝福するだけの人より、2人のことを真剣に案じているともとれます。
それにしても、ロマンのかけらも感じない内容なのがおかしかったです。葬式は未来を心配しなくてよいので気楽だ、というような人が詩人なのだと思うと、詩人の浮世離れしたイメージが変わりました。
もうひとつ気に入ったのが次のフレーズです。
若いころはいざ知らず今の私は朝が愉快ではありません。出来れば寝床にとどまってうつらうつらと余生を過ごせたらと思う。しかし、そういう現実の私の朝の気分の単調さをそのまま詩にもちこむことはあまりありません。「繰り返すものはどうしていつまでも新しいのだろう/朝の光もあなたの微笑みも」(「朝の光」一九九三)。
(新潮社「ひとり暮らし」谷川俊太郎 p124より引用)
朝の光のすばらしさについて書いている詩人が、出来れば寝床からでないまま余生を送りたいと思っているとは、さすがに想像できませんでした。詩というとロマンティックで、きらきらした綺麗なことばが連ねられている印象がありますが、それを生み出す人間はただ綺麗で純粋ないきものではなく、私たちと同じように朝起きたくないと思う人間なのだなと思いました。
ちょっと変わったフレーズをふたつ選びましたが、詩に対する探究心や細やかな感性を感じる詩人っぽい話もたくさん入っていて、全部読んでみると谷川俊太郎という詩人に興味が出て来ると思います。
通勤のときとか、お昼の休憩に読むとほっと一息つけるので重宝しています。