本の虫生活

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【哲学×ミステリ】慈雨ように優しく、針のように鋭く心を打つ新感覚コミック

最近読んだマンガがものすごく好みだったので記事を書きます。

この記事は読まなくていいですが、とにかく多くの人に読んでほしいマンガです。

 

現在4巻まで刊行しているマンガで、マンガながら緻密なミステリと登場人物の存在感が圧倒的な作品です。

調べてみたら「2018年3月 このマンガがすごい!女編」第1位を獲得した作品だったそうです。気づくのが遅かったですが、それだけ多くの人がいま注目している作品のようで納得でした。

 

<あらすじ>

独り暮らしの大学生、久能整(くのうととのう)は、部屋でカレーを作っていたとき同級生殺害の嫌疑をかけられ、いきなり警察に連行されます。自分は全く身に覚えのない出来事なのに、整の指紋がついた凶器が見つかり、どんどん犯人扱いをされるようになっていきます。整は類まれな洞察力と周囲を煙に巻く『話』によって真犯人を暴き出すことになるが…。

 

 面白いのがこの主人公、久能整。不思議な名前で、カレーに弱く天パを気にして直毛に憧れる大学生ですが、彼の一番の特徴はとにかく『語る』ことです。

警察に連行されても慌てず騒がず、むしろ取り調べをする警官たちを観察して淡々と語り続ける主人公。最初のほうはこの不敵な主人公自身がまったく掴めずドキドキしながら読み進めました。

何もしてませんから

何もしてない僕を冤罪に落とし込むほど 警察はバカじゃないと思ってますから

それともバカなんですか

 (「ミステリと言う勿れ」1巻p13~14 整が警察で事情聴取を受けているときの言葉)

すごくいいなと思ったのが、この主人公の淡々としているだけじゃない優しさです。ときに鋭い舌鋒で人を追い詰めるのに、多くの場合人を癒すように働く不思議な話術(独自の哲学を持つ整の話術はちょっとヤン・ウェンリーっぽいと思いました)。関わった人達はその言葉に救われ、少し前を向いて歩きだします。

この主人公独自の哲学がまたシビれます。現代社会のどうにもならない問題とか、ちょっとした不満や不安、罪や禁忌の問題など幅広い考察を「僕は常々思ってて」から語りだすんですが、その内容が尋常ではありません。柔軟な思考と鋭い指摘は、現代人すべてに共有したいくらい示唆に富んだ内容でした。

メジャーリーガーの監督は時々試合を休むんですよ 奥さんの出産は勿論 お子さんの入学式や卒業式 家族のイベントで休むんです
彼らは立ち会いたいんです 一生に一度の子供の成長の記念日に 行かずにいられるかって感じで 行きたくて行くんです
でも その中継をしてる日本側のアナウンサーや解説者が それについてなんて言うかというと
「…ああ 奥さんが怖いんでしょうねえ…」
(中略)
メジャーリーガーは子供の成長に立ち会うことを父親の権利だと思い 日本側の解説者たちは義務だと思ってる そこには天と地ほどの差があるんですよ

(「ミステリと言う勿れ」1巻p92~93より一部抜粋)

物語のネタバレになってはいけないのでこれ以上引用はしませんが、本書中にはもっと刺激的で鋭い考察が満載なので、ぜひ確かめてみてください。以下で1巻の一部試し読みができるようです。期間限定かもしれないのでそこはご注意ください。

1巻だけ試しに読んでみるのもいいと思います(きっとすぐに4巻まで買ってしまうと思いますが…)。

文字はマンガにしては多いけれど、コマ割りや人物の繊細な表情の描写が効果的で、読みにくさを感じさせないのも好印象です。

 

一応少女マンガですがその特徴は絵柄くらいで、かなり硬派なミステリ系コミックです。文字数が多く、その大半がこの主人公整の語りで、動きの少ないマンガなのにスリルとスピード感を感じる見事な構成です。筆者のあとがきに「狭い舞台上の演劇をイメージした」というようなコメントがありましたがまさにそういう感じで、動きを抑えた分人物ひとりひとりの描写が際立っていて余韻を感じる話ばかりでした。

今年読んだマンガで、はやくもイチオシになりそうな素晴らしいマンガです。ぜひお試しを。