本の虫生活

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【コンサートマナーは何故必要か】辻井伸行氏のサントリーホール公演について

昨日、辻井伸行氏のピアノリサイタルに行ってきました。

 

チケットを取った数か月前からずっと楽しみにしていたコンサートでした。最近ではオーケストラとの共演や室内楽のコンサートが続いていたので、辻井さんのピアノ曲をじっくりと堪能できるリサイタルは久しぶりで、わくわくと胸を躍らせて待っていました。
実際に行ってみると、想像より何倍も素晴らしかったです。全身に美しい音の洪水を浴びているようでした。2時間があっという間に感じるくらい息も吐かせぬ緩急の効いた演奏で、夢のような時間を過ごすことができました。

 

しかし、どうしても悲しく悔しく、素晴らしいコンサートに影を落とすような出来事があったので筆をとりました。

コンサートマナーのことです。

たった1つのマナー違反が、すべての観客を不幸にしてしまいました。

 

 

コンサートは以下のスケジュールで行われました。

 

ドビュッシー 2つのアラベスク

  第1番 ホ長調

  第2番 ト長調

ドビュッシー 映像第1集

  1.水に映る影

  2.ラモーを讃えて

  3.運動

ラヴェル ソナチネ

  第1楽章 中庸の速さで

  第2楽章 メヌエットの速さで

  第3楽章 生き生きと

 

     ー休憩ー

 

ショパン スケルツォ

  第1番 ロ短調

  第2番 変ロ短調

  第3番 嬰ハ短調

  第4番 ホ長調

 

     ーアンコールー

ドビュッシー 月の光

映画羊と鋼の森 テーマ曲(ピアノソロアレンジ)

ショパン 革命

 

 

 前半の最初、ドビュッシーの流麗なアラベスクは、辻井さんならではの1音1音まで透き通るような繊細な調べで、思わず溜息が出るような美しさでした。続く映像の第一集は、凪いだ湖面のような荘厳さ、急流のような激しい音の雨、美しく重なる波紋のような淀みない旋律が特徴的な1番、郷愁を誘うような重厚で落ち着いた響きの第2番、くるくると動き回り軽やかに弾むような、心浮き立つような楽しさで魅せてくれる第3番と変化に富んだ演奏でした。美しい旋律に心奪われ、全身で音を感じるうちにドキドキと胸が高鳴り、音楽の盛り上がりに合わせて自然と涙がこぼれてしまいました。

ラヴェルソナチネは超絶技巧であるにも関わらず、全く気負いも感じさせない余裕ある演奏で、美しいだけでない奔流のような激しい調べに圧倒されました。

あっという間に前半が終わり、興奮の覚めないまま気が付いたら後半に移っていました。

 

後半はショパンスケルツォ

第1番は象徴的な和音を起点に怒涛の勢いで流れていく旋律が印象的でした。激しいのに雑にならず、1音1音のプレッシャーまで感じるような演奏なのに、穏やかな楽想に違和感なく続いていくのが惚れ惚れするくらい見事でした。第2番は一番よく耳にする有名な旋律で、辻井さんのCDにも収録されているのでリラックスして聴こうと思っていました。しかし、過去のCDをずっと上回る演奏で、豊かな音の色彩を感じるような、最早オーケストラを聴いているような音の層の厚みに感嘆しました。第3番はオクターヴの主題の繰り返しが烈しくも美しく、高い音階の澄んだ音まで感じられる演奏でした。最後の第4番は、3番までの烈しさや流転する旋律をまとめ、包み込むような優しさを感じる演奏でした。長い曲でありながら最後まで全く乱れず、どんどん美しくなるようにさえ感じました。

 アンコールまでたっぷりと堪能し、この上ない贅沢な時間を過ごすことができました。

なのに、やはり1つの事件が心残りでなりません。

 

事件は後半のショパンスケルツォ、第4番あたりで起きました。

あまりにショックで、厳密にどの段階で起きたのかはわからなくなってしまいましたが、第2番より後だったと思います。

 

1階席の中央より前よりで、ひとりの観客の携帯が鳴り響きました。

 

ポップな歌のような着信音がぎょっとする程の音量で鳴り響き、前方の観客の数人が振り返りました。あの距離では、間違いなく辻井さんにも聴こえたと思います。

着信音を鳴らした人は、必死でコートで包み込んで小さくしようとしていました。扉から出ようとしても出られなかったようで、ハイヒールの靴を脱ぎ、コートで携帯を抑え込んだまま暫くして席へ戻りました。時間にして1分くらいは鳴っていた気がします。

美しい演奏に夢中になっていたときに、場違いな大きな音が耳に入り、とても驚きました。折角の演奏に集中できず、何だか悲しい気持ちになりました。

 

コンサートホールでは上演前に繰り返しアナウンスをしており、携帯電話のアラームを解除するように、電源を切るように予め周知しています。

携帯を鳴らした人に対する不快な思いは簡単には消えてくれません。ずっと楽しみにしていたコンサートに水を差され、純粋に音楽を堪能することを邪魔されたことが厭で仕方ありませんでした。

やっとの思いでコンサートのチケットを取った人も、久しぶりに楽しみにしていた人も居たと思います。それに何より、素晴らしい演奏を聴かせてくれた辻井さんへの侮辱に当たると思います。こんな酷いマナー違反があっても、嫌な顔一つせず和やかに挨拶をして、アンコール3曲も素晴らしい演奏を聴かせてくれた辻井さんには感謝しかありません。観客のせいで弾きにくかっただろうし不快に感じて当たり前なのに、最高の演奏を最後まで聴かせてくれたことに只々頭が下がりました。

 

コンサートは、素晴らしい演奏を届けてくれる演奏者に感謝をして、観客一人一人が満足できるものであってほしいと願います。

誰かひとりの軽率な行為が演奏者に不快な思いをさせ、観客全員の気持ちを踏みにじるなんて事態は、今後起こらないでほしいです。

今回マナー違反をした人に届くかどうかはわからないけれど、自分の行為が多くの人を傷つけたことを知ってほしいと思います。

 

掛け値なしに素晴らしいコンサートでした。

次は一点の曇りもなく、『素晴らしかった』とだけ言いたいです。