本の虫生活

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【2018夏読書】選書一覧

 ようやく暑さが落ち着き、急に肌寒くなってきました。

あまりの猛暑に今年の夏は読書がはかどりませんでしたが、今年は印象深い本をより多く読めたような気がします。

読書の秋に突入する前に、夏に読んだ本を振り返っていきます。

 

飯嶋和一

星夜航行 上巻

星夜航行 上巻

 

 楽しみにしていた飯嶋和一の最新作。

さすがというかやっぱりというか、圧倒的な情報量で殴られる内容に、読破まで1か月以上かかりました。

 主人公は、徳川家康の嫡男ながら若くして切腹を命じられた徳川三郎信康の小姓衆の一人、沢瀬甚五郎。主人公の父が徳川家に弓引いたため逆臣の遺児として農村に追いやられて幼少期をすごした甚五郎は、騎馬や鉄砲の技術を買われて徳川家に取り立てられ、充実した日々を過ごしていた。しかし、間もなく三郎信康の失脚と共に仲間殺しという無実の罪を着せられ、過去を捨てて出奔するところから物語が始まる。

その後、放浪の果てに様々な人と出会い、商人、船の交易を学び第二の人生を送り始める様子が上巻にじっくりと描かれる。しかし、順風満帆の日々はそう続かなかった。織田信長が倒れ、豊臣秀吉が権力を握るにつれて、従来の群雄割拠の時代は終わりを告げた。中央集権の政治により徐々に締め付けが厳しくなり、商人たちも次第に自由な交易ができなくなる。そんな中、追い打ちをかけるように秀吉による朝鮮出兵がはじまり、日本中に不満と不穏な空気が充満していく。甚五郎にもついに朝鮮出兵の余波が降りかかり、数奇な運命が回っていくことになる。

穏やかな希望のある日々に暗雲が立ち込めていく描写は、飯嶋作品の十八番です。上巻はその空気の移り変わりが見所でした。下巻は朝鮮に赴いた甚五郎のその後、さらに流転していく運命を描いています。逆臣の子から徳川家家臣になり、その後罪人の汚名を着せられて出奔。商人として第二の人生を送るも、時代に翻弄され想像もできない運命を生きた主人公。動乱の時代、激変の時代であっても悲劇を嘆くのでもなく、諦めるのでもなく、人生を生き切った人物の伝記でした。

 

 ②吉村昭

ポーツマスの旗 (新潮文庫)

ポーツマスの旗 (新潮文庫)

 

 今年春からマンガ『ゴールデンカムイ』にハマった影響で、明治時代の本が読みたくなって購入した本。日露戦争講和条約締結に尽力した外務大臣小村寿太郎の伝記小説です。

吉村昭というと、庶民など体制側の反対に居る人たちを題材にした市井の人を描くイメージが強かったので、著名な外交官がメインのお話というのは珍しい印象です。日露戦争は勝利したとはいえ、多数の兵士の犠牲と火の車の財政でギリギリの状況でした。対するロシアは革命機運が高まり内紛状態だったとはいえ、兵力・国力ともに十分に余力がありました。歴史の教科書では一行しか書かれない『日露講和条約』が、綱渡りの駆け引きであったと知る人は意外と少ないのではないでしょうか。自分の全てを賭けて講和条約を締結させるため、知恵を絞り精神をすり減らし一歩も引かず交渉に臨む矜持の高さは、今の政治家にも見習ってほしいと思えてなりません。結果を知っていても手に汗握る緊迫感のある外交シーンは一見の価値ありです。

 

羆(ひぐま) (新潮文庫)

羆(ひぐま) (新潮文庫)

 

 吉村昭の短編集を読んだことがなかったので軽い気持ちで読み、絶句しました。

熊嵐をはじめて読んだときにはあまりの怖さに眠れなくなりましたが、この短編集の怖さはまた一味違いました。

 動物を題材とした短編集ですが、描かれているのは動物と人間の絆とか、愛とかではありません。自然の厳しさ、動物への執着、人間の狂気、そして予定調和とならない虚無的な現実。

人間は生きていく上で動物や自然に頼ったり、利用したり、娯楽として消費したりしています。高級な錦鯉などは誰でも名前を知っていますし、血統書つきの動物など高額で売買される愛玩動物は日本中にたくさん居ます。そのほか闘鶏や見世物小屋の猛獣など、ペットとしてではなく娯楽専用に飼われる動物も居ます。しかしそういった動物がどのように生み出され、育てられているかはよく見えないようになっています。全然手軽でも気軽でもない舞台裏の、仄暗く妖しい魅力にとり憑かれた人物たちの恐ろしさを描き切った見事な短編集でした。

生活の糧、娯楽、高級品。様々に生活のなかで消費される動物と自然の持つ恐ろしさ、人間とのかかわりで生まれる悲劇が淡々と描かれるのがこの短編集の見所です。

 

 ③武田泰淳

ひかりごけ (新潮文庫)

ひかりごけ (新潮文庫)

 

 『羆』にあてられて、怖い話を読みたくなって選んだ本。有名だけど読んだことのない本だったので、ついに読めて満足しました。

娯楽としてのホラーや猟奇趣味ではなく、むしろ猟奇的な描写よりも心理描写や情景描写から怖さを感じる小説でした。

太平洋戦争中、 北海道羅臼沖で難破した船の乗組員たちに起こったある事件がこの小説の主軸です。苦手な人は避けたほうがいいと思います。『食人』がテーマのお話なので。しかし、どうしても気持ち悪くて読みたくない、というのでなければおすすめしたい本です。

冒頭は羅臼を訪ねてきた『わたし』がひかりごけという不思議な植物を見るために地元の人間に案内してもらうところから始まる。そこで過去の『人肉事件』という恐ろしい話を聞き、事件の全容が明らかにされてくる。

 船が難破し、無人島に漂着した乗組員たちは、寒さと飢えをしのぐため浜に打ち上げられたアザラシやかもめを獲って節約しながら食べて露命をつないでいた。しかしとうとう食べ物も尽き、餓死する船員が出る中で、ひとり船長だけが無事に保護され人々を驚かせた。最初は黙して何も語らなかった船長は地元で無事を喜ばれたが、調査隊が現地調査をしたことで事態が一変した。船長は仲間の肉を食べて生き延びたという嫌疑がかかり、死体毀損、死体遺棄の罪に服することとなった。

前半から中盤にかけて『わたし』の視点で過去の事件を振り返っていて、後半からは事件の様子を戯曲として描いています。後半は第一幕が漂着した無人島の洞窟、第二幕が船長が引きずり出された法廷の場となっています。この戯曲のくだりで描かれる生生しい極限のやり取り、噛み合わない法廷の場面が秀逸なので、苦手でなければぜひ色々な人に読んでほしいと思います。

 

カミュ

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

内容を全く知らずに読みましたが、ちょうど良いタイミングでした。『ひかりごけ』と対比で読むような順番になったので、面白かったです。 

母親の葬式で涙を流さず、悲しむ様子もない。母親が死んだ次の日に、彼女と一緒に遊ぶ。そして、数日後『太陽がまぶしかった』から人を殺した。死刑を宣告されても、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。理解しがたい主人公を通して描かれる不条理劇です。

 情愛や親愛、倫理などは、誰もが持って当たり前だと思っている人に『当たり前などない』ということを突きつけるのが本作のテーマだと思います。作中で主人公は一切錯乱などせず、ずっと冷静で、淡々と過ごしています。彼にとって周囲のいう『罪』は罪ではなく、良心の呵責を覚えることもない。しかし受け入れられないことも承知していて、それゆえに盛大に『他人から罵声を浴びせられる』ことに歓喜を感じている。

 ただ悪人と断じ、例外を認めない社会をあざ笑うかのようなヒヤッとする小説です。

 

 ⑤小松和彦

異界と日本人 (角川ソフィア文庫)
 

 京極夏彦にハマってから読み始めるようになった民俗学の本のなかで、今年読んだ本作は読みやすく、馴染みのある話がメインで面白く読めました。京極堂の蘊蓄が好きな人は絶対ハマる…と思います。

 西行の反魂術、酒呑童子伝説、妖狐-玉藻前、竜宮-浦島太郎、七夕説話、義経伝説、異類婚姻譚民俗学に馴染みのない人は聞いたことのある浦島太郎の話や、七夕、人を誑かす狐、天狗など親しみやすい話題から読むのがおすすめです。

 妖怪やおばけはおとぎ話であり、大衆娯楽のキャラクターとして形骸化したものしか今は残っていないように思いますが、民俗学はお話の裏に隠された妖怪の『もう一つの姿』を見せてくれます。一見現実とかけ離れた突飛な話や存在であっても、時代背景を読み解くと真実の姿が見え隠れする。妖怪や異界、民俗学などというと怪しげな話だろうな、と以前はわたしも考えていましたが、ロジスティックに魔性の者の正体を暴いていくカタルシスは、むしろ現実的で論理的な人こそ楽しめると思います。

妖怪の概念が変わること間違いなしの1冊です。

 

 

 ⑥司馬遼太郎

 吉村昭の『ポーツマスの旗』と合わせて読んだ本です。日露戦争の詳細が詳しく書いてあるので重宝しました。

幕末から明治期にかけての小説を数多く書いた歴史小説の大家・司馬遼太郎のインタビュー記事やエッセイ記事をまとめた本です。各作品のこぼれ話や創作秘話なども書かれているので、ファンの方は読んでみると面白いかもしれません。

個人的には日露戦争の資料がほしかったので、日本側の戦力分布や艦隊の数、陣形、軍首脳部や参謀、政府の状況などが書いてあって大変参考になりました。日露戦争は、不凍港を得ようと東アジアを侵食するロシアを止めるためにはじまった戦争ですが、当時日本は開国し、政権交代したばかりの弱小国。なぜ日本が辛勝を収めることができたのか。なぜ過酷でギリギリの戦いだったのか。世論と戦争の関係とは。疑問に思っていたことがするするとほどけてくる話でした。興味がある方は『ポーツマスの旗』とセットで読むと流れが見えてきてより面白いです。

 

 ⑦網野善彦

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

 

 「日本」という国名はどこから来たのか?いつから呼ばれているのか?

この問いに答えられる日本人はあまり居ないのではないでしょうか。

本書には、最近NHKの番組で話題の「チコちゃんに叱られる」でも取り上げられそうな日本の歴史の蘊蓄がふんだんに盛り込まれています。

 当たり前に思っていた日本の歴史、言葉の使い方、それらが実は間違っていたという目から鱗の話がたくさんでてきて、正確に歴史を知る、言葉を扱うことの難しさを思い知らされました。百姓は農民ではない、日本は閉ざされた島国ではなく頻繁に交易をしていた、関東と関西は長い間別の文化だった、等現代の感覚でははかりきれない過去の日本を教えてくれます。

 教科書で知ることはほとんどない『もう一つの歴史』を辿る1冊です。

 

 

 

以上、夏に読んだ印象的な本の紹介でした。

 

紹介しきれなかった本もあるので、それらは別の記事か連載のほうで書いていきます。今年は小説ではなくノンフィクションや新書系にも興味が向いていたので、なんとなく知識が増えたような気がします。

また、今年は以前読んだ本の再読ができて楽しかったです。

特に十代のときに読んだ本は、全然感じ方が違って目を開かされる思いでした。

 

読書の秋も引き続き、満喫したいです。