zarameのブログ

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【おすすめ本2018】30冊目 川名壮志

 おすすめ本紹介、30回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回はジャーナリストの川名壮志氏から。

 

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

 

 佐世保小六女児同級生殺害事件を覚えているでしょうか。

 

2004年6月1日、長崎県佐世保市の小学校で前代未聞の殺人事件が起こりました。被害者も加害者も小学生。あまりにも幼い年齢と、同級生をカッターで殺害するという陰惨な犯行の落差に社会が震撼した事件でした。

 

この作品は事件の被害者側に近かったある新聞記者が、事件を追い続けて書いたノンフィクションです。事件発生から加害少女への審判が終わるまでを追った第一部と、遺族、加害者家族の心情を聞き取った第二部で編成されています。遺族の傷口に塩を塗る行為に苦悩する記者の心情、被害者遺族でありながら報道機関の関係者として表へ現れる父親の姿、そして真意を読み取れない加害少女のまなざし。刻一刻と変化する捜査状況と事件の様相から、著者の困惑と葛藤が伝わってくる第一部。被害者の父、加害者の父、被害者の兄の3者のその後を聞き取った第二部。センセーショナルな報道の影に隠れていた事件の多面性と渦中の人々の苦悩を描いたルポタージュです。

 僕は今、新聞記者をしている。

でも、最初のころ、新聞記者という肩書を持った僕と、ありのままの僕は、ずっとちぐはぐなままだった。まるで薄ぺらな体に、ぶかぶかの服を押し着せられたかのように。

あのころ僕はまだ若かったから、何者でもなかったし、若かっただけに、もしかしたら、まだ何者にでもなれたのかもしれない。

でも、あの蒸し暑い夏の日、人でなしに成り下がったあの日、僕は新聞記者になってしまった。

   (「謝るなら、いつでもおいで」川名壮志著 新潮文庫 冒頭から引用)

 

少女たちが事件までに送っていた日常、家庭の内情、関係者の会話など、断片ではない事件の様相が明らかになるにつれ、他愛もない子供のケンカから何故こんな事件が起こってしまったのかとやり切れない気持ちになりました。

少女たちが交わしていた交換日記、HP、バスケットボール。事件を期に暴かれた少女たちの日常は、大人が知らない世界が広がっていました。子どもには子どもの世界があって、大人と共有せずに自らの力で作り上げた自分の世界は、自我の確立と個人の人生にとって大切なものです。しかし、大人がなにか気づけていたら、子どもだからと油断せずに子供たちの孤独や葛藤にもっと目を向けていたら、事件を防げたかもしれないと強く後悔する人々の吐露に胸を打たれます。「なぜ」と問いかけても答えの出ない問題だけれど、問わずにはいられなかった関係者の苦しみの一端に触れた気がしました。

 

また、著者自身が記者として身近に挨拶していた少女や家族を取材対象とすることに苦しむ心境が綴られているのが印象的でした。

「ごちゃごちゃやってるけどさ、はじめからわかりきったことなんだよ。こんな事件で『なぜ』がねーなんてのは‥‥‥、んでもよ、オヤジをうまく口説き落として‥‥‥『極上ネタが一丁あがり』‥‥‥たいした美談だよ」

酔いの回った先輩は、やがて別の話題に話を傾けていく。初めから終わりまで上機嫌の彼に、悪意がないのは明らかだった。それだけに、酒場での本音は、僕の生ぬるい自己満足に冷や水を浴びせた。

   (「謝るなら、いつでもおいで」川名壮志著 新潮文庫 第二部から引用)

 「本当のことを書きたい」と悩みながらも事件を追い続けた著者が、加害者の父親へのインタビューを終えて帰ってきたときに先輩から浴びせられた言葉。

自分の行為は、事件に一区切りつけたくて体のいい言葉を引き出しただけなのか。

結局、自己満足でしかなかったのか。

事件から時間が経過し、記事もまとまり安堵しかけた著者が、先輩の言葉で一気に過去に引き戻されるような描写にヒヤリとしました。

 

 事件に関わってしまった人は、それ以前に戻ることはできない。

時間がゆっくりと癒してくれるとしても、失った現実は変わらない。

しかし、第二部最後に収録された被害者の兄の言葉からは「希望」というものが微かに見えてくるようでした。

 

「謝るなら、いつでもおいで」

読み終わった後、短い言葉に込められた想いの深さを噛み締めることになるでしょう。