本の虫生活

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【五十音順・おすすめ小説紹介】19冊目 上田早夕里③華竜の宮

おすすめ本紹介、19回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。

引き続き、上田早夕里氏から長編を紹介。

 

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

 

 オーシャン・クロニクルシリーズと言われる著者の長編で、ベストSF2010第1位、日本SF大賞を獲得した作品です。

 

かの有名な小松左京氏の著作を彷彿とさせる設定ですが、読んでみると精緻に練られた世界観に圧倒され、現在の最新の科学から着想した全く新しい世界を見せてくれる作品だと思い直しました。

小松左京氏の「日本沈没」では、プレートテクトニクスにより日本列島が沈没するというストーリーが描かれ、日本SF界に衝撃をもたらしました。「華竜の宮」では、近年の地球科学の学説であるプルームテクトニクス(後述で説明します)により、世界中で海面上昇が起こり、多くの陸地が水没するという世界を描いています。海面が二百六十m隆起し、海洋の面積が白亜紀の頃の規模に戻ることから、<リ・クリテイシャス>と名付けられた災害に見舞われる世界で、人類が生き残りのために戦い、平和を模索する様子を描いています。

 小説の冒頭に、地球の内部構造の絵図が出ていたり、地球科学の学会の様子が詳細に描かれているあたり、著者の科学への深い造詣を感じます。

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 写真:「華竜の宮」早川書房 より引用

 

~背景についての科学的な説明なので、読まなくても平気です~

まず、先に説明すると、「プルームテクトニクス」というのは近年地球科学の分野で提唱されている地球内部物質の運動(状態変化)のことです。地球は地表から、地殻、マントル、核でできていて、よく卵に例えられます。地殻が殻、マントル白身、核が黄身というふうに。このマントルは、昔は一様なものだと考えられていましたが、実は密度が不均質になっていることが明らかになりました。この不均衡は海洋プレートが沈み込んだ物質が高密度に圧縮され、下部マントルへ落ちていくことで起こると考えられ、落下して核まで到達すると、その反流として核と下部マントルの境界から、熱い対流が地表へ向けて上昇する。これをプレートテクトニクス理論といいます。下降する対流を「コールドプルーム」、上昇する対流を「ホットプルーム」と呼びます。

 

 このホットプルームが活性化し、海の真下にあるマントルを押し上げることで海底が大幅に隆起して海面上昇が起きた世界、というのが本作の設定です。なかなか難しいですが、学説として支持する人も多く、2億5千年ほど前に起きたペルム紀の大絶滅は、ホットプルームにより火山活動が活性化したため起きた、という主張もあります。

 ~以上、プルームテクトニクスの簡単な説明でした~

 

ここからはあらすじを紹介。

海面上昇により多くの陸地が水没した25世紀。危機を乗り越えるため、人類は陸上で暮らす者と海上で暮らす者へと適応していく。陸上民は残された土地と海上都市で高度な情報社会を維持し、海上民は海洋域で<魚舟>と呼ばれる船を住居とし、生活するようになる。海上に適応するために人体改変をした海上民と、陸で限られた資源を独占する陸上民との争い、国家の存亡をかけて水面下で争う政治家の思惑、人間の思惑など関係のないさまざまな生き物たちが、それぞれの想いを抱えて交錯していく様子に、最後まで目が離せず引き込まれました。大災害、人体の改変、新しく進化した生物、差別と紛争など、ひとつひとつの要素だけでも物語になりそうなのに、盛沢山の設定が世界にリアリティを与えており、SFならではのワクワクする気持ちを存分に味わえます。

 

この作品の凄いところは、地球科学の知見に基づいたリアルな地球規模の災害を克明に描くところや、危機に適応する人類の人体改変という奇抜な構想、多様なテーマをひとつの作品で描くスケール感も勿論ですが、「政治による闘い」が大きなテーマになっていることです。主人公は外洋のトラブルを解決する外交官で、陸の人間だけど海への愛着をもち、陸と海をひとつにつなげて平和を実現することを目指し、行動しています。容赦ない政治の圧力や、海への差別と無理解、スパイによる妨害を受けながら「交渉」により解決していこうとするぶれない姿勢が眩しく映ります。派手なアクションではなく、対話により闘い抜くという小説としては地味なスタンスなのに、こんなに胸が熱くなった小説は他に知りません。

 

この作品の後に、続編として「深紅の碑文」がでていますので、次回はその話を紹介しようと思います。

 

 

*参考文献*

磯崎行雄 大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 ─統合版「プルームの冬」 シナリオ

http://ea.c.u-tokyo.ac.jp/earth/Members/Isozaki/12Iden.pdf

海洋開発研究機構HP プレリリース

マントル深部由来の玄武岩に炭酸塩の痕跡を発見―地球表層とマントルの物質循環モデルに新説―

http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20160906/

海洋開発研究機構HP プレートテクトニクスからプルームテクトニクス

https://www.teikokushoin.co.jp/journals/geography/pdf/200804/1-3.pdf