zarameのブログ

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【おすすめ本2018】15冊目 伊藤計劃

おすすめ本紹介、15回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
15回目は伊藤計劃氏から2つ。

 

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

 伊藤計劃(いとうけいかく)氏は、2007年に「虐殺器官」で作家デビューしてから2009年に夭折され、わずか2年のうちに鮮烈な爪痕を残したSF作家です。

短い作家人生と寡作にも関わらず、ゼロ年代の日本SFを代表するといわれる程の影響力があった人物で、特に今回選んだ2作は メディア化もされており、若い世代に日本のSFを広めるきっかけとなった作品だと思います。

 

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、先進国では徹底的な管理社会となり、テロを駆逐していた。一方で後進国では内戦や虐殺が横行し、アメリカでは「暗殺」をひとつの公式な手段として、鎮圧に乗り出しはじめていた。

虐殺器官」ではこのような仮想近未来を舞台に、先進国と後進国の格差、管理社会、医療と個人の尊厳など種々の社会問題に触れながら、戦争と虐殺の蔓延る世界を描き出しています。アメリカ軍で暗殺を請け負う特殊部隊の1兵士が、急速に悪化する内戦や大量虐殺の影に現れる謎の男を追いかけるが、彼の目的は驚くべきことだったーー。なぜ虐殺が起こるのか、人間とは本来残虐なものなのか、人はきっかけ一つであっけなく操られるほど脆いのだろうか。緊迫した情景描写と淡々とした心理描写の対比が、問いかけを強く印象付けます。

この小説で示された「答え」は奇抜なもので、賛否両論もあるし、1つしか答えが無い訳でもないと思いますが、主人公が周囲の人々に影響を受け「道具」のように活動していた兵士から、一人の人間へ回帰して「答え」を導きだす描写が鮮烈に頭に残ります。テクノロジーによって自分の感情までコントロールされる危険、個人が管理され、自由を制限される監視社会。何より恐ろしいのは、慣れてしまい自分の頭で考えなくなることである。自由とは、自由の下の犠牲を認識し、責任を取ることだという主張が胸に迫ります。この考え方は、次に紹介する「ハーモニー」にも顕著に表れています。

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 「虐殺器官」後の荒廃した世界で、放射能による癌が大発生し、人類は生き延びるために病気そのものを根絶する医療システムをつくりあげた。人々は体を傷つけることを徹底的に禁止し、誰もが事故や病気などで傷つけられることのない理想郷(ユートピア)で暮らすようになっていた。

ユートピアで何不自由なく暮らす人々に疑問を持ち、均質化された無個性な人々がつくりだす「平和」を忌避する主人公には、高校時代に一緒に自殺を企てた友人が居た。一人は亡くなり、もう一人とともに生き残ってから、思いやりと慈しみを強要する社会から少しだけ逃げ出して、生き苦しさを抱えて日々を過ごしていた。ある日、ともに生き残った友人が謎の言葉を残して目の前で自殺し、その日から世界中で一斉自殺がはじまり世界は恐慌におちいる。主人公は死んだはずの友人の影がちらつく事件を解明するために立ち上がった。

主人公はユートピアの住人になりきれず、過去への罪悪感を秘めたまま世界から少しだけ外れて生きています。社会の主流に馴染めず、疑問を覚え苦しむことはいつの時代でもありますが、なかでも多数派の押し付ける「良心」や「理想」によって苦しめられる苦痛は容易に想像がつきます。「夢や希望をもつこと」「仕事にやりがいを持ち、社会貢献すること」など、特に「空気を読み、周りに合わせること」は今の日本人に強要されている呪いのひとつです。「正しい」ことなら他人に強要していい、「善意」なら他人を尊重しなくていい社会というのは恐ろしいものです。

 

争いを止め、思いやりと慈しみによって人々が穏やかに暮らす世界は、「虐殺器官」のときの荒廃した世界から見てユートピアかもしれません。しかし、そこではプライバシーは無くなり、個性や違いが拒絶される、自由のない世界に苦しむ人もいる。本当にすべての人間が幸福になることはできるのか。小説の結末は「幸福」の意味を考えさせられるヒヤリとするものでした。

 

ユートピアの極限の世界のひとつを提示してみせた、一見の価値ある作品だと思います。