本の虫生活

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【五十音順・おすすめ小説紹介】10冊目 飯嶋和一

おすすめ本紹介、10回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
10回目は歴史小説で有名な、飯嶋和一氏からこちら。

 

始祖鳥記 (小学館文庫)

始祖鳥記 (小学館文庫)

 

 江戸四大飢饉のひとつ、史上最悪の被害をもたらした天明の飢饉が起こった時代、ひとりの男が空飛ぶ夢を抱き、挑み続けた物語。主人公は実在の人物をモデルとしており、日本で最初の有人滑空(グライダーに似たもの)を行ったとされている浮田幸吉という表具屋職人です。空を舞う男の姿は悪政に抗う「鵺」と噂になり民衆に希望をもたらしはじめ、時代を嘆き諦めていた人々の心を次第に変えて、大きなうねりをつくりだしていきます。

 

田沼意次時代の腐敗した幕藩政治、火山の噴火、終わらない冷害により、史上最悪の飢饉ともいわれる「天明の飢饉」の時代。権力に屈さず希望をもって立ち上がる登場人物たちの姿が生き生きと描かれています。筆者は時代小説、歴史小説の作者として特に「民衆」「権力をもたない者」の描写が抜きんでており、生きづらい世の中で自らの意思を貫き、懸命に人生を切り開く人々に焦点を当てた物語がとても印象に残ります。

 

本作ではそうした権力に抗い希望をもって立ち上がる民衆の象徴として主人公幸吉が現れますが、周りの意図とは裏腹に、ただ純粋に「飛びたい」と思う主人公の想いが強く印象に残ります。何かのためではなく、理屈を超えた想いに突き動かされる姿を見て、人生を賭してひとつのことに打ち込むエネルギーを感じたからこそ、人々は幸吉に惹かれていく。「何のために生きるのか」という問いを強く訴えかける作品です。

 

筆者は小説家としては寡作であり、1作1作にかけたエネルギーを感じる長編ばかりです(始祖鳥記は構想から執筆まで合わせて15年かかったそうです)。慣れない人には少し読むのに時間がかかる作品が多いですが、その分どれを読んでもじっくりと胸に残る良作揃いだと思います。

 

他の作品であえて推すならば、この2冊です。

 

雷電本紀 (小学館文庫)

雷電本紀 (小学館文庫)

 

 こちらは、始祖鳥記と同じ天明年間、ある実在の力士がモデルの小説。当時としては考えられない巨躯の力士が、圧倒的な強さで名を馳せるなか、なにを思い生きてきたのか。始祖鳥記とはまた違った趣きの熱さと切なさを感じる作品です。

 

神無き月十番目の夜 (小学館文庫)

神無き月十番目の夜 (小学館文庫)

 

 関ヶ原の合戦から間もない頃、常陸国のある村で、百軒余りの家々から三百名以上の住民が消えるという奇怪な光景が発見される。陰惨で不気味なこの事件も、史実をもとにしているという。

長い戦国の世が終わり、時代が大きく変わるなかで、古くからの自分たちの暮らしを突然奪われたものが居たことを生々しく描いています。支配側の理屈が個人や少数派の尊厳を踏みにじり、生き方そのものまで奪い取ってしまう怖さ、なにより悪意がなくてもそれを簡単にしてしまう「権力」の怖さを感じました。

華々しい大きな時代の流れの裏で、人知れず消えた歴史があったことを忘れずにいたい、忘れてはいけないと思わせる作品です。