本の虫生活

おすすめ本の紹介などしています。著者をア行からワ行まで順番に。

【ゴールデンカムイから考える】②北海道開拓

連載2回目は、北海道開拓について。

ゴールデンカムイ本編の時代、北海道は歴史的にどんな状況だったのか。そういう視点で作品について見ていきたいと思います。

 しつこいようですがあくまで個人の見解なので、学術的な正確性や普遍性などは保障出来かねますのでご注意ください。本誌最新話までの情報を含みます。

 

②北海道開拓(キーパーソン:アイヌ

 

目次

(ⅰ)蝦夷共和国土方歳三

(ⅱ)ウイルクの思惑

(ⅲ)アシㇼパ

 

まず、(ⅰ)から検証していきます。

(ⅰ)蝦夷共和国土方歳三

 『蝦夷共和国』とは1869年、明治新政府と対立する旧幕府連合軍を率いた榎本武揚が、蝦夷(現在の北海道)に渡りこの地を支配していた松前藩を打ち破って樹立した国家です。榎本らは箱館蝦夷地領有を宣言し、一部の諸外国には『独立国』として認められました。日本で初めて(諸説ありますが)入れ札で総裁と閣僚を選出したことも有名です。

ゴールデンカムイ本編の、8巻の尾形と土方勢の会話で『蝦夷共和国』の名前が話題にのぼっています。

変人とジジイとチンピラ集めて 蝦夷共和国の夢をもう一度か?

一発は不意打ちでぶん殴れるかもしれんが政府相手に戦い続けられる見通しはあるのかい?

(8巻第70話 尾形の台詞)

この70話自体も疑問点がたくさんあって面白いのですが、書ききれないので割愛します。ここで注目したいのは、『蝦夷共和国』という言っているのは尾形だということ。土方や永倉は肯定も否定もしていません。土方勢の目的ははっきりしているようで実はそうでもないです。土方は自身の目的についてぼかすような台詞が多く、『蝦夷共和国』の再建というのも尾形が言っているだけなので信憑性に欠けます。

そこで“土方は『蝦夷共和国』再建を目指しているのか”というのを(ⅰ)で検証していきたいと思います。

 

(1)土方の目的は何か

結論から入ると、土方が『国家をつくる』ため金塊争奪戦に参戦しているのは確かだと思います。しかし、『どんな国家を目指しているのか』は現時点で推測が難しいと考えています。

「あと100年は生きるつもりだ」という土方の発言と、新聞屋を抱き込むなどの周到な準備の様子から、土方たちは息の長い計画を立てていると推測できます。

ところが、現時点では『どんな思想の元に国家をつくろうとしているか』は全く不明です。アシㇼパを筆頭としてアイヌの独立の機運を盛り上げ、明治政府の支配から脱するという構想が14巻の杉元の台詞から示唆されていますが、本人の口からは語られていません。それに、鶴見中尉の掲げる国家の構想と比べると具体性もないのが気になります。本当は『誰のため』『何をするため』に国家をつくろうとしているのでしょうか。

また、『アイヌへの肩入れ』も謎です。土方とアイヌをつなぐ線は、今のところウイルクくらいしかいません。網走でウイルクとすっかり意気投合し、アイヌの為に力を貸したいと心から思ったというのは何だか据わりが悪い話です(土方とウイルクが信頼し合っていたとは思えないので)。

一つ考えてみたのは、“開拓のため入植した旧幕志士の不遇を救うため”という可能性です。北海道は明治政府によって開拓が進められましたが、初期の開拓を担ったのは旧幕府軍の志士たちだったと言われています。『賊軍』『朝敵』の汚名を着せられ、禄を失い廃藩で行き場をなくした武士たちは、名誉回復と家名再興の悲願を達成するため多く入植したそうです。つまり、北海道には全国各地の旧幕の士族が多く住んでいたはずです。土方はかつての仲間の多く住む北海道で新たな国家を樹立し、不遇に耐える仲間を救おうと考えている、なんてことも考えられないでしょうか(この説だと、戦死した仲間と家族を救うため軍事政権をつくるという鶴見中尉の思想と似ている気がします。わたしは土方歳三と鶴見中尉って結構似ているところがあるように思うのですが、皆さんどうでしょう…)。

(2)ウイルクとの共謀

土方はウイルクについて、70話で牛山が言っているように『信用してない』スタンスと考えるのが現時点では妥当だと思います。何度か別の記事でも書きましたが、ウイルクと土方が完全に結託していたなら金塊のヒントくらい与えても良いだろうし『小蝶辺明日子』という和名でなくアシㇼパという名前を伝えたのではと思います。

ただし、アイヌを『利用する』だけなのかというのは微妙なところです。茨戸編で見せた「喧嘩のやり方が気に入らない」という台詞。卑怯な手段を嫌う性格が強調されています。また、牛山など共闘できる相手は仲間に引き入れる懐の深さもあります。アイヌに対してただ利用して捨てる、という考えは持っていないように思います(希望的観測ですが)。新政府に蹂躙される境遇にかつての自分たちを重ねていて、味方をしようという気があるのでしょうか。それとも、新国家を樹立するには、古来から土地に住む彼らの協力が欲しいという理由なのでしょうか。今のところ判断材料が乏しく、結論が出るのは先になりそうです。

 


(ⅱ)ウイルクの思惑

 土方との共謀について書いたので、ついでにウイルクの謎について2点検証してみようと思います。

(1)何故『昔の仲間』を捨てアイヌについたのか

 ウイルク最大の謎として気になったのがこの問題。ウイルクは当初からアイヌの味方だったのではありません。本誌163・164話でキロランケとウイルクは共にロシア皇帝暗殺の実行犯であることが判明しました。帝政ロシアから独立をかけて戦う過激派組織の一員で、皇帝暗殺という第一級の戦功をあげた人物が仲間を裏切りアイヌにつくというのは、劇的な転向であると思います。

 本編の描写を見る限りでは、幼いアシㇼパに戦士として生きる術を教えてアイヌ独立戦争に巻き込む気が満々だし、アイヌの文化を受け入れ大切に思っていたことをインカラマッとアシㇼパが間接的に示唆しています。いつから彼はアイヌに与していたのでしょうか。

切っ掛けとして自然なのは、インカラマッとの出会いです。彼女の述懐の通り、帝政ロシアとの戦いで傷ついたウイルクは、インカラマッに導かれ北海道の自然とアイヌを愛するようになったから味方になったのではないでしょうか(ちょうどアシㇼパと出会い癒された杉元のように)。

ウイルク達が北海道に来た頃は、ゴールドラッシュの話が盛り上がっていた時期です。早い段階から彼らは金を軍資金として得られないか考えていたと思います。ツイッターで少し書きましたが、ウイルクとアシㇼパ母との結婚は謀略の可能性があると考えています。北海道に潜伏中にアイヌの金塊の噂を聞き、アシㇼパ母の居るコタンが出どころに近いと知ったウイルク達は、金塊の情報を得るためにコタンの権力者(フチ)の娘との結婚を目論んだ可能性はあると思います。インカラマッとの出会いだけがイレギュラーで、図らずも北海道の自然とアイヌの暮らしの美しさを彼女に教えられ、ウイルクは変わったのだと思います。それでもインカラマッと別れアシㇼパ母と結婚したのは、金塊をアイヌのために使う決心をしたから。自分が手を引けばキロランケ達が金塊を持ち出してしまう。それを阻むためだったと考えると説明はつきそうです。

普通にアシㇼパ母を愛したから結婚したという可能性もあるのですが、ウイルクはインカラマッのことを隠して『アイヌのことはアシㇼパ母にすべて教わった』と偽ったり、妻を『ピリカメノコ(美人)』としか評していないのが怪しいと感じてしまいます。少なくとも、インカラマッのことで嘘つく必要はないと思います。実はウイルクが愛していたのはインカラマッで、アシㇼパ母は利用するため結婚したと考えるなら、娘に嘘を吐きたくなるのはわかりますが(でもこれじゃ、ウイルクがかなりの下種…)。

(2)アシㇼパを旗手に仕立てたのは何故か

これも結構不思議です。ウイルクが陣頭に立ってもよいのに、わざわざ娘を『アイヌを導く存在』として育てた理由。繰り返しウイルクが言っている『未来を託すため』という言葉も謎めいています。

14巻で鯉登少将が言っていたように、『多くのアイヌの子を巻き込むから、自分の子をまず捧げた』というのが正しいのでしょうか。それだけではなくて、ウイルクが陣頭に立てなかった理由もあると思います。

本誌163・164話で明らかになったように、ウイルクはロシアから指名手配されています。正体を偽ったままアイヌに混ざったウイルクは、新聞に写真が載れば指名手配犯であることがバレる危険性があります。ウイルクがアイヌ側に居ると知られたら、アイヌがロシアの標的になるかもしれません。また、ウイルク自身は結婚して北海道アイヌになった新参者であり、独立運動の旗印となるには影響力が弱いとも考えられます。こういった止むにやまれぬ事情から、娘のアシㇼパを先頭に立たせようとしたのかもしれません。

また、もう一つ気になるのが『未来を託すため』という言葉。まるで未来に自分が居ることを想定していないような言葉です。身分を偽っていても、独立運動が大きくなれば自分の正体は露見するかもしれない。ウイルクはロシアの指名手配犯である自分の運命にアイヌを巻き込まないよう、消えるつもりだったのでは。だからアシㇼパに『未来』を託した。愛するアイヌを守るため、自分は舞台から降りようとしていたのかもしれません。

 

 

 (ⅲ)アシㇼパ

 ようやくアシㇼパさん論です。半分以上土方さんとウイルクの話をしてしまいました。

 アシㇼパの置かれた状況について考えてみると、逆説的な要素が浮かび上がってきます。

“誰よりも自己決定を重んずるのに、誰よりも他人に振り回される”

“人に救いを与えるのに、自分は裏切られる”

 アシㇼパを取り囲む状況は、こんな風に見えます。

ウイルクにより、知らない内にアイヌのため戦えるように育てられ、慕っていたキロランケに父を殺され、尾形に杉元を殺され(生きてるけど)る。土方や鶴見中尉にも身柄を狙われる。

愛したアチャとレタㇻには置いていかれ、旅の当初では杉元にも黙って去られてしまう。これほど他人に振り回されているキャラクターも少ないのに、アシㇼパの溌剌とした行動力で悲劇的に感じないのがすごい。

特に皮肉なのは、アイヌ解放や独立をうたう者達(ウイルク、キロランケや土方)によって、アシㇼパは自由を奪われるという構図。大人の都合に振り回されるアシㇼパは、さながら明治政府によって不当に弾圧されるアイヌ民族のようです。

しかし、ゴールデンカムイ本編では希望も描かれています。

10巻に収録されている偽アイヌコタン終幕での台詞には、確かに未来への希望が感じられます。

弱くなんかない

アイヌの女だってしたたかなんだ

このコタンは必ず生き返る

(10巻91話 アシㇼパの台詞)

 この言葉は、アシㇼパの明るい未来を象徴しているのでは、と思います。

「女というのは恐ろしい」という二瓶の言葉を象徴するのがインカラマッなら、「アイヌの女はしたたかなんだ」という言葉はアシㇼパを指しているかもしれません。

本誌の樺太編はアシㇼパ組に不穏な空気が漂っていますが、アシㇼパは運命に負けずしたたかに未来を選び取り、ハッピーエンドになるんじゃないかなと期待してます。

 

 

ここまで長文を読んで頂き、ありがとうございました。

次回は列強の侵攻と闘争、キロランケについて書ければと思っています。

 

 

*参考文献

公益社団法人 北海道アイヌ協会HP

https://www.ainu-assn.or.jp/ainupeople/history.html

国土交通省北海道開発局 札幌開発建設部HP

https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/kasen_keikaku/e9fjd600000003r4.html

北海道歴史・文化ポータルサイトAKARENGA HP

https://www.akarenga-h.jp/hokkaido/kaitaku/k-02/

 

 

【五十音順・おすすめ小説紹介】33冊目 京極夏彦

おすすめ本紹介、33回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は京極夏彦氏から。

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

 

 「この世には不思議なことなど何もないのだよ」

 

京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』の第一作。思い入れが強すぎて何から書いていいかわからないですが、自分の価値観を叩き壊し再構築を促した衝撃的な作品なので、簡単にですが紹介していきます。今でもおすすめTOP10に絶対入れるシリーズです。

 シリーズを通しての感想や紹介は別記事でいつか書こうと思っているので(多分)、とりあえず『姑獲鳥の夏』について紹介します。

 

 <あらすじ>

 昭和27年夏。小説家の関口巽は、旧友で古本屋『京極堂』の店主・中禅寺秋彦を訪れ、 東京・雑司ヶ谷久遠寺医院での奇怪な噂について話をした。『妊娠二十箇月たっても生まれない赤子』『一年半前に密室から失踪した夫』という怪しい話の渦中の人は、実は関口の高校時代の先輩夫妻であった。関口が衝撃の事実を知らされた直後、探偵榎木津礼二郎のもとに妊娠している娘・梗子の姉である久遠寺涼子からの依頼が舞い込み、これを機に関口は次第に事件の舞台へと引きずり込まれていく。涼子は妹の夫・牧朗を捜索してほしいと探偵に依頼するが、探偵の振る舞いは不可解で、明らかに乗り気でない。関口は榎木津の代わりに涼子の話を聞き、彼女の力になろうと奔走する。しかし、関口らを待ち受けていたのは想像を超えた事態であったーーー。過去と現在、現実と虚構が入り混じる、不気味と哀しい箱庭の真実を、京極堂が暴きだす『憑き物落とし』シリーズ第一作。

 

 太平洋戦争後の影響を残す昭和の夏、気だるげで雑多な時代に、急速に発展する社会と消えつつある歴史のはざまに落ちた事件を独特な手法で書ききった作品。はじめて読むタイプの小説に度肝を抜かれました。横溝正史江戸川乱歩のような不気味で妖しい雰囲気を感じるのに、京極堂の『言葉』は理路整然としていてむしろ現代的です。探偵はあくまで真実を言い当てるだけで、謎を解体するのは憑き物落としの拝み屋(探偵より探偵らしい告発者)というのも探偵ものとしては異色で面白かったです。京極堂によって次々と怪異が解体され、白日の下にさらされるカタルシスは、ミステリの醍醐味も味わえます(ただし、ミステリと思って読んだ人はあまりの型破りに驚くと思います)。脳科学、発生学、民俗学、精神医学を一つの物語に混ぜ込んでいて、しかも全てがリンクして鮮やかな結末を導いている物語の構成力もさることながら、一度読んだら忘れられない印象的な登場人物にすっかり魅了されました。

 

姑獲鳥の夏』はシリーズ1作目ですが、現在8作目まで出版されていて、外伝も他にいろいろあります。文庫なのに1000ページを軽く超えてくることから『辞書』『鈍器』など呼ばれていますが、どれも物理的に重いだけでなく内容も濃いので、じっくり楽しめます。文体は結構読みやすいので、硬派な歴史ものとか(飯嶋和一さんのような)よりはスラスラ読めました。

 

物理的にも精神的にも重厚すぎて、ちょっと休憩したいという方には百器徒然袋がおすすめです。短編仕立てで、探偵が大活躍する痛快でクスっと笑える要素も多い外伝です。わたしはこちらを先に読んで存在を知り、姑獲鳥で心を撃ち抜かれて全作揃えました。

文庫版 百器徒然袋 雨 (講談社文庫)

文庫版 百器徒然袋 雨 (講談社文庫)

 
文庫版 百器徒然袋 風 (講談社文庫)

文庫版 百器徒然袋 風 (講談社文庫)

 

 

あと、コミカライズ化されているのですが、原作の雰囲気に合った絵柄が綺麗なのでこちらも結構好きです。ページが限られている分、ちょっと物足りなさは感じてしまいますが、原作と合わせて読むと2倍楽しめて得したような気分になりました。

姑獲鳥の夏 1 (怪COMIC)

姑獲鳥の夏 1 (怪COMIC)

 
百器徒然袋 鳴釜   薔薇十字探偵の憂鬱   (怪COMIC)

百器徒然袋 鳴釜   薔薇十字探偵の憂鬱   (怪COMIC)

 

 

最後に、百鬼夜行シリーズの聖地巡礼(というほどでもないですが)に以前行ってきた記事を載せておきます。

zaramechan.hatenablog.com

zaramechan.hatenablog.com

zaramechan.hatenablog.com

 

【国内編】懐かしの児童文学

先日、昔読んでいた児童文学の海外編を紹介したので、今度は国内の作品を選びました。

 

ブレイブ・ストーリー

ブレイブ・ストーリー(上)

ブレイブ・ストーリー(上)

 

 当時読んだ国内の児童向け作品といったらこれ。王道冒険ファンタジーといったイメージでした。

<あらすじ>

小学五年生の亘は、父と母と友人に囲まれ穏やかな生活を送っていたが、ある日両親の離婚話が持ち上がり状況が一変する。浮気相手と暮らすと言って出ていった父、絶望し亘を巻き込み自殺しようとした母。平和だったかつての暮らしを取り戻すため「運命を変えたい」と願った亘に、行方不明となっていた謎の転校生美鶴が「幻界(ヴィジョン)へ行け」と呼びかけ、亘は願いを叶えるために旅立つことを決意する。未知の世界で冒険を経て、二人は願いを叶えられるのか。

 

主人公とライバルの美鶴が入り込む「幻界」の世界がRPGのようで、ゲームの世界を文章で表すとこんな感じかな、と思った作品でした。わたしはほとんどゲームをしなかったので、子どもの頃ファンタジー色の強い本が大好きで、本作も夢中で読んでいました。異世界に行くまでの流れがなんとも現実的で、そこは宮部みゆきらしいですが、ラストを読むと必要な設定だったんだなと感じました。純粋に童心で空想の世界で冒険をする、という素直な読み方をするにはぴったりな作品です。

 

ドリームバスター

ドリームバスター

ドリームバスター

 

 宮部みゆき氏は「模倣犯」「火車」などの社会派と時代物の小説が有名ですが、ブレイブ・ストーリーICO、そしてドリームバスターなどファンタジーも結構読みやすくて面白いです。

<あらすじ>

 地球とは異なる位相にある惑星「テーラ」では、人間の意識と肉体を切り離す計画が進行していた。ついに「ビッグ・オールド・ワン」という実験機の完成により成功が期待されたが、暴走事故を引き起こし計画は失敗した。この大災厄と呼ばれた暴走事故は、実験の被験者だった死刑囚50人を意識だけの存在に変え、死刑囚たちは地球人の夢の中へと逃げ込み行方をくらましてしまった。逃亡者を捕まえるため、通称「ドリームバスター」達は地球人の夢の中へ入り込み、悪夢に悩む人々を救っていく。

 

異星人の「ドリームバスター」たちが地球で悪夢に悩む人の危機に駆け付け、助けてくれるという設定。ごく普通に日常を送る地球人たちが夢のなかで冒険をするという筋書きは本格ファンタジーよりは設定に入り込みやすく、さらっと読めました。シリーズが4巻まで出ていて未完なので、ずっと待っていますがまだ続きが出ないのがちょっと惜しいです。いいところまで進んでいるのに…。

 

都会のトム&ソーヤ

 小中学生の間で流行っていた小説のひとつ。ファンタジー要素は上二つより大分少ないけれど、主人公たちへの共感が強いのはこの作品でした。

<あらすじ>

驚異的なサバイバル精神を持っているが、普段は塾通いに追われる平凡な毎日を過ごす内藤内人と、大財閥「竜王グループ」の跡取りで学校創設以来の秀才と持て囃されている頭脳派の竜王創也の二人が、都会を舞台に究極のゲームを作るために冒険する物語。

内藤内人は「どこにでもいる平凡な中学2年生」を自称しているが、幼い頃から山にこもって祖母に教わった数々の知恵をもとに、どんな状況でも切り抜けられるサバイバル能力を持っている。対して竜王創也は大財閥の一人息子でグループの跡取りである秀才だが、「世界最高のゲームクリエイターになり、究極のゲームを作る」という夢を持っている。全然違うタイプの二人がタッグを組み、都会を軽やかではなく危なっかしく冒険する爽やかな青春小説。

 

ファンタジー色は抑え目で、「実際にこんな冒険ができたら」と憧れるような小説で、わたしが子どもの頃はかなり流行っていました。サバイバルって一度は憧れますよね。ダークファンタジーとか、ドロドロした人間模様とかとは無縁の爽やかさがこの小説の売りだと思います。

 

彩雲国物語

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

彩雲国物語 一、はじまりの風は紅く (角川文庫)

 

 ライトノベルのイメージで、ギャグやラブコメの要素も強いけど、政治の駆け引きや格差や差別、疫病などシリアスな話も上手く取り入れているなと感じました。少女漫画風な文体やファンタジー色の強い世界観のなかに厳しい現実を織り込んでくるのが絶妙です。

<あらすじ>

 彩雲国という中華風の世界観が強い国を舞台に、主人公の少女が官吏として成長する様子を描いたファンタジー。貴族の名門、紅家の直系長姫として生まれたのに貧乏生活を送っている主人公紅秀麗が、あるきっかけで「官吏になりたい」と一度諦めた夢を追い求め叶えていく物語。 貧乏暮らしを余儀なくされていた紅秀麗は、ある日破格の高給に惹かれ、貴妃として後宮に入り王の教育係をする仕事を引き受けた。それ以来、官吏の世界に触れていき、次第に秀麗はかつての夢を思い出すようになる。しかし「女」は官吏として働くことを許可されていない時代。諦めと夢の間で揺れる秀麗の耳に、「女人官吏」導入の知らせが入り、運命は大きく動き始めた。

 

ライトノベルや少女漫画風の装丁で、ライトな筆致なのに結構重い内容でギャップに驚いた作品です。ギャグやラブコメと、シリアスの温度差がすごい。主人公は彩雲国ではじめての女性官吏(役人のこと)となりますが、苛められるは貶されるは、「女など来るな」と排斥されるはもうすごい。どんなに蹴落とされても、突き放されても自分の努力と不屈の闘志で這い上がってくる秀麗に、次第に周りも態度を変えていくのが痛快です。逆にシンパをつくっていく秀麗のバイタリティーに圧倒されました。自分が新入社員になって、毎日のように現場で叱られていたとき、このシリーズを読んだら共感がものすごくてボロボロ泣いてしまいました。周りから敵視と無視をされ、それでも「官吏になれた。夢を叶えたのだからうれしい」と言い、世の為人の為に働く主人公が男前すぎて大好きでした。完結後に発売された「骸骨を乞う」では、本編より抑えた筆致で全然雰囲気が違ってまた驚きました。こちらはちょっと大人目線で楽しみたい内容です。

 

No.6

NO.6♯1 (講談社文庫)

NO.6♯1 (講談社文庫)

 

 ライトな文体と疾走感が読みやすいSFです。恩田陸氏の「ロミオとロミオは永遠に」のような少年少女が主役で、巨大な敵に立ち向かうというストーリーが共感しやすい。時々挟まれる「マクベス」などの引用も効果的です。

<あらすじ>

 理想都市「NO.6」に住む少年紫苑は、9月7日が12回目の誕生日に忘れられない出会いを経験した。その日から、彼の運命は予想もしない方向へと変わり始めた。「矯正施設」から抜け出してきた謎の少年ネズミと出会い、負傷していた彼を家に入れ、助けた紫苑は、その行いを治安局に咎められ、高級住宅街「クロノス」から準市民の最下層居住地「ロストタウン」へと追いやられてしまう。
出会いから4年後、紫苑は身に覚えのないまま奇怪な事件の犯人として連行されるところをネズミに救われ、彼と再会を果たす。壁で覆われたNO.6を脱出し、様々な人々と出会う中で紫苑は、理想都市の裏側にある現実に直面し、「NO.6」の隠された秘密を知ることになる。

 

典型的な理想都市のエリートとして幼少期を過ごしながら、紫苑はずっと都市に違和感を持っていた。ネズミとの出会いで紫苑が変わっていき、やがて理想都市の残虐な一面に気づき、行動を起こしていきますが、単純に「成長」として描かれないところが面白かったです。紫苑が変わっていくことを恐れるネズミと、盲目的なほどネズミに入れ込む紫苑とのギャップが不穏な様子をよく表しています。大団円に見えて、先行きに不安の入り混じるラストに余韻を感じます。醜悪に歪んだ「理想都市」も、かつては理想に燃え、希望に満ちていたと仄めかされていることが印象的でした。終幕からひと段落し、それぞれの場所で生きる彼らのその後を描いた外伝も出ていますが、底でも不穏な空気は払拭されないのが「らしい」と思いました。続編を読みたかったのですが、出ないみたいですね。

 

 

以上、国内編5作品を紹介しました。外国編とどちらのがなじみ深かったでしょうか。

読書への最初の階段、児童文学は思い出深い作品が多いので書いていて楽しかったです。

 

【海外編】懐かしの児童文学

子どもの読書コンクール、青少年読書感想文コンテストなどが行われるいまの時期は、なにかと児童文学に関する話題が耳に入ります。

自分が子どもの頃に読んでいたような本が話題にならなくなってきたのが寂しいので、当時ハマっていた児童文学についてちょっと書いてみました。

 

ダレン・シャン

ダレン・シャン―奇怪なサーカス

ダレン・シャン―奇怪なサーカス

 

 同名の作家ダレン・シャン著のファンタジー小説で、全12巻+外伝が出版されています。

<あらすじ>

好奇心旺盛でクモとサッカーが好きな普通の少年であるダレンは、友人スティーブ・レナードと連れ立って奇怪なサーカス、シルク・ド・フリークを観に行った夜から、思いもしない運命に翻弄されてしまう。危険で蠱惑的な演目に目を奪われながら、サーカスの団員クレプスリーが操る毒蜘蛛マダム・オクタにすっかり魅了されたダレンは、サーカスから蜘蛛を盗み出してしまった。しかし、蜘蛛の毒によりスティーブが意識不明になるという事故が起こり、ダレンは友人を救うためにクレプスリーの元へと駆け付けるが、その代償は大きいものだった。

 

自分のミスから友人を危険な目に遭わせ、半バンパイアになり家族や故郷を捨てざるをえなかった少年という設定が、ファンタジー小説にしては珍しいと思います。希望や目標を胸に旅に出るのではなく、後ろ髪を引かれ、友には理解されず、厳しい現実に葛藤する主人公の心理描写も豊かで、ダークファンタジーとして大人も熱中する人が当時多かったのも覚えています。

なんとその後、『ダレン・シャン前史 クレプスリー伝説』なる外伝が出ていたんですね。全く気づきませんでした。今度読んでみます。

ダレン・シャン前史 クレプスリー伝説 1 殺人者の誕生 (児童単行本)

ダレン・シャン前史 クレプスリー伝説 1 殺人者の誕生 (児童単行本)

 

 

モモ

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

 

 町はずれの円形劇場跡に迷い込んだ少女モモが、時間を取り戻すために冒険する物語。言わずと知れた児童文学の巨匠、ミヒャエル・エンデの不朽の名作。

<あらすじ>

町の人たちは不思議な少女モモに話を聞いてもらうと、なぜか幸福な気持ちになり、町は平和に包まれていた。ある日そこへ『時間どろぼう』という男たちが現れ、町の様子は一変する。時間貯蓄銀行という怪しげな組織が登場し、町の人たちは「時間を貯蓄すれば命が倍になる」という触れ込みを信じて時間を奪われてしまった。時間を節約し始めた町の人たちは、人生を楽しむことも忘れ、モモのいる円形劇場には子どもしか来なくなってしまった。モモは奪われた『時』を取り戻すため、カメのカシオペイア達と協力し、時間どろぼうと戦うことを決意する。

 

『時』に関する深い考察が散りばめられた本作は、児童書の枠を超えて世界中で愛されています。昔読んだという人も、もう一度読み直して損はない作品です(下のサイトでは、モモに出てくる名言が紹介されているので、「昔読んだけどよく覚えてない」という方の備忘録にでも)。

また、エンデと言えば『はてしない物語』も言わずと知れた大作で、大好きな本のひとつです。エンデの作品はすっと心に沁みとおるような言葉が特徴的ですね。登場人物たちのちょっとした会話にも深い含蓄のある言葉が多く含まれていて、立ち止まりながらゆっくり楽しむ本だと思います。いつか原典を読んでみたいです。

 

レイチェルと滅びの呪文

レイチェルと滅びの呪文

レイチェルと滅びの呪文

 

 ハリーポッターシリーズの人気に押され、当時はあまり目立たなかった気がします。「子ども向けにしてはグロい」とか内容が暗いとかいう批評をちらほら聞きましたが、ダレン・シャンや他の小説を読んでいたので、そんなに気になりませんでした。でも、低年齢向けではないかもしれません。

<あらすじ>

 暗黒の星イスレアは、邪な魔法によって支配されていた。魔女がつくりだした邪悪な生きもの、攫われ奴隷にされた子どもたち、ものに込められている『生きた』呪文の数々の渦巻く異世界と地球の物語。地球を支配しようと画策する魔女ドラグウェナによって、主人公レイチェルと弟エリックは異世界へと引き込まれてしまうところから物語が始まる。ドラグウェナの目的は、強力な魔力を持つ子どもを見つけ、自分と同じような魔女にしてしまうことだった。レイチェルは魔女の支配を逃れ、打ち勝つことができるのかーーー。

 

1巻ごとに完結していますが、シリーズとして3巻続いています。テンポの早いストーリー構成で、長いシリーズと比べるとさらっと読めます。ダークな心理戦と、『子ども』と『大人』それぞれの描き方が独特の作品です。テーマの取り上げ方が変わっていると感じました。ファンタジーや児童書といった先入観を裏切るような一風変わった物語だと思います。

 

パーラ 

パーラ〈上〉沈黙の町

パーラ〈上〉沈黙の町

 

 冒頭から章を追うごとに増えていく詩のフレーズが気に入り、好きになった作品です。最近までタイトルが思い出せず、色々検索してみてようやく見つけました。ラルフ・イーザウというと『ネシャン・サーガ』が圧倒的に有名なので、同じ作者だとは気づいていませんでした。

<あらすじ>

詩人の町シレンチアでは、ある時から奇妙な病が流行し始めていた。語り部ガスパーレが言葉を話せなくなり、町中で言葉が奪われていることに気づいた少女パーラは、ガスパーレを救うため、謎の人物ジットの居城にひとり向かっていく。冒険の末、呪われた庭で明かされたのは、なんとパーラ自身の驚くべき出生の秘密だった。

 

『モモ』や『不思議の国のアリス』の雰囲気に似ていると概ね高評価だったのに、意外と知らない人が多い作品です。ラルフ・イーザウは有名な児童書の著者ですが、確かにその割には『パーラ』はあまり知られていないような気がします。児童書としてはあまり見ない「詩」を効果的に利用した文章が子ども心にとても魅力的で、当時全部暗記するくらいハマってました(今だったら暗記する気力はないと思います…。子どものポテンシャルって少し羨ましい)。ソネットという14行から成る定型詩が作中で重要な役割を果たしており、読み進めるごとに1行ずつ追加されていく仕掛けにはワクワクしました。全部読み終わってから詩を読むと印象が変わるというのもミステリっぽくていいです。詩がリズムのある美しい日本語で訳されているのも嬉しいです。最近はめっきり本屋で見かけなくなったのが残念です。

 

サブリエル

サブリエル―冥界の扉〈上〉 (古王国記)

サブリエル―冥界の扉〈上〉 (古王国記)

 

 <あらすじ>

チャーター魔術が栄える古王国では長年、魔術師によって冥界から蘇ろうとする死霊たちが滅ぼされ、平安が保たれていた。しかし、ある時から古王国との壁を越えて死霊たちが隣国のアンセルスティエールに出没するようになった。何者かが裏で糸を引いて大死霊たちを蘇らせ、死霊たちを操っているらしい。不気味な予兆を感じるなか、主人公サブリエルはある事件をきっかけに冒険へと足を踏み出すことになる。古王国で治安に努める父が姿を消したことで、平穏だったサブリエルの日常は破られてしまった。父の身になにかが起きたに違いないと察したサブリエルは単身、古王国に乗りこむことを決意する。

 

児童書は分厚いものが多いけど、特にこのシリーズは分厚かったです。『古王国記』シリーズ三部作すべて読むのに結構時間がかかりました。三部作といっても二作目からは主人公が交代し、歴史ものを読んでいるようなスケール感がありました。全体の構成もディテールも、緊迫の戦闘シーンも読みごたえがあって、全体的な完成度の高いシリーズです。主人公が魅力的で感情移入しやすいのもいいです。

いま気づきましたが、帯にダークファンタジーって書いてあるんですね。王道じゃなくてダークファンタジーばかり読んでいたみたい…。ナルニア国とかハリーポッターはほとんど読まなかったし。でも『古王国記』シリーズは人物が魅力的で、あまりダークさは感じませんでした。

また、同著者の『セブンスタワー』シリーズも好きで読んでました。カッコいい闘う女の子に憧れる年ごろだったので当時一気読みしたのを覚えています。こちらはサブリエルよりもやや低年齢向き?でサクサク読めるシリーズでした。

セブンスタワー〈1〉光と影 (小学館ファンタジー文庫)

セブンスタワー〈1〉光と影 (小学館ファンタジー文庫)

 

 

 児童書の世界は裾野が広いので、もっと知りたいと思います。大人になると自然と離れていっていまうけれど、『モモ』や『パーラ』などは今読んだら別の感想を持ちそうなので、読み返してみたいです。

星の王子さま』などは大人になってからハマる人が多いですし、時間があれば童心に帰って読むのもいいですね。

 

【ゴールデンカムイから考える】①戊辰戦争

最近、ゴールデンカムイの記事をいくつか書いていますが、今回は日本史的な視点で作品の背景について考えたいと思います(※本誌最新話までの情報を含みます)。歴史については素人なので、誤り等のないよう気を付けますが参考程度にお考えください。暇つぶしになれば幸いです。

それでは、以下の4つのトピックについて考えていきます。

 

 

戊辰戦争(キーパーソン:土方歳三・第七師団)
②北海道開拓(キーパーソン:アイヌ
③列強の侵攻(キーパーソン:キロランケ)
日露戦争と民衆(キーパーソン:鶴見中尉)

長くなりそうなので連載形式で進めます。④で終わる予定です。
まず、今回の記事は①について。

 

戊辰戦争(キーパーソン:土方歳三・第七師団)
明治維新の前と後では、藩ごとに明暗がはっきりとわかれました。それぞれの命運を左右する決定打となったのが、戊辰戦争です。
戊辰戦争は、1868年京都の鳥羽・伏見の戦いからはじまり、1869年北海道の箱館戦争で新政府軍が旧幕府軍の首魁、榎本武揚らを投降させたことで幕を閉じました。旧幕府の体制は根本的に崩壊し、代わりに戊辰戦争で勝利した官軍が明治政府を樹立しました。
以降、徳川家に味方していた『佐幕派』は、維新に貢献した薩長などの『倒幕派』により激しく弾圧を受けることになります。多くの家族や同胞を戊辰戦争で亡くした上、『朝敵』の汚名を着せられた旧幕府の武士や藩の人々は、明治維新を受け入れがたかっただろうと思います。徳川宗家や幕臣奥羽越列藩同盟に参加し戊辰戦争で新政府軍と戦った藩は、領地没収や僻地への転封を命じられ、財政的にも厳しい状況に陥ったところが多くあります。
また、新政府の政治家から警察、陸海軍に至るまで、維新の立役者である薩長土肥による専横ともいえる状況が長く続きました。明治の内閣総理大臣は14代までいましたが、薩摩・長州・佐賀藩出身者しか居ません。また「薩の海軍 長の陸軍」というように、軍においても藩閥は強い権力を持っていました。少なくとも明治期は、戊辰戦争で活躍した藩がおおいに権勢をふるっており、佐幕派は生きづらい時代だったでしょう。

(ⅰ)土方歳三
ゴールデンカムイでは、旧幕府の匂いを強く残す人物として土方歳三が居ます。特に14巻の犬童典獄との対決は熱い展開でした。未だ残る佐幕派の影に怯えつつ、最後まで矜持を貫き続ける武士(=土方歳三)への畏怖をもつ犬童典獄と、決して新政府へ下らず幕府へ忠義を通す土方歳三のやり取りは迫力がありました。明治を生き延びた土方歳三という設定に他にどんな意味が込められているのかはまだわかりません。しかし彼が居ることで、作中の時代はまだ旧幕府が生きていると感じられます。旧幕府と新政府の因縁は消えていないというイメージを与えるには、非常に効果的な設定だと思います。アイヌパルチザンなど『迫害』を受けた側が描かれるゴールデンカムイの世界で、旧幕府軍というのも同じカテゴリーなのかなと思いました。
土方歳三の目的はアイヌを味方に引き込み、『蝦夷共和国』を建国することと作中で示唆されていますが、本当のところはどうなのでしょう。新興勢力によって居場所を追われつつあるアイヌに、かつての佐幕派を重ねているという見方もできますが…。アイヌ、ロシアの少数民族帝国陸軍の過激派の3つ巴でも十分に話になるのに、土方歳三という『旧幕』を匂わせるファクターをわざわざ入れているところが気になります。土方歳三は迫害された佐幕派同志の遺志のみを背負っているのか、アイヌのことを本気で救おうと思っているのか。


(ⅱ)第七師団
また、もうひとつ気になったのが、第七師団メンバーの出身地です。判明している情報を整理してみると


尾形百之助:茨城
谷垣源次郎:秋田
鶴見中尉:新潟
月島基:佐渡島
二階堂兄弟:静岡
鯉登音之進:鹿児島

この出身地を戊辰戦争での立ち位置と比較してみると、ちょっと面白いことになります。
登場人物たちの出身地の正確な座標がわからないので確実ではないですが、それぞれの地域に藩を当てはめると、以下のようになるのではないかと推測しました。

 

尾形百之助:水戸藩
谷垣源次郎:久保田藩秋田藩
鶴見中尉:越後長岡藩
月島基:越後長岡藩
二階堂兄弟:駿府藩
鯉登音之進:薩摩藩

鶴見中尉勢のほとんどが、佐幕派で占められているのは偶然でしょうか。


まず、尾形が水戸藩というのが作為的に感じます。水戸藩徳川御三家の名門でありながら、『水戸学』という学問を広め、幕末の志士たちに多大な影響を与えたといわれています(明治維新の原動力になったとも)。しかし、早くから尊王攘夷を掲げたにも関わらず、藩の内部抗争(天狗党の乱など)により人員を失い、維新にはほとんど貢献しませんでした。そして新政府への人材供出もほぼなかったそうです。名門の土地でありながら、有事の際にご家中の内部争いにより力を失った水戸藩徳川御三家なのに、敵方へ大きく貢献した水戸学。お家問題に翻弄され、血族(=花沢家)を滅ぼした尾形に重なって見えてきます。
次に谷垣の久保田藩。ここは当初奥羽越列藩同盟の一員として戊辰戦争に参加したのち、途中で離脱し元同志に刃を向けた藩です(秋田戦争)。しかし、戦で多くの藩士を失ったのに新政府からの戦後補償は少額であり、新政府へ不信感を持っていたそうです。「奥羽越列藩同盟の裏切り者」と言われることもある秋田藩と、鶴見中尉から離反した谷垣の構図が合うような気もします。
そして、気になる鶴見中尉と月島の越後長岡藩。ここも奥羽越列藩同盟の藩であり、北越戦争で名を轟かせた激戦地のひとつです。徳川譜代の家系を藩主とする長岡藩は、小藩であるにも関わらず、圧倒的な戦力を有する新政府軍と戦い抜きました。藩の規模にしては戦死者が多かったそうです。そして、北越戦争の逸話には見逃せない話があります。

長岡藩家老の河井継之助は、いち早く機関銃を導入したことで有名な人物です。巧みな藩政改革や北越戦争での勇戦をした一方、長岡を戦場にしたことを地域の人に非難される風潮も強かったそうです。名門、機関銃、周りからの非難。鶴見中尉との類似性が気になります。
二階堂兄弟の駿府藩は、徳川宗家の転封地です。徳川家が静岡に来た頃、旧幕臣たちは新領地へ共に移住した者も多く、新政府に警戒されていたといわれています。あまり大きな関連は見つからないけれど、「早く静岡へ帰りたい」と故郷への想いをこぼした浩平と、徳川宗家を慕い静岡まで伴をした家臣団が重なる?でしょうか。
最後の鯉登少尉のみ生粋の新政府軍、言わずと知れた薩摩藩です。新政府に冷遇された地域出身者の目立つ第七師団で、鯉登だけが新政府側。これはどういう意味なんでしょう。ちょっと意味深に感じます。

まだ判明していませんが、宇佐美上等兵の出身地が気になります。会津だったりしたらどうしよう。逆に、薩長土肥だったら。宇佐美が中央の密偵(スパイ)であるという可能性を以前考えたのですが、もし出身地が新政府側だったら疑ってしまいそうです…。

戊辰戦争とキャラクターの関連が明確にあるとしたら、土方歳三と第七師団が敵として分けて描かれたのが面白いと思います。現政府への恨みないし怒りを抱えていて、北海道の独立を考えているという点では、土方歳三と鶴見中尉は似ているように思います(土方と明治政府、鶴見中尉と陸軍中枢部の対比)。佐幕派として戊辰戦争を最初から最後まで戦い抜いた土方と、戦いは参加せず(世代が違うため)後の遺恨で影響を受けた第七師団メンバー。日露戦争を経験しなかった土方と従軍して戦った第七師団。こうして見ると合わせ鏡のようですね。

連載第一弾はここで終わります。次回は北海道開拓について。


*参考文献
これですべてではありませんが、以下のような書籍を大筋の参考にしました。
「ヒトごろし」京極夏彦著 新潮社
彰義隊吉村昭著 新潮社
「明治史講義【テーマ編】」小林和幸著 筑摩書房
戊辰戦争ー敗者の明治維新佐々木克著 中央公論社

国史跡巡りと地形地図HP 奥羽越列藩同盟 情勢推移図

https://www.shiseki-chikei.com/奥羽越列藩同盟/

 

*その他の参考書籍

明治失業忍法帖 巻ノ1―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)

明治失業忍法帖 巻ノ1―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)

 

※ただこのマンガが好きなので、この機会におすすめを。

明治時代がはじまったばかりの江戸の町を舞台に、商家の娘と元伊賀忍が繰り広げるラブコメ劇です。少女漫画ですが、扱う題材はとても骨太。新技術や外国人が入ってきて、文明開化に湧く江戸の様子を生き生きと描いています。一方で旧幕臣たちの葛藤、薩長の専横への不満、時代の変化に戸惑う人々など明治維新の暗い影についての繊細な心理描写が秀逸です。
薩摩弁、土佐弁、会津弁などがきっちりと書き分けられているのも魅力です(ゴールデンカムイで薩摩弁が気になる方、楽しみながら学べますよ)。


ちなみに過去記事で紹介しました。

zaramechan.hatenablog.com