zarameのブログ

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【ゴールデンカムイから考える】①戊辰戦争

最近、ゴールデンカムイの記事をいくつか書いていますが、今回は日本史的な視点で作品の背景について考えたいと思います(※本誌最新話までの情報を含みます)。歴史については素人なので、誤り等のないよう気を付けますが参考程度にお考えください。暇つぶしになれば幸いです。

それでは、以下の4つのトピックについて考えていきます。

 

戊辰戦争(キーパーソン:土方歳三・第七師団)
②北海道開拓(キーパーソン:アシリパ)
③列強の侵攻(キーパーソン:キロランケ)
日露戦争と民衆(キーパーソン:鶴見中尉)

長くなりそうなので連載形式で進めます。④で終わる予定です。
まず、今回の記事は①について。

 

戊辰戦争(キーパーソン:土方歳三・第七師団)
明治維新の前と後では、藩ごとに明暗がはっきりとわかれました。それぞれの命運を左右する決定打となったのが、戊辰戦争です。
戊辰戦争は、1868年京都の鳥羽・伏見の戦いからはじまり、1869年北海道の箱館戦争で新政府軍が旧幕府軍の首魁、榎本武揚らを投降させたことで幕を閉じました。旧幕府の体制は根本的に崩壊し、代わりに戊辰戦争で勝利した官軍が明治政府を樹立しました。
以降、徳川家に味方していた「佐幕派」は、維新に貢献した薩長などの「倒幕派」により激しく弾圧を受けることになります。多くの家族や同胞を戊辰戦争で亡くした上、「朝敵」の汚名を着せられた旧幕府の武士や藩の人々は、明治維新を受け入れがたかっただろうと思います。徳川宗家や幕臣奥羽越列藩同盟に参加し戊辰戦争で新政府軍と戦った藩は、領地没収や僻地への転封を命じられ、財政的にも厳しい状況に陥ったところが多くあります。
また、新政府の政治家から警察、陸海軍に至るまで、維新の立役者である薩長土肥による専横ともいえる状況が長く続きました。明治の内閣総理大臣は14代までいましたが、薩摩・長州・佐賀藩出身者しか居ません。また「薩の海軍 長の陸軍」というように、軍においても藩閥は強い権力を持っていました。少なくとも明治期は、戊辰戦争で活躍した藩がおおいに権勢をふるっており、佐幕派は生きづらい時代だったでしょう。

(ⅰ)土方歳三
ゴールデンカムイでは、旧幕府の匂いを強く残す人物として「土方歳三」が居ます。特に14巻の犬童典獄との対決は熱い展開でした。未だ残る佐幕派の影に怯えつつ、最後まで矜持を貫き続ける武士(=土方歳三)への畏怖をもつ犬童典獄と、決して新政府へ下らず幕府へ忠義を通す土方歳三のやり取りは迫力がありました。明治を生き延びた土方歳三という設定に他にどんな意味が込められているのかはまだわかりません。しかし彼が居ることで、作中の時代はまだ旧幕府が生きていると感じられます。旧幕府と新政府の因縁は消えていないというイメージを与えるには、非常に効果的な設定だと思います。アイヌパルチザンなど「迫害」を受けた側が描かれるゴールデンカムイの世界で、旧幕府軍というのも同じカテゴリーなのかなと思いました。
土方歳三の目的はアイヌを味方に引き込み、「蝦夷共和国」を建国することと作中で示唆されていますが、本当のところはどうなのでしょう。新興勢力によって居場所を追われつつあるアイヌに、かつての佐幕派を重ねているという見方もできますが…。アイヌ、ロシアの少数民族帝国陸軍の過激派の3つ巴でも十分に話になるのに、土方歳三という「旧幕」を匂わせるファクターをわざわざ入れているところが気になります。土方歳三は迫害された佐幕派同志の遺志のみを背負っているのか、アイヌのことを本気で救おうと思っているのか。


(ⅱ)第七師団
また、もうひとつ気になったのが、第七師団メンバーの出身地です。判明している情報を整理してみると


尾形百之助:茨城
谷垣源次郎:秋田
鶴見中尉:新潟
月島基:佐渡島
二階堂兄弟:静岡
鯉登音之進:鹿児島

この出身地を戊辰戦争での立ち位置と比較してみると、ちょっと面白いことになります。
登場人物たちの出身地の正確な座標がわからないので確実ではないですが、それぞれの地域に藩を当てはめると、以下のようになるのではないかと推測しました。

 

尾形百之助:水戸藩
谷垣源次郎:久保田藩秋田藩
鶴見中尉:越後長岡藩
月島基:越後長岡藩
二階堂兄弟:駿府藩
鯉登音之進:薩摩藩

鶴見中尉勢のほとんどが、佐幕派で占められているのは偶然でしょうか。


まず、尾形が水戸藩というのが作為的に感じます。水戸藩徳川御三家の名門でありながら、「水戸学」という学問を広め、幕末の志士たちに多大な影響を与えたといわれています(明治維新の原動力になったとも)。しかし、早くから尊王攘夷を掲げたにも関わらず、藩の内部抗争(天狗党の乱など)により人員を失い、維新にはほとんど貢献しませんでした。そして新政府への人材供出もほぼなかったそうです。名門の土地でありながら、有事の際にご家中の内部争いにより力を失った水戸藩徳川御三家なのに、敵方へ大きく貢献した水戸学。お家問題に翻弄され、血族(=花沢家)を滅ぼした尾形に重なって見えてきます。
次に谷垣の久保田藩。ここは当初奥羽越列藩同盟の一員として戊辰戦争に参加したのち、途中で離脱し元同志に刃を向けた藩です(秋田戦争)。しかし、戦で多くの藩士を失ったのに新政府からの戦後補償は少額であり、新政府へ不信感を持っていたそうです。「奥羽越列藩同盟の裏切り者」と言われることもある秋田藩と、鶴見中尉から離反した谷垣の構図が合うような気もします。
そして、気になる鶴見中尉と月島の越後長岡藩。ここも奥羽越列藩同盟の藩であり、「北越戦争」で名を轟かせた激戦地のひとつです。徳川譜代の家系を藩主とする長岡藩は、小藩であるにも関わらず、圧倒的な戦力を有する新政府軍と戦い抜きました。藩の規模にしては戦死者が多かったそうです。そして、北越戦争の逸話には見逃せない話があります。長岡藩家老の河井継之助は、いち早く機関銃を導入したことで有名な人物です。巧みな藩政改革や北越戦争での勇戦をした一方、長岡を戦場にしたことを地域の人に非難される風潮も強かったそうです。名門、機関銃、周りからの非難。鶴見中尉との類似性が気になります。
二階堂兄弟の駿府藩は、徳川宗家の転封地です。徳川家が静岡に来た頃、旧幕臣たちは新領地へ共に移住した者も多く、新政府に警戒されていたといわれています。あまり大きな関連は見つからないけれど、「早く静岡へ帰りたい」と故郷への想いをこぼした浩平と、徳川宗家を慕い静岡まで伴をした家臣団が重なる?でしょうか。
最後の鯉登少尉のみ生粋の新政府軍、言わずと知れた薩摩藩です。新政府に冷遇された地域出身者の目立つ第七師団で、鯉登だけが新政府側。これはどういう意味なんでしょう。ちょっと意味深に感じます。

まだ判明していませんが、宇佐美上等兵の出身地が気になります。会津だったりしたらどうしよう。逆に、薩長土肥だったら。宇佐美が中央の密偵(スパイ)であるという可能性を以前考えたのですが、もし出身地が新政府側だったら疑ってしまいそうです…。

戊辰戦争とキャラクターの関連が明確にあるとしたら、土方歳三と第七師団が敵として分けて描かれたのが面白いと思います。現政府への恨みないし怒りを抱えていて、北海道の独立を考えているという点では、土方歳三と鶴見中尉は似ているように思います(土方と明治政府、鶴見中尉と陸軍中枢部の対比)。佐幕派として戊辰戦争を最初から最後まで戦い抜いた土方と、戦いは参加せず(世代が違うため)後の遺恨で影響を受けた第七師団メンバー。日露戦争を経験しなかった土方と従軍して戦った第七師団。こうして見ると合わせ鏡のようですね。

連載第一弾はここで終わります。次回は北海道開拓について。


*参考文献
これですべてではありませんが、以下のような書籍を大筋の参考にしました。
「ヒトごろし」京極夏彦著 新潮社
彰義隊吉村昭著 新潮社
「明治史講義【テーマ編】」小林和幸著 筑摩書房
戊辰戦争ー敗者の明治維新佐々木克著 中央公論社

国史跡巡りと地形地図HP 奥羽越列藩同盟 情勢推移図

https://www.shiseki-chikei.com/奥羽越列藩同盟/

棚倉町観光協会HP 水戸天狗党と八溝小僧

https://www.town.tanagura.fukushima.jp/page/page000330.html

越後長岡 河井継之助記念館HP 年表

https://tsuginosuke.net/?page_id=41

 

*その他の参考書籍

明治失業忍法帖 巻ノ1―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)

明治失業忍法帖 巻ノ1―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者 (ボニータコミックスα)

 

※ただこのマンガが好きなので、この機会におすすめを。

明治時代がはじまったばかりの江戸の町を舞台に、商家の娘と元伊賀忍が繰り広げるラブコメ劇です。少女漫画ですが、扱う題材はとても骨太。新技術や外国人が入ってきて、文明開化に湧く江戸の様子を生き生きと描いています。一方で旧幕臣たちの葛藤、薩長の専横への不満、時代の変化に戸惑う人々など明治維新の暗い影についての繊細な心理描写が秀逸です。
薩摩弁、土佐弁、会津弁などがきっちりと書き分けられているのも魅力です(ゴールデンカムイで薩摩弁が気になる方、楽しみながら学べますよ)。


ちなみに過去記事で紹介しました。

zaramechan.hatenablog.com

 

【おすすめ本2018】32冊目 北村薫

おすすめ本紹介、32回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は北村薫氏から2作。

覆面作家は二人いる (角川文庫)

覆面作家は二人いる (角川文庫)

 

 「覆面作家」シリーズの1作目。

 <あらすじ>

若手編集者岡部は、ある突飛な作家の元へ向かうように指示される。姓を「覆面」名を「作家」というペンネームを名乗る新人推理作家の正体は、豪邸に住む弱冠19歳の美少女だった。小説だけでなく現実の謎に、岡部とお嬢様が挑んでいく日常の謎ミステリ短編集。

 

 探偵役が資産家の御令嬢で美少女で頭脳明晰という盛った設定ですが、このお嬢様の一番の魅力は繊細さと豪胆さを併せ持つギャップです。家の中ではまさにお嬢様といった清楚で控えめな性格なのに、一歩でも家を出ると活発すぎる豪快な振る舞いを見せる内弁慶ならぬ外弁慶。そんなお嬢様と編集者岡部のコンビが、小説だけでなく現実の世界でも名探偵として活躍する連作短編集です。

マンガやライトノベルのような設定で、ミステリ好きにとってはありふれた内容に感じるかもしれませんが、北村薫ならではの優しく繊細な筆致が冴えていて、ふっと心を和ませてくれる作品です。北村氏のミステリはしっとりと繊細な心の機微を描き、絡まった糸を解きほぐすような柔らかさを感じる作品が多いのが好きです。

覆面作家」シリーズは次作「覆面作家の愛の歌」三作目「覆面作家の夢の家」もあります。二人のコンビの行く末まで描かれる最終話は、ドキドキしながら読めました。

 そしてもう一作のおすすめがこちら。

 

スキップ (新潮文庫)

スキップ (新潮文庫)

 

 「時と人」三部作のひとつ。

<あらすじ>

 昭和40年はじめ、千葉の海岸付近に住む女子高生一ノ瀬真理子は、大雨で運動会の後半が中止になった夕方に家で一人、レコードをかけて目を閉じた。目が覚めると、「わたし」は桜木真理子42歳、夫と17歳の娘がいる高校の国語教師になっていた。

 

 日常ミステリの名手として知られる北村氏の作品のなかでは、異色のシリーズだと思います。一気に25年もの歳月が経ったという現実を前に、真理子がどのように立ち向かっていくのか。ちょうど17歳くらいのときに読んだけれど、いまでも17歳の真理子のように強く生きていけるか考えると、ちょっと見習いたいと思います。

厳密にはシリーズではありませんが「ターン」「リセット」という別作品が三部作として有名です。時間に翻弄されるそれぞれの物語は、「日常の謎」作品より重厚で違った読後感を味わえます。馴染みはないけどどこか懐かしく感じる昭和の空気をリアルに感じられる描写にも引き込まれました。

同じ時間を繰り返し続ける「ターン」は、「スキップ」とは違った緊張感があり、最後まで展開が読めない面白さがあります。「リセット」はまた前の二作とは趣向が違います。前半からは「何がリセットなのか」全くわからないまま進み、第二部、第三部と読み進めてようやくその答えが明かされます。第二次世界大戦という戦時中の社会のなかで、容赦なく進んでいく時と運命に身を任せるしかない人生の悲劇と奇跡。時を超えて蘇る奇跡とは…。

大人向けの文学といった趣もあって、年を取ってからまた読み返したくなるような作品だと思います。

 

【祝直木賞候補入り】上田早夕里氏を勧めたい

先日、直木賞候補作品が発表されました。

受賞作が発表される前に、ノミネートされた上田早夕里氏について語りたいと思います。

破滅の王

破滅の王

 

 まずは今回の直木賞候補に選ばれた「破滅の王」について。

 

<あらすじ>

1943年6月、上海。かつて「魔都」と呼ばれるほど繁栄を誇った町は、太平洋戦争を境に日本軍に占領されてから、かつての喧騒は感じられなくなった。
上海自然科学研究所で細菌学科の研究員として働く宮本敏明は、戦時中の重い空気や軍の圧力を感じながらも、科学による国際交流を重んじる研究所に馴染み、日々研究にいそしんでいた。しかし、日本総領事館から呼び出しを受け重要機密文書の精査を依頼されてから宮本の運命は急転する。

重要機密文書とは「キング」と暗号名で呼ばれる治療法皆無の新種の細菌兵器の詳細であり、しかも論文は未完成のものであった。宮本は治療薬の製造を依頼されるが、遂行してしまえば自らの手で細菌兵器を完成させてしまうことになる。人としての矜持とそれを許さぬ時代の圧力の間で葛藤する科学者たちの奮闘、各国軍の暗躍、細菌兵器誕生の謎が絡み合い、各人がたどり着く真相とはーーー。

個人的には意外な結末だったので、これ以上は書かないでおきます。SFとして、雰囲気は高野和明「ジェノサイド」に似てるような気がしました。京極夏彦が好きな人なら、「邪魅の雫」に描かれる要素が入っているので併せて読むと、舞台となる満州事変以後の中国と日本の事情がちょっとわかる(気がするので)おすすめです。

 

細菌兵器を巡るサスペンスであり、歴史SFであり、人間の矜持を問うヒューマンドラマでもある作品ですが、著者ならではの膨大な資料を背景にした重厚な世界観のお蔭で薄っぺらくなることもなく、読みごたえたっぷりで楽しめます。SFやファンタジーであっても、時代や設定に見合った知識に裏打ちされた周到で緻密な世界観は、上田作品の魅力のひとつです。

 

著者のブログに関連記事があったので興味がありましたらどうぞ。また、ブログに記載されていますが、「シミルボン」というサイトで破滅の王の資料に関するコラムを著者が書いています。

 その他、短編と長編について過去の記事で紹介したので一部載せておきます。

・短編「夢見る葦笛」

上田氏の作品を「お試し」するならこの短編集がおすすめです。1話が短く、数が多いだけでなく様々なジャンルの話がバランスよく収録されているので、どんな作家か気になった方へ最初に紹介したい1冊です。「破滅の王」の前身となった短編もあり、時代や構成は共通しているのに全く違った幻想的な雰囲気になっています。

 

・長編「華竜の宮」

最もおすすめしたい「オーシャン・クロニクル」シリーズ第1作。

小松左京日本沈没」の地球規模バージョンといった設定のSFです。今回直木賞は「破滅の王」が候補作品ですが、完成度と緻密さはこのシリーズのが上手だと思います。

ここまで気合の入ったSFはそうそう読めるものではない。読んでるだけなのにめちゃくちゃ頭使った気分になりました…。続編の「深紅の碑文」も併せて読むと、また違った印象を受けました。

書きたいことは以下の過去記事にほぼ書いたので、気になった方は読んでみてください。

 

 

【おすすめ本2018】31冊目 北杜夫

おすすめ本紹介、31回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回は北杜夫氏から。

輝ける碧き空の下で〈第1部 上〉 (新潮文庫)

輝ける碧き空の下で〈第1部 上〉 (新潮文庫)

 

 ブラジル移民を知っていますか。

 

「楡家の人びと」「さびしいシリーズ」「どくとるまんぼうシリーズ」「幽霊」「夜と霧の隅で」など、北杜夫氏の作品は名作揃いで、どれを選ぶかとても悩みます。

でも、わたしにとってこの小説が一番衝撃的だったので選びました。

国に後押しされ、ブラジルに渡った日本人たちの味わった壮絶な人生を眼前に蘇らせる大作です。

 

明治41(1908)年、第一回移民を乗せた船「笠戸丸」が神戸を出港し、800名弱の日本人がブラジルへと旅立ちました。

ブラジルは150万名もの日系人が住む、世界最大の日系人社会を持つ国です。日本でもブラジルから日系人が出稼ぎに来たり、移住するという話は耳にします。しかし、日系人が爆発的に増える切っ掛けとなった明治期のブラジル移民については、日本であまり知られていないように思います。
本書は、第一回の移民船がブラジルに向かうシーンからはじまり、最初の移民たちが如何に苦しみ、努力し、そしてブラジル社会の一員となっていったのかを克明に描いています。

2、3年の出稼ぎのつもりで一攫千金が見込めるという触れ込みを信じ、想像を絶する苦闘を強いられた最初の移民たちの生活描写が圧倒的でした。生い茂るジャングルの開拓、マラリアの猛威、農園で奴隷に等しい生活を強いられる人々。ブログでは書くのを躊躇うような悲惨な生活の実態に目を覆いたくなりますが、かつて移民政策によって辛酸を舐めた人達がいるのは事実です。実際は何があったのか、当時の人は何を想い、生涯を終えたのか。小説を読まなければ考えることもなかった歴史の一幕に、想いを馳せずにはいられませんでした。第2部では後に続く移民たちの話も描かれます。最初の移民たちより経済的に豊かな状態で開拓に臨み、全く違った生活を手に入れた人もいます。同じ移民と言っても、時期やほんの少しの違いで全く別の運命を辿る人がいて、実際の移民についてもっと知りたくなりました。

時代に翻弄されながら苦しみ、強かに、足掻きながら異国を生きた移民を描いた本書は全日本人に読んでもらいたい名著です(絶版でもう手に入れられないことがとても悔しいです)。北杜夫ほどの人でも、売れなければ絶版になるというのが出版業界の不況を表すようで怖くなりました。好きな本は早めに買っておくほうが良さそうですね…。

 

(以下は本の感想ではないので、興味のない方はとばして下さい)

 

 「復刊ドットコム」というサイトでは、絶版になった本を投票で復刊するという事業を行っています。

もしどうしても手に入れたい本がある方は、一縷の望みをかけてみてもいいかと思います(わたしは本書「輝ける碧き空の下で」を投票したので、読みたいという方はご協力をして頂けるととても嬉しいです。本当に復刊するかは分かりませんが…)。

【おすすめ本2018】30冊目 川名壮志

 おすすめ本紹介、30回目です。
この記事では著者の五十音順に、わたしのおすすめ本を紹介しています。
今回はジャーナリストの川名壮志氏から。

 

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

 

 佐世保小六女児同級生殺害事件を覚えているでしょうか。

 

2004年6月1日、長崎県佐世保市の小学校で前代未聞の殺人事件が起こりました。被害者も加害者も小学生。あまりにも幼い年齢と、同級生をカッターで殺害するという陰惨な犯行の落差に社会が震撼した事件でした。

 

この作品は事件の被害者側に近かったある新聞記者が、事件を追い続けて書いたノンフィクションです。事件発生から加害少女への審判が終わるまでを追った第一部と、遺族、加害者家族の心情を聞き取った第二部で編成されています。遺族の傷口に塩を塗る行為に苦悩する記者の心情、被害者遺族でありながら報道機関の関係者として表へ現れる父親の姿、そして真意を読み取れない加害少女のまなざし。刻一刻と変化する捜査状況と事件の様相から、著者の困惑と葛藤が伝わってくる第一部。被害者の父、加害者の父、被害者の兄の3者のその後を聞き取った第二部。センセーショナルな報道の影に隠れていた事件の多面性と渦中の人々の苦悩を描いたルポタージュです。

 僕は今、新聞記者をしている。

でも、最初のころ、新聞記者という肩書を持った僕と、ありのままの僕は、ずっとちぐはぐなままだった。まるで薄ぺらな体に、ぶかぶかの服を押し着せられたかのように。

あのころ僕はまだ若かったから、何者でもなかったし、若かっただけに、もしかしたら、まだ何者にでもなれたのかもしれない。

でも、あの蒸し暑い夏の日、人でなしに成り下がったあの日、僕は新聞記者になってしまった。

   (「謝るなら、いつでもおいで」川名壮志著 新潮文庫 冒頭から引用)

 

少女たちが事件までに送っていた日常、家庭の内情、関係者の会話など、断片ではない事件の様相が明らかになるにつれ、他愛もない子供のケンカから何故こんな事件が起こってしまったのかとやり切れない気持ちになりました。

少女たちが交わしていた交換日記、HP、バスケットボール。事件を期に暴かれた少女たちの日常は、大人が知らない世界が広がっていました。子どもには子どもの世界があって、大人と共有せずに自らの力で作り上げた自分の世界は、自我の確立と個人の人生にとって大切なものです。しかし、大人がなにか気づけていたら、子どもだからと油断せずに子供たちの孤独や葛藤にもっと目を向けていたら、事件を防げたかもしれないと強く後悔する人々の吐露に胸を打たれます。「なぜ」と問いかけても答えの出ない問題だけれど、問わずにはいられなかった関係者の苦しみの一端に触れた気がしました。

 

また、著者自身が記者として身近に挨拶していた少女や家族を取材対象とすることに苦しむ心境が綴られているのが印象的でした。

「ごちゃごちゃやってるけどさ、はじめからわかりきったことなんだよ。こんな事件で『なぜ』がねーなんてのは‥‥‥、んでもよ、オヤジをうまく口説き落として‥‥‥『極上ネタが一丁あがり』‥‥‥たいした美談だよ」

酔いの回った先輩は、やがて別の話題に話を傾けていく。初めから終わりまで上機嫌の彼に、悪意がないのは明らかだった。それだけに、酒場での本音は、僕の生ぬるい自己満足に冷や水を浴びせた。

   (「謝るなら、いつでもおいで」川名壮志著 新潮文庫 第二部から引用)

 「本当のことを書きたい」と悩みながらも事件を追い続けた著者が、加害者の父親へのインタビューを終えて帰ってきたときに先輩から浴びせられた言葉。

自分の行為は、事件に一区切りつけたくて体のいい言葉を引き出しただけなのか。

結局、自己満足でしかなかったのか。

事件から時間が経過し、記事もまとまり安堵しかけた著者が、先輩の言葉で一気に過去に引き戻されるような描写にヒヤリとしました。

 

 事件に関わってしまった人は、それ以前に戻ることはできない。

時間がゆっくりと癒してくれるとしても、失った現実は変わらない。

しかし、第二部最後に収録された被害者の兄の言葉からは「希望」というものが微かに見えてくるようでした。

 

「謝るなら、いつでもおいで」

読み終わった後、短い言葉に込められた想いの深さを噛み締めることになるでしょう。